第29話 化け物に成り果てた

 真っ白な広い廊下で、ニケと鈴凛、瑠璃が死闘を繰り広げている。


 ニケが瑠璃に強烈な打撃を繰り出すたびに、瑠璃の義足から軋むような音がした。瑠璃はなんとかニケの攻撃を避けようとするが、六本の腕を避け切ることはできず、防御する以外の方法がない。


 そんな瑠璃の様子に二人から少し離れた場所で座り込んでいる鈴凛は、キュッと唇を噛んで背中のマシンガンをニケに向けた。


「!」


 ニケがそれに気がつき、飛んできた銃弾を後ろに飛びのいて避ける。銃弾はニケにかすり傷一つ付けず、ニケはニヤリと笑うと瑠璃から離れて鈴凛に向かっていこうとした。


 瑠璃がそれを止めるためにニケの前に飛び出し、ニケの顔面に向けて刃の飛び出した義足で蹴りを繰り出した。ニケが後ろにのけぞって蹴りを避け、前髪が少し切れる。


「瑠璃‼︎ そいつ毒のことわかってる‼︎ 前みたいに飛び込んで来ないっ‼︎」


 鈴凛が叫び、瑠璃が舌打ちをする。その瞬間、迫っていたニケの腕が瑠璃の鳩尾に入った。


「がっ‼︎」


「⁈」


 瑠璃が鈴凛の方へと飛んでいき、鈴凛が慌てて立ち上がり避けようとしたが間に合わない。瑠璃は咄嗟に空中で体を捻り飛んでいく方向を変えて、鈴凛に激突しないようにした。進行方向が変わった瑠璃の身体は壁に激突する。


「いっ……!」


 ズルズルと滑り落ちる瑠璃。鈴凛が駆け寄ろうとして、左足の痛みに小さく呻き声を上げた。その様子をニケが薄ら笑いを浮かべながら見ている。


「……大丈夫……大丈夫だから、リンちゃ。動かないで」


 瑠璃が壁に手をつきながら立ち上がる。鈴凛は泣きそうな顔をしながらも、何もできない。


「馬鹿だなぁ。いつまで足の引っ張り合いをするんだ? そんなんだから俺に傷一つ付けられない。毒だって当たらなきゃ意味なんてないだろう?」


 ニケが不意に瑠璃に迫って腕を振り上げた。瑠璃が咄嗟に横に避けて、ニケの腕が壁に穴を空ける。瑠璃がニケに回し蹴りを食らわせようとして、ニケが後ろに回転しながら飛びのいてそれをかわした。


「いつまで抗えるのかねぇ?」


「いつまでも。この身体が動く限り、抗い続ける」


「へぇ……」


 ニケが瑠璃に向かっていく、と思わせて、瑠璃の横を通り抜け鈴凛に向かっていった。瑠璃が目を見開いて、ニケを止めようと手を伸ばしたが、ニケはそれをすり抜けて鈴凛に近づいていく。ニケの腕が鈴凛の頭に伸ばされて、その腕が銃声とともに弾け飛んだ。


 ニケが驚いたような顔をして、弾け飛んだ腕を見る。立ち上がった鈴凛は、腕を一本弾け飛ばすほどの重い弾を撃ち出したマシンガンの衝撃に耐えていた。怪我の治っていない左足は微かに震えている。


「……弱い弱いって、舐めないでよ……‼︎」


 マシンガンがもう一発弾丸を撃ち出して、ニケが咄嗟にそれを避ける。鈴凛は金色の瞳に微かに涙を浮かべながら、声の限り叫んだ。


「あんたなんかよりっ、あんたみたいな化け物なんかより、瑠璃は強いんだから‼︎ 痛くても、怪我をしても、私を守って必死に戦ってる瑠璃の方が全然強いっ‼︎ 痛みも感じないくせにっ、怪我をしても治るくせにっ、人間を馬鹿にするなっ‼︎」


