第21話 姉川の戦い 

 1570年5月9日、信長の怒りは鎮まり始め、ただその者の首を取ることだけを考えながら、軍の再編成のために、京から岐阜へと向かった。一方、朝倉義景は敦賀に滞在し、戦後処理や浅井長政との連携に努めた。裏切り者とされる浅井長政はなぜ、義兄の信長を裏切り、朝倉に味方したのか。それは、浅井家と朝倉家の関係は長政の祖父の亮政の時代から続いていたということが一番の要因だった。亮政の時代、浅井家は新興勢力であったため、他家に敗北することが多かったのだが、そのときに朝倉家に何度も助けれたことから恩があり同盟が結ばれた。この関係は長政の代になっても続いており、長政は妻の実家か古来よりの盟友かのどちらを助けるかで板挟みとなった。結局、長政は朝倉方に付いたのだが、彼の心の中には最後まで迷いがあった。

 その後、浅井・朝倉軍の挟撃に遭うことを恐れた信長はやむなく撤退をした。俗に言う「金ヶ崎の退き口」である。


 5月11日に、義景は一門の朝倉景鏡を総大将とする大軍を近江に送った。これは、岐阜へ戻ろうとする信長を近江の六角義賢とともに挟み撃ちにしようと考えたためである。5月19日、信長一行は近江国の千種街道を通っていた。


「信長さま、此処を越えれば尾張ですぞ。」

「うむ。」


道の端から信長に向けて、何かが向けられていた。しかし、茂みに隠れていてよくわからなかった。信長一行は誰1人として影に気付いていなかった。


パン、パン


音がした瞬間、信長から鈍い音がした。見ると、信長の臑当に傷が凹み、血が垂れていた。


「信長さま!」

「誰ぞ、その者を捕らえてくるのだ!」

「はっ!」

「大丈夫でしょうか。」

「大事ない。」

 

信長を狙撃した者は杉谷善住坊という人物だった。彼は、六角義賢に信長暗殺を依頼されるが、失敗した。信長は当然の如く激怒し、狙撃した者を捕まえさせようとした。

 信長が狙撃されるなどの事件があった「千草越え」は何とか成功し、5月21日に岐阜へ到着した。


-長光寺城-


 ここ長光寺城は六角義賢、義治親子に囲まれていた。織田方の長光寺城には、御田家重臣柴田勝家が入っていた。


「義賢さま!農民より、城に続く水源の場所を突き止めました!」

「そうか。ならば直ぐに水を断ち切れ!さすれば、敵は自ずと降伏するであろう。」

「しかし、敵は風に聞く柴田勝家ですぞ。そう簡単に降伏するとは思えませぬぞ。。。」

「どんな者だろうと人だ。弱点はあるであろう。」


六角軍が城内の水を断ち切ってから、義賢は本当に城内に水が残っていないかを確かめさせる為に、平井甚助に使者を装わせて、城内に潜入させた。


「お通しいただきたい!我は六角より参った使者である!」

「よろしい。」


甚助が城内に入り、勝家と面会を持った。


「柴田どの、手を洗わせていただきたい。」

「おい!誰ぞ、水瓶を持って来い!」

 

すると、小姓が2人がかりで水に満ちた水瓶を運んできた。


「かたじけない。。。」


甚助は義賢の元に戻ると、城内の水が断ち切られていなかったことを義賢に伝えた。


 しかし、直に水瓶の水は尽きてしまった。すると、勝家は城内にいた兵士を集め、酒宴を開いた。そして終わり際に小姓に残っている水の量を尋ねた。すると、僅かだが残っている、と言われた。


「皆の者、明日は城から出て斬り死にしようぞ!」

「おぉ!」

「これより、斬り死にするまでの間喉の渇きを抑えようぞ!皆の者、これより瓶の中の水を飲め!」

「おぉ!」


そうして、勝家は城内の水を完全に無くした。


「お主等、明日は潔く死のうぞ!」


すると勝家は瓶を薙刀で叩き切った。瓶が壊れたことで、嘆く兵士がいたが、勝家はそれを鎮めた。


-翌朝-


「義賢さま、城門が開き始めました!」

「のう、言うたであろう。降伏しおったわ。」

「流石にございます!」


しかし、六角方の予想していた様子とは違った。織田方は皆武具を身に付けていた。すると、勝家の掛け声を合図に、突撃をしてきた。攻勢に出てくるとは思っていなかった六角方は上手く防御を出来ずに陣が崩れてしまった。結局、六角方は敗走し約800余りの首が上げられた。


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-野洲河原-


 長光寺城に於いての戦いで織田方に敗北した六角勢はここ野洲河原にまで撤退して来ていた。織田方には、援軍の佐久間信盛が来ていた。川を挟んで右に織田、左に六角が布陣した。落窪にて両軍は激突した。


