第48話 ――汝、悪をなせ。


 待ち合わせ場所に指定されている場所は、俺のかつて良く知った場所だった。


「すごい大きな城……の残骸でしょうか?」

「ああ。ここは……魔王城の跡地だ」

「!」

「あいつがいたのは随分と昔の話だ……打ち捨てられて大分建つようだな」


 その通り、魔王城の跡地はボロボロで、瓦礫の山となっていた。


「わざわざこんなところに呼び出すだなんて何をする気なのかしらね」


 リリスが警戒するようにあたりを見る。


「わからん……が進んでみるしかないだろう」


 すでにボロボロになった城の中には、どこからでも入れそうだ。

 だが、俺たちはご丁寧に、かつて使われていた扉を開き、その中に入った。


 ***


 中は薄暗く、埃っぽい。長い年月を経て劣化した石造りの壁はところどころ崩れており、その奥には闇が広がっている。まるでこの先に行くなと言っているかのように。


 俺達はゆっくりと進む。

 ギィイ、と軋む音が響く。一歩、また一歩と、慎重に進んでいく。

 すると、急に開けた場所に出た。

「ここが最深部か?」

「ええ……間違いなさそう」

 そこは広い空間になっており、天井が抜けているのか青空が見える。そして、一番奥にはかつて魔王が座っていた玉座があり――


 そのそばに一人の男が立っていた。


「ようこそ、我が城へ」


 男はそう言って、こちらに振り向いた。

 身長は180センチくらいはある長身痩躯の男。

 顔立ちは端正であり、黒髪のショートヘアがよく似合っている。

 服は黒いタキシードにマント。手には赤い手袋をつけている。

 一見して優男のような印象を受けるが、その瞳の奥からは冷たい光が放たれている。

 その表情は穏やかだが、どこか油断ならない雰囲気を漂わせている。

 彼は、こちらに微笑みかけてきた。


「我が城って、お前の城じゃないだろう。ここは……魔王城だったはずだ」

「ええ。その通り。だがここに私は長く住んでいる。もうここは私の城というべきではないか?」

「……まあいまさらあいつのものだなんて俺が主張するつもりはないが」


 俺は一歩前に踏み出す。


「お前が、リリアナの父親か?」


 リリアナは、目の前にいる男を呆然とじっと見ている。


「ええ。私はリリアナの父です」

 男はそう言い、俺達に頭を下げる。

「はじめまして、私の名前は『アルス』といいます」

「……何が目的だ?」

「無論魔王の復活ですよ」

「何のために?」

「それは……私にとっての悲願だからですよ。そのためにこうして準備をしてきました」

 アルスは、手を広げる。

「まずは、魔王の依り代たる肉体を作り上げる。そのために調整した、ホムンクルスをね」

「――!」

 ホムンクルス。すなわちそれは、リリアナは人から生まれた存在ではないという事。


「――そんな」


 それを聞いて、リリアナは呆然としていた。

 俺は、彼女の肩に手を当てる。


「だが、そうなるとお前の言葉は嘘だったことになるな」

「……と言いますと?」

「お前はリリアナを生み出したかもしれないが――父親ではないという事だ」

「おや、手厳しいですねえ」


 ククっと笑うアルス。


「まあ、もちろんあなたも父親でもありませんが」

「……」


 俺は無言になる。


「リリアナ帰るぞ」

「――でも」

「聞きたかったことは聞けた。こいつはもうリリアナとは無関係な存在だ」

「まあ、ちょっと待ってくださいよ」


 彼は言う。


「それでですね、魔王の依り代として彼女を用意したわけですが、それだけでは魔王は復活しない。魂をその身に降臨させる必要がある。そのためには――必要なものがあった」


 そして、両手を広げた。


「『憎しみ』が、彼女には必要だった」

「なんだと……?」


 にやりと不気味に笑い始める。


「彼女に憎しみを植え付けるために、私は彼女を世に放り出した。人の世が苦しみに満ち、悪意に満ち、迫害され、追い立てられ、一人になり、世を憎むように――」

「てめえ」


「まあ、そううまくはいかなかったわけですが」


 そういって、すんと腕を下ろす。


「私は……私は、この世界を憎んでなんか」


 そうだ。リリアナは一人で世を歩きながらも人に助けられた。俺が彼女を拾ってやり、友達も作り、そして――愛を知った。


「私は、皆がいます。一人じゃありません。憎むことをしません。だから――」




「だから、私にはやらなければいけないことがある」


 そういって、彼は懐から何かを取り出す。


「リリアナ、下がれ。何か来るぞ」

「ふふ、判断が速いですねえ……ですが」


 彼が取り出したのは――一冊の、魔導書だった。


「私がこれからやる事は単純なこと、彼女が愛している存在を、あなたを、殺す事――」

「――何?」

「そうすることで、彼女は憎しみで試みたされることでしょう」


 そういうと、ふわりと空中に浮き始める。


「何をするつもりだ……!」


 そうして、彼は詠唱を始める。


『我は魔王の右腕。示すは貪欲。憎悪よ、苦しみよ、悪意よ、この地に満ち満ちたりたまえ。暗黒よ、闇よ。邪悪よ――わが前に満ち満ちよ』


 周りが闇に染まっていく。昼なのにもかかわらず、日が沈み、真っ暗になる。


『憎悪の闇より下ろされし、間違えだらけのこの世を儚み、我は魔をその手に掴む――』


 空より魔法陣が展開され、何かが下りてくる――


「ちぃ!」


 俺は、竜の姿になる。だが、現れたのは俺の大きさをもしのぐ巨大な存在だった――


「汝、悪をなせ。――「アマルガム」!」


 それは、巨大なロボットだった。

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