第7話 西上野から上がった炎

-1566年-

 とうとう、武田軍による箕輪城総攻撃が始まった。堅牢である箕輪城はそう簡単には落ちなかった。同時に長野方の支城である、鷹留城も総攻撃を受けていた。


 話は業正の時代に戻るが、武田家に比べると弱小な長野家がなぜ、武田軍を打ち返せたか。それも何度も。その秘密はこの鷹留城のような支城の関係だ。箕輪城付近には大小合わせて320ほどの支城・砦があったとされる。単体でも強固な箕輪城は、それらに守られる形になることで、さらに防衛力を増した。そして、業政はあるときは武田軍を油断させて別働隊をその陣に斬り込ませ、さんざん暴れまわった後に雉郷城や鷹留城に入り、武田軍がそれに気づいて攻め込んできた時には雉郷城はもぬけの空、鷹留城は守備兵に秘策を預けて、業正、本人はとっくの昔に箕輪城に帰っていたことがあった。攻め急ぐ武田軍は秘策を預けられた鷹留城の城兵に鼻であしらわれ、箕輪城には近づくことも出来ずに甲斐に引き返していくという繰り返しが続いていた。このようにその土地を知る者だからこその戦術を用いることができる。それこそが、業正の強さであった。業正亡き後は、武田軍は箕輪城と鷹留城の連絡を断つために、雉郷城を落とし遂に、連絡を断つことに成功した。


-9月27日 鷹留城-

 鷹留城には長野業通とそのその弟業勝、業固が詰めていた。


「兄上、武田の弓矢がひっきりなしに放たれて、被害は甚大だ。寄せ手は、小幡信貞、山県昌景らの騎馬隊だ。」

「信貞め、儂はあやつを許さんぞ!裏切り者めが。」

「兄者、落ち着きなされ。冬にもなれば、奴らも撤退するであろう。」


業勝が兄の業通をそう諌めた。すると、城門の方で、騷ぎ声が聞こえたので、業固が外を確認すると、武田に城門を突破されているではないか。


「兄上!大変だ!城門を突破された!」

「何!すぐに応戦せよ。」

「はっ。」


業通が向かうと、味方が武田の兵に斬り殺されているではないか。武器を捨てた者にも斬りかかる武田兵はまるで、子供のころによく耳にした鬼のようであった。


「鬼どもめぇ!」


しかし、業通が立派な甲冑を身に着けていたため、敵兵に目をつけられた。


「そこの御人、名のある将と見た。武田家臣赤備え隊山県昌景がお相手いたす。」


よりによって、武田軍の中でも一二を争うほどの猛将に一騎打ちを申し出られてしまった。しかし、断ることもできなかった。


「よかろう。我こそは鷹留城城主長野業通である。いざ、参る。」


双方が槍を相手に突き刺そうとするが、なかなか当たらなかった。周りの者も両者の戦いに目が釘付けとなってしまった。先に相手を突いたのは、昌景であった。しかし、急所を外してしまい、業通の右腕に刺さった。業通は痛みのあまり、槍を落としてしまう。痛みに悶ているところを昌景が刀で首を斬り落とそうとした。


「業通どの、お覚悟!」


業通も諦め、目を瞑った。しかし、意識がまだあった。恐る恐る目を開けると、弟である業勝が居た。見ると、彼の右肩の部分が深く刀で斬られ、2つに分かれていた。業勝は振り向かずに、


「業固、兄者を連れて行くのだ。。。」


と言い、血を吐いた。そして、業通は泣きながら、業固に連れて行かれた。昌景の刀を素手で抑えていた、業勝は業通の泣き声が小さくなったのを確認すると、ゆっくりと傾き落馬した。昌景は業通たちを追うのを諦め、部下に落馬した武者の首を取らせた。昌景は後にこの人物が業勝だということを知った。


 城主が居なくなった後は、内通者によって城に火が放たれ、城兵は支えきれなくなり、鷹留城は落城した。その様子を山奥から見る2人の男が居た。この男たちはその後、吾妻という地に向かった。


-9月29日 箕輪城-

 鷹留城が落城してから、2日後、箕輪城の守りが突破された。


下田正勝が城内を回り、業盛を探し回っていた。


「業盛さま!何処におられますか!」

「。。。」

「武田軍がまもなく城内にやってきますぞ!」

「爺、少し静かにせい。」


業盛は箕輪城本丸北側に位置する持仏堂に籠もっていた。


「業盛さま。。。」

「爺、介錯を頼む。」

「はっ。うっぐぅ。ぐっ。」

「爺、泣くでない。」

「はい。」

「春風に 梅も桜も散り果てて 名のみぞ残る 箕輪の山里」


そう言うと、業盛は自ら腹を切った。その後に続き、下田正勝ら数名の家臣も自害した。


「さっ、亀寿丸さま、私と共に参りましょう。」

「何処に行くのじゃ。」

「お寺に参りますぞ。」


業盛の息子、亀寿丸(当時2歳)は生き延びた家臣等と共に、城の南750mほどに位置する和田山極楽院に匿われた。


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「秀為!一郎!出てくるのじゃ!」


俺と信為が穴蔵に籠もっていると、秀綱さんの声が聞こえたので、穴蔵から出た。そこには、秀綱さんの他にも、秀綱さんの他の弟子が付い来ていた。


「終わりましたか。」

「何を申す。箕輪は落ちた。」


俺が箕輪城の方向に目を向けると、箕輪城内に武田の家紋である「武田菱」の模様が入った、旗が立てられているのが目についた。


「これより、我らは伊勢神宮へと向かうが、一郎、そなたはどうする。」


まじか。。。長野家が滅んだらどうなるかとか考えてなかった。でも、今は秀綱さんと一緒に居た方が安全だな。


「。。。付いていきます。」

「そうか。では、二人は支度をせい。」

「はい。」


俺の持ち物は簡単だ。真剣は持っていないから、木刀を腰に提げ、現世で借りて来たままの兵法書をバックパックに詰めた。バックパックを見て、こっちに来てからもう7年が経っていることに久しぶりに気づいた。両親の事も思い出した。


そういえば、業正さまに7年前、俺のバックパックが奇妙だと言われたな。。。


 そして、準備が完了すると、武田軍の居ない山道を通って、まずは上野国から出て遥か西の伊勢国にある伊勢神宮を目指す俺の新しい旅が始まった。

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