第36話 大蛇の目

 金属と髪と束がぶつかり合う音が響いている。美麗の猛攻を青竜刀で捌きながら、玉砕は右腕のガトリングガンで美麗の頭を狙っていた。美麗は顔色一つ変えず、顔を少し逸らして飛んできた銃弾を避ける。銃弾は壁に穴を開けた。


「……よくそんな芸当ができるものね。本当に人間なの?」


「もちろん」


 美麗の嫌味に笑みを返した玉砕に、髪の束が襲いかかる。玉砕の顔を掠めて傷を作り、眼鏡が飛んだ。


「その余裕そうな顔、反吐が出るのよ……!」


 玉砕は血を流す顔の傷を押さえながらゆっくりと顔を上げた。古傷のついた左目が露わになり、傷口からボタボタと赤い血が指の隙間をすり抜けて落ちる。


 髪の束が襲いかかり、玉砕は狙いを定めて銃弾を発射した。飛び出した銃弾が髪の束を貫き、ハラハラと髪が落ちていく。美麗があからさまに嫌な顔をした。


「お前、あまり目が見えていないわね。そのくせに、どうしてそこまで抗えるのよ……!」


「長年の勘だな」


「黙れ‼︎」


 髪は無限に伸びて玉砕に襲いかかる。ぼやけた玉砕の視界で髪の束は大きな黒い大蛇のように映った。美麗は悔しそうに顔を歪め、ふっと笑う。


 その瞬間、すさまじい速度で玉砕を取り囲むように髪が伸び、鋭い先端を玉砕に向けた。髪は玉砕を貫こうと迫りくる。玉砕が青竜刀を振って髪を切ろうとしたが、髪は玉砕に切られる前に自ら束を解き、玉砕の身体に巻きついた。


「⁈ クソっ……!」


「せいぜい無駄な足掻きを続ければいいわ。人間が私に勝てるはずがないの」


 美麗が嘲笑を浮かべる。髪は玉砕をギリギリと締め上げ、身体を覆い尽くすように這って伸びた。美麗の高笑いが辺りに響く。


「お前たちに勝ち目などないっ‼︎ 全ては教祖様の御心のままに‼︎」


 髪は肉に食い込み血が溢れる。玉砕はもがいているが、鋼鉄の髪はどれほど力を込めても千切れそうになかった。


 ひとしきり笑った美麗は大きく息を吸って吐き、さもくだらないというように呟く。


「……あぁ、アホらしい。こんな男に手間取るなんて教祖様に叱られてしまうわ……」


 そう言って美麗が顔を上げた瞬間、銃弾が目の前に迫っていた。


「⁈」


 美麗が咄嗟にそれを避け前を見る。玉砕は縛られたまま腕を動かしガトリングガンの銃口を美麗に向けていた。立て続けに銃声が響き、銃弾が美麗に向かってくる。発射の衝撃で玉砕に巻きついていた髪が数本、ブチッと音を立てて千切れた。


 美麗は飛んできた銃弾を髪で払いのける。髪が美麗の視界から消えた瞬間に、銃弾ではない何かが美麗に迫っていた。


「なっ……⁈」


 想定外のことに避け切れなかった美麗の右腕が大きく裂けた。飛んできたのは玉砕が投げた青竜刀。その刃は美麗を傷つけ、美麗がバランスを崩して座り込む。


 その隙をついて髪の拘束から逃れた玉砕は、投げた青竜刀を取り戻し、美麗に刃を向けた。そして、目を見張った。


「貴様ぁ‼︎」


 座りこみながら怒りの声を上げた美麗の右足は、大きな穴が空いていた。穴から向こうの景色が見えるほど綺麗にポッカリと、その部分だけ穴が開いている。それは、美麗と王凛のリンネ本部襲撃の際、チカゲが美麗の足を貫いたときにできたものだった。美麗の足は再生していない。


 驚いて足が止まった玉砕に髪の束が襲いかかる。それを避け、玉砕が髪の束を青竜刀で切った。美麗は座り込んだまま、顔を押さえワナワナと震えている。玉砕の肌には髪に締め上げられた痕がくっきりと残っていて、血が滲んでいた。


「……やはり、チカゲとは戦いたくないようだな。その傷はなんだ? なぜ、チカゲによる傷は再生しない?」


「男に答えるための声など持ち合わせていないわ」


 美麗が裂けた右腕をもぎ取りながら玉砕を睨みつける。玉砕はガトリングガンで美麗に向けて銃弾を発射し、髪が美麗を守って障壁を作った。


「小賢しいっ‼︎」


 美麗が声を荒げ、髪が辺りに伸びていく。髪は辺りを覆い尽くそうと伸びていき、玉砕がそれに気がついて髪を切ろうと青竜刀を振ったが、刃はガキンッと音を立てただけで髪に弾かれた。