「押せ!」


柴田勝家はその槍で敵中を駆け巡ったが、誰も止めることは出来なかった。


「義賢さま、義治さま!お引きくだされ!ここは儂が。」

「定持、成持、頼むぞ!」

「はっ!」


2人は勝家の前に立ち塞がった。


「柴田勝家どの、我らと手合いいただきたい!」

「よかろう。六角にも骨のある武将がおるようだな!」


2対1の戦いであったが、「権六無双」と言われるだけの腕はあった。


「やるな!」


しかし、定持が勝家が振った槍により馬上から落とされてしまった。


「父上!」


しかし、父が落とされたことに注意を向けてしまった、成持は槍で突き刺された。突き刺された反動で彼は弾き飛ばされてしまい、その死体は無惨な姿だった。


「成持!立つのだ!」


倒れながら、定持は叫んだが、その声が成持に届くことはなかった。


「名を答えられよ。」


勝家は馬上から老兵に聞いた。


「み、三雲定持じゃ。六角家重臣じゃ。。。」

「そうか、お主等は我らで確と埋葬する故、安心なされよ。」

「ハッハ!首を取られよ!」

「では、御免!」


血が吹き飛び、勝家の甲冑に血が付いた。


「勝家!大丈夫か!」

「信盛どの、大事ない。敵は引いていったわ。」

「あぁ、六角も落ちたよのう。」


こうして、六角家は400年近く支配をしてきた近江国を取り返すことができた最後の戦いに負け、とうとう近江に於いての求心力を完全に失った。


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 6月21日、信長は虎御前山に布陣し、森可成、坂井政尚、斎藤利治、柴田勝家、佐久間信盛、蜂屋頼隆、木下秀吉、丹羽長秀等に小谷城下を燃やすことを任した。翌日、信長は火元を避けるような形で後退する。


 6月24日、織田軍は小谷城から姉川を隔てて南離れている横山城を包囲した。一方、信長は竜ヶ山に布陣した。そこに、徳川軍の援軍が到着し、戦への準備が進んでいった。一方、浅井方に朝倉景健率いる8,000の援軍が到着。朝倉勢は小谷城の東にある大依山に布陣。これに浅井長政の兵5,000が加わった。浅井、朝倉連合軍は合計13,000となった。6月27日には浅井、朝倉連合軍が陣を引いた。


-6月28日-


 浅井、朝倉連合軍は未明、姉川を前にして、軍を二手に分けて野村・三田村にそれぞれ布陣した。これに対し、徳川勢が一番合戦として西の三田村勢へと向かい、東の野村勢には信長の馬廻、および西美濃三人衆(稲葉良通、氏家卜全、安藤守就)が向かった。


 午前6時にとうとう戦闘が勃発した。徳川勢に対して浅井軍も軍を姉川に差し向けた。


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「一郎、気を引き締めよ!」

「はい!」


俺は、同じ部隊の上司的存在である木下長秀さまに集中するように注意された。そういえば、この前も危なかったな。


「いいか、我ら木下隊は浅井軍と激突する。浅井軍には猛将がおるが、負けぬようにせい。」

「はっ!」


前方の部隊が戦い始めた。木下隊は、阿閉貞征隊と激突した。矢が降る中、部下を指揮するというのは、大変な物だった。俺は、とにかく矢に当たらないように馬を駆け回らせた。


「おい!儂と勝負せい!」


横の方で雄叫びが聞こえた。仙石権兵衛である。チラッと見ると、突出しすぎて秀吉さまに引き戻すように言われていた。


「一郎!」


長秀さまに声を掛けられ、前方を見ると騎馬武者が突撃して来ていた。俺は間一髪で避けると、右手の刀で敵の腕を斬り付けた。


「槍隊、刺せ!」


俺が合図を出し、槍足軽隊に敵将を突き刺させた。鈍い音が後ろから聞こえた。


-浅井本陣-


「長政さま!遠藤直経さま、浅井政之さまをはじめ、浅井政澄さま、弓削家澄さま、今村氏直さまらお討死なされました!」

「な、何!何故なのだ。。。こうも簡単に人は死ぬものか。。。」


-朝倉本陣-


「真柄直隆さま、真柄直澄さま、真柄隆基さまらお討死なされました!」

「何!あの真柄直隆が討ち取られただと。。。」

「右翼より、伝令!」

「また、討ち取られたか!」

「いえ、徳川軍榊原康政隊が突撃して来ており、陣が崩れた模様です!」

「グッ、直ぐに陣払いの支度をせい!」

「浅井勢はまだ戦うようですが。。。」

「よい!我らは引くのだ!」


 こうして、朝倉軍が独断で陣払いをしたことで、浅井軍も崩れてしまい、両軍ともに撤退した。この戦闘で浅井、朝倉連合軍は1100以上の首を上げられた。


 一方、包囲されていた横山城は味方が撤退したことにより、降伏した。その後、横山城には秀吉が入れられた。秀吉の近江に於いての最初の城となった。



 






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