第10話 勇者の訪問

「私は、勇者になって、初めて自分の人生を歩むことが出来るようになった。私は、この世界を守りたい。私の命が尽きるまで、私は守り続けなければならない。この世界に生きている人達の幸せを守る。それが、私に与えられた使命なのだから」



 ミハルは真剣な表情で言った。ミハルは、嘘偽りのない真っ直ぐな目で俺のことを見つめ続けた。


「なるほどな。つまり、自分の為ではなく、誰かの為ってことなのか」

「そうだ」



 ミハルは即答する。迷いは一切感じられない。



「そうか」



 俺は小さく呟く。そして、ミハルに背を向ける。



「わからんな勇者というものは。わざわざこの世界にやってきたのに、人のために戦う」

「何が言いたい……」

「俺も、別の世界からやってきた。……と言ったらどうする?」

「何?」



 ミハルは驚いた様子で振り返る。



「俺は、別の世界から来たんだ。この世界の者ではない」

「何を言っているんだ?」

「信じられないだろうな。だが、事実だ」

「なら、証拠を見せろ」

「そうだな……俺の世界では自分たちの星は地球といわれていた。その中で俺は日本という国に住み、学生をやっていた」



 俺は淡々と話す。



「そしてある日、俺はトラックに轢かれて死んだ。そして、気が付いたら俺はこの世界にいた」

「……」



 勇者は、目を丸くしている。まあ、無理もないな。いきなりこんなことを言われたら驚くだろう。



「俺は元の世界で死に、そして、この世界に生まれ変わった。俺の本当の名前は八房英二。だが、俺は元の世界の名前を捨てた。俺は俺であり続けるために、俺は新しい名前を名乗り、そして俺自身でいることに決めた」

「……そうか」



 勇者は短く答えた後、何かを考え込んでいるようだった。



「……お前も、元は普通の人間だったのか」

「ああ」



 俺は答える。



「だが、俺は今は違う。俺は今、ドラゴンとして生きている。そして俺は、この世界の住人として生きていこうと決めた。俺は俺の生き方を決めた。お前はどうなんだ?」

「私は……」



 ミハルは考え込むように俯いている。



「お前はお前だ。お前は、お前が思うままに生きればいい」

「私が、私がしたいことは……」



 ミハルは顔を上げると、俺の目を見据える。



「私がやりたいことは、私が守りたいと思えるものを守ることだ! 」



 そして彼女は叫んだ。



「それが、勇者としての私の役割だ! 私が勇者であることは変わらない! 」

「ほう」

「だから私は、勇者として戦う!」

「お前が勇者であろうとなかろうと、俺にとってはどうでもいいことだ。お前が勇者であろうとなかろうが、お前がかかってくるのなら、お前を殺すまでだ」



 と、その時、ミハルは剣を置いた。

 なに? といぶかしんでいると彼女は語りだす。


「だが……やめよう、あなたとは戦う気がなくなった」

「ほう?」

「お前は、悪い奴じゃない。それに、お前は私に何もしていない」

「俺がお前に危害を加えていないとでも言うつもりか? だが俺はお前を傷つけたぞ。お前に向け敵意を向け、攻撃をし、殺そうとした。それが悪い奴ではないとでもいうわけか」

「私はただ、魔物を退治しようとしただけだ。……あなたは、魔物じゃない。人間だ」

「いや、俺は人間だったのは事実だが、それは過去形だ。……俺は竜だ。偉大なる神竜王、オーフィアだ。かつて地球に住んでいた八房英二などではない」



 はあ、と相手はため息をつく。

 やれやれ、ため息をつきたいのはこっちだ。



「……とにかく、やめだ。これ以上やっても意味がない」

「俺が怖いのか?」

「違う。相手が人間と分かったら――戦う気がなくなった」

「……そうか」

「お前は、優しいやつだな」

「別にそういうわけじゃねえよ。俺は俺の敵を倒すだけだ」

「……ありがとう」

「なんで礼を言う?」

「さっきの攻撃は、手加減してくれただろう? でなければ、私はもう死んでいたはずだ」

「……ふん。勝手にしろ」

「これからは、敵対するような真似はしない。約束する。だから、見逃してくれないか?」

「……まあ、いいだろう」

「感謝する」

「ただし、条件がある」

「……なんだ?」



 俺は、人間体になる。



「俺の家に来い」

「! あなたは! 昨日あった……」

「来い、すぐにな」



 勇者は、訝しく思いながらも渋々従った。



 ***



「着いたぞ」



 俺は家に着くなり、中に入る。そして、ミハルに椅子に座るように促す。



「おかえりなさーい。あれ? パパ? その人は?」

「客人だ」

「娘がいるのか?」

「そのようなものだ。正確に言えば……拾った子なんだがな」

「……そう、ですか」



 ミハルと名乗る少女は複雑そうな顔をした。



「パパ? お友達できたの?」

 リリアナが嬉しそうに言う。リリアナは人懐っこくて明るい性格をしているからな。誰とも仲良くなれそうだ。



「パパの知り合いの人なの?」



 リリアナは首を傾げると、俺の方を見る。可愛いなぁ。頭を撫でてあげたくなる。



「そうだ。こいつは、勇者ミハル・シラサキ。勇者だ」

「勇者さんなんですか!」

「勇者ミハルです。よろしくお願いします」



 ミハルは頭を下げた。

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