「‼︎ クソッ……!」


 青竜刀の刃は既に刃こぼれしており、その切れ味ではもう美麗の髪を切ることができない。髪は壁を侵食し、光を遮断して辺りは闇に包まれる。玉砕の視界は暗闇に落ち、闇雲にガトリングガンを乱射した。銃弾が弾かれる音が響き、黒い壁に空いた数カ所の穴はすぐに再生する。


「人間は脆いわ。光がないと生きていけない。その光を失って暗闇に落ちるくらいなら、最初から光なんてない場所へ……そう、このクソみたいな世界に身を沈めた方がいいと思わない?」


 美麗のまとわりつくような言葉がこだまする。玉砕は見えない敵を睨みつけた。


「それでは誰も救われない」


「救わなくてもいいじゃない。汚いもののほうが多い世界よ? 救って何になるというの。綺麗事ばかりで嫌になる。だから人は過ちを繰り返すのね」


 クスクスと笑い声が聞こえる。その声は次第に大きくなり高笑いに変わって、狂気的な声が辺りに響いた。


「罪人を楽に殺してあげるほど、この世界は優しくないのよ‼︎」


 その瞬間、玉砕の左肩が貫かれた。


「ぐっ……!」


「死んでしまえっ‼︎ 汚らわしい男のくせに、救世主を気取っているなんて目障りだわっ‼︎ ……まぁ、私はその顔が見えないのだけど」


 暗闇の中で髪が玉砕に襲いかかる。なんとか青竜刀で弾き返すが、その間をぬって髪は玉砕の肉を切った。玉砕が傷だらけになっていく。美麗が声高らかに笑っている。


 髪の束が玉砕の頭を吹き飛ばそうと迫ってきた。美麗は勝ちを確信して顔を歪める。何も見えない暗闇の中、玉砕が攻撃を避けることは不可能だと。


 銃声が響いた。髪の束が弾かれる。何も見えないはずの玉砕は、迫ってきた髪の束を撃ち抜いていた。そして、真っ直ぐ美麗に向かってきた。


 玉砕が驚きと動揺で動けない美麗を切り付け、美麗の胸元が裂ける。血が飛び散り、色彩のない美麗の視界に玉砕が映った。美麗が悲鳴を上げた。


「直感で生きてきた人生、舐めるなよ」


 玉砕がガトリングガンを美麗の顔面に向けて発砲する。美麗の顔に穴が空き、原型を留めていられないほどグチャグチャになった。


 玉砕が更に美麗に穴を開けようと銃口を向けて、髪の束がそれを妨害してガトリングガンを弾き飛ばす。玉砕がよろけた瞬間、髪は玉砕の脇腹を切り裂き、身体を後方に弾き飛ばした。壁に叩きつけられた玉砕の身体から血が飛び散る。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ‼︎ なぜわかるっ⁈ なぜ見えるっ⁈ 人間のくせにっ‼︎ 男のくせにっ‼︎ 私の顔に傷をつけるなんてっ‼︎ 汚らわしいっ、汚らわしいっ‼︎」


 美麗がグチャグチャになった顔をもぎ取って地面に叩きつけながら喚いている。壁に叩きつけられた玉砕は、傷口を押さえながら立ち上がった。


「あぁっ……‼︎ あり得ないっ……‼︎ 私が……私がっ……‼︎ 世界で一番美しいのにっ……‼︎」


 辺りを覆い尽くした髪から、少しだけ光が漏れた。再生する自分の顔を手で覆いながら、美麗は喚き続けている。漏れ出た光で一瞬見えた美麗の姿に、玉砕が青竜刀を持って迫っていった。美麗の肉を裂こうと刃を振りかぶる。


「私を見るなぁっ‼︎」


 叫び声を上げた美麗の額で、突如目が開いた。蛇の瞳のような目は、大きく見開かれたかと思うと髪の隙間から漏れた光を吸収し、発光する。


 美麗に近づいていた玉砕は眩しい光に目を眩まされ、思わず目を瞑った。その瞬間髪の束が襲いかかり、玉砕の肉を切る。頭を守った玉砕の腕に大きく切り傷を作って、血が溢れた。


 美麗は頭を抱えてブツブツと何かを呟いている。美麗の額と胸元、両手の手の甲には蛇のような目玉が開いていて、濁った金色を光らせながら血走った目で辺りを見回していた。


 玉砕のぼやけた視界が徐々に戻っていく。髪は壁を作り上げるのをやめて、玉砕に猛攻を仕掛けてきた。


 辺りが急に明るくなる。鮮明になった視界で、玉砕は襲いくる髪の束を打ち抜いた。どれほど穴を開けても髪はすぐに再生し、がむしゃらに玉砕を傷つけようと黒い大蛇のように追ってくる。先程までの冷静さは消え、異様な姿をした美麗は譫言のように同じ言葉を繰り返していた。


