Ⅳ  別れ

 スマホの画面を見ると、5時50分を指していた。ルナと出会ってからもうすぐで6時間になるのだ。


 エレベーターに閉じ込められてからは、もうすぐ20分くらいか……。そろそろ救助が来てもいい頃だ。


 隣の幼女は寝てしまっているのか、あまり動かない。


「もうすぐ日の出か……。夜景、見せてやりたかったな」

「私も、シゲルのとっておき、見たかったわ」


 独り言のつもりだったのに、返事が返ってきた。


「お前、起きてたのか。てっきり寝てたと思ってたぜ」


 ルナはそれには答えず、暗闇の中で身じろぎした。


「朝になったら、シゲルともお別れね」

「なんだ、親でも迎えに来るのか?」

「迎え……そうとも言えるわね。正確には、私の姉」


 俺は、初めて佳奈の話をした時のルナを思い出した。兄妹に対する微妙な表情は、これと関係があるのかもしれない。


「お前は、姉貴と仲良くないのか」

「……ええ。私が選ばれたことで、お姉ちゃんは私の事を嫌っていると思うの。その時から、私はお姉ちゃんに怒られてばかりだし」


「よく分からねーけど、そいつはそんなにお前のことを嫌ってないと思うぜ」

「え……?」


 ルナは少し身を起こして俺を見た。


「こっちからすると、妹のする事ってのは心配なんだよ。俺もよく佳奈のこと怒鳴ったりしたけど、それは嫌いだからじゃなくて、むしろ逆! お前らの事が心配だから、必要以上に五月蠅くなっちまうんだよ。俺も、佳奈とはそれで喧嘩したままだ」


 佳奈のやることが全部自分には危なっかしく見えて、そこから喧嘩に発展してしまったのだ。


「お前の姉貴だってきっとそうさ。現にお前を迎えに来るんだろ? 本当に嫌いだったらそんな面倒なことしねえよ」

「ありがとう……私、お姉ちゃんと向き合ってみるわ。思えばあの時から少し会いにくくて、私の方がお姉ちゃんを避けていたのかもしれない」


 俺は、何かを決心したようなルナを見つめていた。


「私も頑張るから、シゲルもカナと仲直りしなきゃダメよ」

「……それはできない。佳奈はもう死んでるんだ。10年になるかな……」

「そんな……!」


 俺は、ルナの柔らかい頭に手を置いた。


「そんな顔するな。俺の気持ちは、佳奈に届いていると信じてるよ。それに、お前は今からでも仲良くなれる。まだやり直せるんだから」

「……ありがとう。カナにも、幸福が訪れますように……」


 ルナは俺の手をそっと自身の頬に当てた。


『あと5分ほどで到着いたします』


 救助隊からのアナウンスが入り、俺はルナと喜びを分かち合った。


「やったな! これでやっと出られるぞ! でも残念だな。もうちょっと早かったら夜景が見られたんだがな」


 スマホの画面を見ると、5時55分。もう街灯は消え、町はほんのり明るい時間だ。


「いいの。私は最後にとても大事なものをもらったわ」

「……? 俺、なにかあげたか?」


 俺は記憶を探したが、さっぱり心当たりがなかった。


「シゲルは気づかなくていいのよ」

「まあいいか。次に会った時にはちゃんと夜景を見せてやるから」


「……次に会った時は、シゲルは私のことなんか忘れてるわ」

「お前っ、俺の記憶力を舐めんなよ。こう見えて神経衰弱は得意だからな」


「シンケイスイジャク……? おもしろそうね!」

「そうか? ならそれも教えてやる。俺が強えからって、びびるなよ?」


「そうね……そんな未来があったら、どんなにいいかしらね」

「何……?」


 ルナの言ったことを理解する前に、俺は急激な眠気に襲われた。朝から起きているとはいえ、徹夜は平気な方なのに何故か抗えない。


 だが、ここで目を閉じてしまったら何かが終わってしまう気がして、俺は懸命に目を擦った。


「もう月に帰らなきゃ。私のことは、一夜の夢だと思って。でもね、私は貴方のこと、忘れたりしないから」

「ルナ……」


 薄れゆく意識の中、手を伸ばす。ルナはすぐ近くにいるはずなのに、なぜか掴むことができない。


「楽しかったわ。さようなら」


 遠くで、彼女の声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る