第20話 金ヶ崎の退き口

−1570年5月24日−


 織田信長、徳川家康が30000の軍を率いて、京を発った。軍には松永久秀や池田勝正等畿内の武将の他にも、公家の日野輝資、飛鳥井雅敦も従軍した。その大軍勢が向かった先は、越前、若狭であった。当時の越前には朝倉氏という大名家が君臨し、統治をしていた。朝倉家の居城である一乗谷城は東西約500m、南北約3kmと狭小であり、東、西、南を山に囲まれ、北には足羽川が流れる天然の要害で、南北に城戸を設け、その間の長さ約1.7キロメートルの、武家屋敷、侍屋敷、寺院、職人や商人の町屋が計画的に整備された道路の両面に立ち並んでいた。周辺の山峰には城砦や見張台が築かれ、地域全体が広大な要塞群であった。また、応仁の乱の時代には京から多くの知識人や公家を招いたことから「北の京」とも呼ばれる程に繁栄した土地でもあった。当時朝倉家の当主は朝倉義景であった。彼は一時期、義昭を保護していた時代もあったが、義昭を連れて上洛するということまではしなかった。

 話は若狭に飛ぶ。若狭の地には名門若狭武田家が君臨していた。若狭武田家当主武田元明は義昭の甥という立場であった。しかし、その元明が朝倉軍によって、越前へと連行されてしまった。武田家の再興を望む義昭が若狭にいる親朝倉派の武藤友益の討伐を信長、家康に命じたのである。


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「一郎、大丈夫か?」

「あっ、長秀さま。すいません、昨日よく眠れなくて。」


俺は、昨日の夜、明日から大戦があると分かると、不安で眠れなかった。俺もすでに29歳になってしまった。もうこの時代に来てから11年が経った。今は秀吉さまの下で足軽大将の身分にある。今は第1番足軽隊500の指揮官を秀吉さまの弟の長秀さまと一緒にしている。


「そうか。しかし、此度の戦も信長さまの勝ちであろう。」

「そうですね。さすがの越前衆もこの大軍には腰を抜かすでしょうね。」

「うむ。」

「ところで、今は何処に向かっておるのですか。」

「若狭であろう。」

「まぁ、そうですよね。」


−5月29日−


「これより、金ヶ崎城を攻め落とすぞ!」


陣中に動揺が走った。


「長秀さま、若狭では無いのですか!」

「。。。分からぬ。兄上が勝手に攻めているのか。信長さまの命なのか。。。」


−金ヶ崎城内−


「景恒さま、織田軍により、城は包囲されています!」

「すぐに一乗谷に援軍を要請せい!」


金ヶ崎城城主朝倉景恒は、織田軍が若狭を落としたという知らせが入っていなかったため、焦っていた。何にせよ、軍備がしっかりと整っていなかったからである。


「すぐに、防衛位置に着け!」

「はっ!」


織田軍の攻撃はすぐに始まった。激しい攻撃に何とか耐えしのいだ。しかし、その間に鶴賀郡の城は次々に落とされ、金ヶ崎城攻めの織田軍が徐々に増えた。その日は、何とか守りきったものの、城は度重なる攻撃により、被害を大きく受けていた。

 翌日も織田軍による激しい攻撃が続いた。景恒は義景の援軍に期待したが、一向に来ないことと、動いてすらいないことで、織田に下った。これにより、朝倉家は敦賀郡を放棄し、戦線が狭く防御に向いた地形である木ノ芽峠一帯を強化し、防衛体制を整えた。


 6月1日、信長の本陣の下に信じられない情報が舞い込んできた。


「浅井長政が裏切り、朝倉方に付いた。」


信長は当初この情報を朝倉が流した流言として信じなかった。なぜならば、浅井長政は自分の妹を妻とした、義弟であったからである。しかし、次々と同じ情報が入って来たため、信長も信じざるを得なくなった。信長は朝倉、浅井に挟撃される危険があるとして、撤退をすることを採決した。しかし、撤退する上で、敵軍の足止めを担当する、殿軍を設ける必要があった。この、殿軍は最も危険な任務であり、死者が多く出る役割であった。そのため、あまり進んで立候補する者は居なかった。


「誰ぞ、殿軍となってくれる者はおらぬのか。」

「。。。」


誰もが、信長の要求に答えなかったため、信長はイライラし始めた。すると、口を開けた者がいた。


「某が殿軍を務めましょう。」


明智光秀であった。秀吉は以前から光秀に対抗心を抱いていたため、負けずと自分も立候補した。


「信長さま、儂も殿軍を務めさせていただきます!」

「おぉ、禿げ鼠もか。」

「では、信長さま儂めも。」

「おぉ、勝正もか。これぐらいで良いだろう。金ヶ崎城には禿げ鼠、お主が入れ。勝正、お主を殿軍の総大将とする。お主等、皆生きて帰るのだ!」

「おぉ!」


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「秀吉さま!殿軍になったとは真ですか!」

「あぁ。」

「何じゃ、一郎。臆しておるのか。」

「小六どの、そうではありませぬが。。。」

「良いではないか。一番の手柄ぞ。」

「将右衛門どのは、気楽でよろしいですな。」

「何じゃと。」

「まぁまぁ、落ち付きなされ、一郎どの。」

「権兵衛、お主もだな。」

「ところで、秀吉さまと半兵衛は何処に行った。」

「見ませんな。」

「お主等、もう少し待つのだ。池田隊が撤退を始めてから、我らも引くぞ。」

「まだなのかよ。」


結局、木下隊2000は翌日に撤退を始めた。


「急げ!京まで生きて帰るぞ!」


秀吉さまに鼓舞され、全軍は勢いを失わないように撤退をした。馬を倒れるほど走らせ、近江国に入った。しばらく、馬を休憩させていると、周囲から足音がかすかに聞こえることに気がついた。全員が警戒し、息を潜め武器を手にした。すると、秀吉さまの目の前に急に男が現れた。いきなりの登場に秀吉さまは後ろに倒れた。


「落ち武者だな!」

「待て!お主等!」

「儂は猿飛仁助だ!ここらで盗賊をしておる!その首を置いて行け!」

「待たれなさい。」


諭すような静かな声で半兵衛どのが盗賊に呼びかけた。


「何じゃ。お主!」

「刀を収めてくだされ。」


半兵衛の言葉には何らかの力があるのか、皆が刀を収めた。


「我が主、秀吉は後漢時代の劉備玄徳に似ております。私もこの御方の心の奥に惹かれ、仕えました。この御方はいずれ大きくなられます。さすれば、あなた方は大名にもなれるのですぞ。今、ここでこの御方を殺めれば、あなた達は生涯を盗賊として終わることになりますぞ。」

「。。。」


盗賊たちはしばらく黙り、お互いの顔を見た。すると、仁助が諦めた顔をした。


「わかった。あんたに免じて、許してやる。ほら、行け。」

「かたじけない。」


そうして、木下隊は盗賊達と戦うことなく、近江国を突破することができた。さり際に彼らが叫んでいた。


「忘れんじゃねぇーぞ!」


秀吉さまはそれに対して、手を振り返した。


−6月4日−


 信長が京まで何とか逃れてきた。殿軍の木下隊も遅れてだが、京に戻ることができた。近江を突破できたのは、松永久秀が朽木元綱という豪族を翻意させたため、越前敦賀から朽木を経由し、京まで逃げ切ることができた。

 撤退戦の後、論功行賞で秀吉は信長から黄金数十枚を受け取った。その後、信長は撤退しなかったように振る舞ったが、内心は裏切り者である浅井長政を討ち取ることに燃えていた。

 

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