第31話 静かな森の中


「俺の為?」

「魔王になれば、力が手に入る。守りたいものも守れるようになる。そうだろう?」

「……そうだな」



 俺は、一人の少女の顔を思い浮かべる。

 大切な、大切な俺の娘。本当は娘ではないけれども、何よりも尊いもの。

 それはリリアナだ。それ以外のものは今の俺には必要がある。


「なら、迷うことはないじゃないか」

「だがな……俺には無理なんだよ」

「どうしてだい?」

「……俺には、リリアナがいる」

「リリアナちゃんがどうかしたのかい? それこそ、君の守りたいものじゃないか」



 そうだ。その通りだ。

 だが――


「あいつはまだ幼い。俺が魔王になることで、これから先、危険な目に遭う可能性がある」

「それは……君のせいではないと思うけどね」

「……それでも、俺はあの子を守りたい」

「そうか……まあ、考え直したくなったら行ってよ。今日はお目にかかりたかっただけだ」

「なあお前……そういって何人もの人を勧誘してるのか?」

「……さあどうだかね」



 言葉を濁したか。つまり、ビンゴだ。

 こいつは、何か理由があって魔王を復活させようとしているわけだ。



「……なあ、どうしてそんなに魔王を復活させたがる」

「僕にはね……会いたい人がいるんだよ」

「……誰なんだ」

「……それは言えないな」

「……まあいいさ。それで、俺に魔王になれって言ったな」

「ああ」

「悪いな。俺は魔王にはならない」

「そうか。残念だけど仕方ないね」

「だが、一つだけ教えてくれないか?」

「いいよ。なんでも聞いてくれたまえ」

「お前が魔王を復活させる理由を教えて欲しい」

「そうだねぇ……。まあ、簡単に言えば復讐かな」

「復讐か」

「そう、復讐」

「誰に対するものだ?」

「それは……まあ、そのうち分かるよ」

「そうか……まあ良いだろう。俺の邪魔さえしなければ構わないさ」

「それはどうも」



 そういってそいつは去っていく。

 俺は、どこか不吉なものを感じながら、そいつの後姿を見送るのだった。



「あいつ……何をたくらんでやがる」



 ***



 翌日。俺はリリアナと一緒に街に出かけていた。リリアナは楽しそうにしている。



「ねえ、パパ! あれ美味しそうだよ!」

「どれだ?」

「あそこのお菓子! すごく美味しそうだよ!」



 リリアナが指差した先には屋台があった。クレープを売っているようだ。俺はリリアナを連れてそこに向かう。



「おじさん、それ二つください」

「はいよー、ちょっと待ってくれ」



 しばらくして、注文したものが出てきた。俺はリリアナに渡す。リリアナはそれを一口食べた。そして、満面の笑みを浮かべる。



「美味しい!」

「そりゃ良かった」

 俺は自分の分を食べる。うん、美味いな。俺は甘いものが好きなので、こういう食べ物は結構好きだ。リリアナも嬉しそうな表情をしている。



「パパ、ありがとう」



 リリアナが笑顔で言う。可愛いなぁ。まさに俺の娘だが、彼女がいるからこそ俺は幸せなのだ。そんなことを考えてしまう。


 ***

 買い物を終えて家に帰る途中、リリアナが話しかけてきた。



「パパ、今日の晩御飯は何にするの?」

「そうだな……リリアナのリクエストはあるか?」

「えっと……オムライスが食べたいです」

「よし、分かった。任せておけ」

「やったぁ!!」



 リリアナが飛び跳ねる。とても可愛らしい仕草だ。俺が微笑んでいると、リリアナが恥ずかしそうにこちらを見つめてくる。



「どうした?」

「……えへへ、何でもありません」



 リリアナが俺の腕に抱きついてきた。俺はリリアナの頭を撫でる。リリアナはとても幸せそうな顔をしている。

 俺たちは手を繋いで歩いていく。リリアナの手の温もりを感じる。その小さな手からは、確かな生命の鼓動が伝わってきた。

 そうして俺たちは歩いていく。歩いていく。導かれるように。

 気づくと俺はリリアナを背負って森の中を進んでいた。リリアナが俺の背中から声をかけてきた。



「パパ、どこに行くんですか?」

「ん? ああ、そうだな……」



 俺は言葉に詰まる。正直なところ、目的地など無いのだ。ただ、適当に進むだけである。俺はリリアナに言う。



「……とりあえず、進むぞ」

「はーい」



 リリアナが元気よく返事をする。リリアナが背中から落ちないように注意しながら、俺は森の奥へと進んでいく。しばらくすると、目の前に洞窟が見えてきた。俺は立ち止まる。



「ここで休憩するか」

「はい、分かりました」



 俺は地面に腰を下ろす。そして、背中のリリアナを下ろした。リリアナが俺の隣に座ってくる。



「パパ、ここ何処ですか?」

「ここは……多分、迷いの森だな」

「えっ!?」

「大丈夫だ。俺が居る限り、リリアナには危害を加えさせない」

「はい、信じてます」

「そうか」



 俺はそう言って、リリアナの頭に手を置く。リリアナは気持ち良さそうにしている。俺は空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。穏やかな風が吹いている。



「平和だな」

「そうですね……ずっとこのままだったら良いのに」

「そうだな」



 俺はリリアナの頭を優しく撫で続ける。

 静かなもりの中、誰にも邪魔されない空間で。

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