「見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るなっ……‼︎」


 ポッカリと闇が続く目の窪みに指を突っ込み、グチャグチャと中を掻き回す。赤黒い血のような液体が溢れて、美麗の白い頬を伝った。それでも美麗はその手を止めない。そして、再度甲高い悲鳴を上げた。


「見たくないっ‼︎」


 胸元で開いた目が発光する。玉砕がそれに気が間に合わず、辺りが光に包まれ、何も見えなくなった。髪は辺りの壁や床を抉りながら、玉砕を狙い続けている。


 玉砕が目を瞑ったまま青竜刀を振り、迫っていた髪の束を弾いた。美麗の血の涙は床に落ち、血溜まりを作る。玉砕が目を開いて、それを見計らったように美麗が玉砕に手の甲の目玉を向けた。


「死ねぇっ‼︎」


 目が発光する瞬間、玉砕は青竜刀の刃を美麗にかざす。刃は光を反射して、手の甲の目玉を突き刺すように光った。美麗が「ぎゃっ‼︎」と悲鳴を上げて右手を押さえる。


 玉砕がうずくまった美麗に近づいて、右手首を切り落とした。切断された右手首が宙を舞って地面に落ち、手の甲で開いていた目が濁った。


 悔しそうに顔を歪めて唇を噛んだ美麗が玉砕の首に左手を伸ばす。それをかわして、玉砕が青竜刀を美麗の腹部に突き刺した。青竜刀は美麗の体を貫いて、美麗の口から血が飛び出す。美麗が玉砕を睨みつけた瞬間、玉砕の左腕に髪の束が絡み付いた。


「⁈」


 髪の束は玉砕の左腕をへし折った。玉砕の手が青竜刀から離れる。髪の束は玉砕の腕から離れると、玉砕の身体を吹っ飛ばした。地面に転がりながらも、玉砕はすぐに立ち上がる。左腕はブラブラしていて力が入らない。


「見たくない見たくない見るな見たくない見たくない見ないで見るな……見て」


 美麗が激しく頭を振り乱し、血の涙が辺りに飛び散る。青竜刀を腹に刺しまま美麗はワナワナと震えて右手の甲の目玉を玉砕に向け、発光した。光が溢れ、辺りの色彩が奪われる。


 光の中で美麗の眼窩から、血の涙が一滴、地面に落ちた。


「……私を……見て……違う……見たくない……もう何も見たくないの……」


 美麗がそう呟いた瞬間、銃声と共に美麗の右手が吹き飛んだ。玉砕は目を瞑ったまま銃口を向け、美麗の手を撃ち抜いていた。美麗が吹き飛んだ手の断面を見て、肩で息をする。


「いや……いやぁっ……‼︎ 私はっ……私は美しいのよっ‼︎ だからっ……だからっ‼︎ 私はっ……ただ見て欲しくてっ……‼︎」


 美麗の悲痛な叫び声が響く。玉砕が目を開き、ぼやけた視界に美麗が映った。


「死ねっ‼︎ 汚らわしい男は全てっ‼︎ 私の目の前から消えてしまえっ‼︎」


 玉砕に髪の束が襲いかかるが、その動きはがむしゃらで狙いを定めきれていなかった。壁や床を抉り、さらには自分自身に傷を作りながら、黒い大蛇のような髪は暴れ狂う。


 玉砕は冷静に狙いを定めて撃った。銃弾が美麗の足を撃ち抜き、美麗が倒れる。それと同時に胸元の目玉が発光しようとして、撃ち抜かれて潰れた。美麗が倒れ、立ち上がろうとしてそれができなかった。


 玉砕は的確に美麗の左足を撃ち抜き、左足は銃弾の毒のせいで再生しない。右足はチカゲに開けられた穴のせいでうまく動かせず、美麗は動くことができなかった。


「来ないでっ‼︎」


 ゆっくりと歩いて近づいてくる玉砕の頬を髪が掠める。全身傷だらけで血を流しながら、玉砕は美麗の叫びを聞き入れず、冷たい目をして歩いてきた。美麗の顔に恐怖の色が覗く。


 髪が美麗の腹部に突き刺さっていた青竜刀を引き抜いて、玉砕に投げつけた。青竜刀は大きく狙いを外して、玉砕の後ろで音を立てて落ちる。


「……嫌だ……見ないで見たくない見て見るな見たくない見えない見て見ないで死にたくない……」


 玉砕が美麗の目の前で立ち止まる。銃口を向けられた美麗の顔は青ざめ、ガトリングガンを見つめた。玉砕は悲しそうな瞳をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る