第18話 異形の男

 俺はそれからも聞き込みを続け、酒場に入っていた。


「いらっしゃい」



 店のマスターらしき人物が話しかけてくる。



「注文は何にする?」

「じゃあ、エールを」

「あいよ」



 しばらくして、ジョッキに入った酒が運ばれてきた。俺達はそれに口をつける。

 俺は周囲の会話に耳を傾ける。……ふむ、どうやら行方不明事件の噂をしているようだ。



「そういえば、最近この辺りに変な男がいるらしいぜ」

「へえ、どんな奴なんだ?」

「全身黒ずくめの男らしい。フードを被って顔を隠していたとか」

「へえ、物騒な奴もいたもんだな」

「まったくだ」



 ……黒ずくめの男。またか。

 かなり噂になっているようだ。

 それにしてもこんなに噂になるとは、かなりずさんだな。まるで隠す気がないようだ。

 その目的とは一体……?

 そう疑問に思いながら、俺たちは話を聞いている。



「心当たりはあるか?」

「うーん……わからないわね」

「そうか」

「ごめんなさい」

「いや、気にしないでくれ」

「そう?……ところで、さっきの話だけど」

「ん?」

「さっきの男がどうかしたの?」

「いや、なんでもない」



 ……どうやら関係ないみたいだな。俺はそう判断すると、再び周りの会話に意識を向ける。



「……そういえば、あの子どうなったのかしら」

「あの子って誰のこと?」

「ほら、私の友達の女の子」

「その子がどうかしたの?」

「……実は昨日その子と会って、少し話をしたの」

「……へえ」

「それで、その時に気になる話を聞いたのよ」

「気になること?」

「うん。なんでも、その子が行方不明になったって」

「……!」

「その子は結構有名な冒険者だったらしいんだけど、突然いなくなったらしいのよ」

「……それで?」

「その子の家を訪ねてみたんだけど、誰もいなかったらしいの」

「それで?」

「私、気になってその辺を探し回ってみたんだけど、結局見つからなかった」



 やはり、いたるところで噂になっているようだ。

 一体行方不明事件の正体とは一体……



「それでさ、家に残されてたものがあってさ……」



 そうして、握っていた手を開くと、そこには。



「この指輪が残されてたの」



「!」



 俺は、驚いて立ち上がった。



「それ、見せてもらっていいですか?」



俺は突然彼女に声をかける。



「な、なんですかいきなり……」

「驚くのも無理はありません、ですがその指輪は――きっと、被害者が残したものです」

「! なるほど」



となりでトツカがうなづく。



「この指輪が……?」

「いえ、大事なのは指輪ではありません……それについている宝石です」



俺は、宝石に魔力を流し込む。

すると、石に残されていた伝言が流れ始めた。



『この伝言を聞いている誰かへ、私は狙われています』

「!」

「これ、あの子の声……!」



彼女は目を見開く。……なるほど、これは間違いなく被害者のものだろう。



『おそらく、何者かが私たちを襲おうとしているのだと思います。そして、おそらくあなたは巻き込まれているはずです。そして、恐らく犯人は複数人います。おそらくは集団で行動していると思われます』



彼女の声は震えている。

おそらくは恐怖を感じながらも、必死で言葉を紡いでいるのだろう。




『このメッセージを聞いたらすぐにその場を離れてください。なぜならば、その近くには必ずその者を操っている者が潜んでいるからです。おそらくはそいつらはあなたを狙ってくるでしょう。だから逃げて下さい。そして、できるだけ遠くまで離れてください。それが、私の最後の願いです……』



その時だった。

背後で、爆発が起きたのは――


「あちらから来てくれるなら好都合だな」

「ひ、ひい!」

「君たちは逃げろ、ここは俺に任せるといい」



そして、爆炎のなかから現れたのは――黒づくめの男であった。


「……お前が今回の事件の黒幕か?」

「……」



男は答えない。



「……なるほど、だんまりか。なら、無理やりにでも喋らせてやる」



俺は爪を伸ばし、構える。



「いくぞ」

「……」



だが、男は動かない。……なるほど、こちらを侮っているというわけか。ならば、その慢心を利用させてもらおう。

俺は一瞬で距離を詰めると、男の腹に拳を叩きこむ。だが、その瞬間に違和感を覚えた。まるで、空気の壁に当たったかのような感触があったからだ。



(障壁魔法か……)



どうやら、ただの雑魚ではないようだ。俺は一旦距離を取る。



「へえ、今のを耐えるなんてなかなかやるじゃないか」



俺はニヤリと笑う。



「そこそこの実力はあるみたいだな」

「……」



相手は何も言わず、剣を構える。



「だが、すぐに無力化させてもらおう」



俺も身構える。次の瞬間、相手が一気に踏み込んできた。



「はっ!」



相手の一撃を紙一重でかわし、カウンターの蹴りを入れる。だが、それも防がれる。



「くそ、こっちの攻撃がほとんど通らない……」

「当たり前だ。俺をそこらの奴らと一緒だと思うなよ」


そう言って、相手は連続で攻撃を仕掛けてくる。


「……ふん、こんなもので俺を倒せると思ったのか?」

「なに……?」

「……まあいい。どうせ、ここで死ぬんだ。教えてやろう」



そう言うと、男の姿が変わる。その姿はまさに異形と呼べるものであった。全身が黒く染まり、背中からは翼が生えている。



「これが、本当の姿ってことか?」

「そうだ。さて、おしゃべりはここまでだ。そろそろ死んでもらうぜ」



そうして、戦いが始まった。



「さて、まずは小手調べといこうか」



そう言い放つと同時に、無数の闇の刃が飛んできた。



「なんだと……!」




俺はとっさに防御するが、いくつか喰らう。幸いにも大したダメージはないが……この威力、並大抵のものじゃないな。


「ほう、この攻撃を耐えるか」

「……舐めるな、本気を出させてもらおう」



俺は、腕だけを竜に変える。

その腕には、竜のうろこがはえ、強力な爪が生え、鈍く光り輝いている。


「! それは、まさかお前は……」

「異形なのはお前だけだと思うなよ」

「くっ……」



すると男は、一瞬にして姿を消す。



「くそ、逃げられたか」

「いや、こんなこともあろうかと奴に追跡魔法をかけておいた」



俺はポケットからコンパスを出し、その向かう先を見る。



「追うぞ」

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