第39話 ミハルの鍛錬


「さーてかかってきなさい!」



 ミハルちゃんが剣を構える。



「そ、そんなこと言われても……! 私、弱いですよ!」

「いーのいーのそれで!」



 ミハルちゃんが手招きする。



「は、はいっ! 行きます!」



 リリアナがは魔法の詠唱を始める。



「炎よ、我が敵を焼き払え!」



 炎の球が放たれるが、それは簡単に避けられてしまう。

「甘いなぁ」



 ミハルちゃんは笑いながら言う。そして一気に間合いを詰めると、剣を振り下ろしてきた。



「くっ」



 それを何とか受け止めるが、力の差は歴然だった。彼女は軽々と剣を振ってくるが、リリアナは必死に防ぐことしか出来ない。だがこのままではジリ貧である。



「はあっ」



 リリアナは魔法を放つが、それもあっさりと回避されてしまう。



「さーこのままじゃ負けちゃうよー?」



 ミハルは余裕の表情を見せる。



「くっ……まだまだこれからですよ」



 リリアナは呪文を唱え始める。すると、彼女の周囲に風が巻き起こり、それが徐々に強くなっていく。



「いきますっ!」



 その言葉と共に、竜巻のような暴風が吹き荒れる。



「へぇ、これはすごいねっ」



 ミハルは感心したように言った。

 だが次の瞬間、暴風が切り裂かれる。



「えっ!?」



 リリアナが驚く。その視線の先には、風の刃があった。



「くっまだまだ!」



 リリアナは再び魔法を使う。今度は巨大な氷柱が飛んでいく。だがその攻撃も簡単に弾かれてしまった。



「はあ、はあ、はあ、はあ……」

「うーん、それで、どうする?」

「ギブ、アップです……」

「ダメだよ、それじゃあ!」



 ミハルは、指を突きつけていう。



「戦うときに大事なのは、最後まであきらめないこと! もしかしたら最後の最後で奇跡が起きてすごいパワーが発揮されるかもしれないでしょ? それで諦めてるようじゃいつまでたっても強くなれないよってこと!」

「いや……最後まで諦めなかったらとりあえず覚醒するのは勇者ちゃんだけだと思うよ……」

「あーなるほど、確かにな……」



 俺は、かつて戦った時の勇者を思い出す。

 何度も何度も死ぬほどの攻撃を加えたものの、いつまでたっても勇者は倒れない。

 その挙句、急に覚醒してすごいパワーを放ち始めるのだ。あれには俺も逃げるしかなかった。

 あれが、勇者のもつスキル、という奴なのだろうか。



「無茶言うなよー」

「無茶じゃないもん! 諦めないことは必要だもん!」

「まあ勇者様から言えばそうかもしれないが……」



 俺は、リリアナの肩をポン、と叩く。



「なあ、リリアナ」

「はっはい、なんでしょうパパ」

「どれだけ全力を尽くしても、勝てない相手がいたとする。その時することはただ一つだ」



 俺はぐっとサムズアップする。



「全力で、逃げることだ」

「なんて情けないことを……」



 アリサがずっこける。



「だが、大事なことだ。俺という強者を前に、最後まであきらめず立ち向かって――そして、死んだ奴を何人も見てきた」

「……」



 俺は、思い出す。はるかはるか昔、何人もの人間を殺していた時のことを。

 勇気をもって、何も臆することなく、諦めずに、立ち向かってきた勇気ある人間たちの事を。



「だが、どうしても勝たなきゃいけない。決してどれだけ強くても、倒さなきゃいけない相手だったとする。そういう時は逃げて逃げて――誰かに助けを求めるんだ」

「助けを……?」

「この人なら、どんな状況も打開してくれそうだと思う、自分の一番信頼する人間に。どんな窮状でも打開できる、特別な人間に。最も強い人間に、助けてもらうんだ」

「――」



 俺は、ちらりとミハルの方を向く。いえーいとピースをしてきた。

 やれやれ、自分が強いと信じて疑わない様子だ。まあ、勇者というのはこういう時になんとかできる、特別な人間という奴だからな。

 だが、リリアナが見つめていたのは、俺の方であった。



「つまり……パパに助けてもらえばいいってことですか!」

「まあ、そうだな……」



 俺はリリアナを抱きしめる。


「何かあったら、ミハルちゃんでもいい。俺に助けを求めるのもいい。だけど……頼ってくれよ。リリアナはまだ子供なんだから」

「……はい!」



 彼女は、にっこりと笑った。


「なんか他人だよりって感じするけどーっ。やっぱできることなら自分一人で倒したいよね」

「他人に頼るのは大切だぞ。一人では何とかならなくても、二人なら何とかなるかもしれない。そうやって繁栄してきたのが人間ってやつだ」

「でも、オーフィアさん竜じゃないですか」

「うっ」



 それを言われると痛いな。

 俺はもうはるか昔に、人間ではなくなったのだから。



「竜は一人でもなんとかなる強さを生まれから持っている。それは種族としての宿命のようなものだ。だがそのおごり高ぶりが故に――人に負ける」


 そういう景色も、何度も見て来た。

 同胞が、人間たちに打ち滅ぼされる景色も。

 俺が、今の今まで死んでないのも、俺を倒せるほど強い人間に出会ってないのも、偶然のようなものだ。

 ……まあ、仮にそんな人間がいたとしても、負けるつもりはないが。

 なんたって俺は、最強の竜だからな。



「なんか含蓄のあることばですねーおじいちゃんみたい」

「おいおい、竜で言えば若者みたいなもんなんだぞ」



 それでも俺は、長く生きたが。



「さてと、リリアナの鍛錬も一息ついたところで、どうするんだお前らは」

「また、二人で旅に出ますよ。また会う日も来るかもしれません」

「そっか、行くのかそれは……気をつけてな」



 ミハルが微笑みながら答える。



「ええ、ありがとうございます」

「うーん、ちょっと待てよ」

「はい?」

「ミハルちゃんが、もし困っていることがあったら言えよ。出来る限り力になるから」

「えっ? あ、は、はいっ」



 ミハルは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。


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