「……」


 瑠璃が再生しない腕を呆然と見つめる。その背後から瑠璃が迫って、呆然としていたニケは咄嗟のことに反応が遅れ、瑠璃の回し蹴りを食らった。義足の刃がニケの一本の腕の手首から下を切り飛ばし、ニケの拳が宙を舞う。


「……っざけんじゃねーよ……」


 瑠璃がもう一度足を振り上げてニケに蹴りを入れようとしたが、ニケはその足を手で止めた。毒の塗られた刃を掴んだニケの手から赤い血が流れる。瑠璃が足を引こうとしたが、ニケは足を離そうとしなかった。


「うるせーんだよ、どうせ死ぬくせに……! 馬鹿みてーに喚き散らすから、守れもしねーで死んでいくんだよっ‼︎ 化け物だからなんだっ‼︎ 人間のままじゃ虐げられて奪われるだけなんだよっ‼︎」


 ミシッと音がしてニケに握られた刃が少し歪む。鈴凛が銃を構えようとして、足の痛みに小さく呻き声を漏らした。


「化け物だろうがかまわねー……」


 怒りに満ちたニケの顔には血管が浮き出ている。六本の太い腕に浮き出た血管の中で、血液はあり得ないスピードでニケの身体を駆け巡り、ニケの身体から湯気が上がり始めた。ニケの拳は赤くなり、熱を持つ。黄緑色の瞳は血管が浮き出て禍々しい色に変わった。


「⁈」


 ニケが掴んだ刃が熱で変形し始め、瑠璃がニケの手を振り払う。毒が回った手をもぎ取ったニケの身体からは湯気が立ち上り、口から熱い息が出ていた。その異様な姿に鈴凛が後退る。瑠璃の義足は熱を持って金属が赤く染まっていた。


「いいこと教えてやるよ、嬢ちゃん。俺が化け物なら……」


 瑠璃がニケに向かってもう一度蹴りを繰り出した。ニケの血走った瞳は鈴凛を捉えている。


「お前の姉だって化け物なんだよ」


 ニケの言葉に鈴凛が大きく目を見開いた。ニケは素早く瑠璃の後ろに回り込んで、瑠璃を殴りつける。瑠璃はその拳を避けたが、赤く染まったニケの拳は熱を持ち、拳が掠めた瑠璃の頬が少し焦げた。


「くっ……!」


 ニケの動きは格段に早くなっており、腕が二本切断され再生しないとはいえ攻撃を与える暇もない。少し触れるだけで熱を帯びたニケの拳は肌を焦がす。


 瑠璃が苦しそうな顔をして、それでもニケの首を狙って足を振り上げた時、ニケは素早く瑠璃の背後に回り込んで背中を殴った。瑠璃の身体が吹っ飛び地面について転がっていく。


 ニケが鈴凛の方へと歩き出した。鈴凛がそれに気がついてビクリと震える。


「待てっ‼︎」


 響いた瑠璃の声に、ニケが呆れたような顔をして振り返った。


「お前もしつけーな」


 ゲホゲホと咳き込みながら起き上がり、瑠璃はニケを睨みつけた。


「その目、嫌になんだよ。お前も俺と同じだろ? そこの嬢ちゃん守るためなら化け物にだってなれる。同じだよ。同じなんだよ。化け物なんかより人間の方が醜い」


「……そんなことわかってるよ」


「じゃあ、やめちまった方が楽だろーよっ‼︎」


 ニケが起き上がった瑠璃に目にも止まらぬ速さで近づき殴りつける。繰り出される連撃に、瑠璃が苦しそうな顔をしながらそれを防いだ。その度に、瑠璃の肌が焦げていく。


 瑠璃が一瞬よろめいた隙を見逃さず、ニケが瑠璃の鳩尾に拳を入れた。


「がはっ‼︎」


 瑠璃の口から血が飛び出す。それでも瑠璃は崩れ落ちず、その足で立っていた。ニケが容赦なく瑠璃を殴ろうとして、瑠璃が咄嗟にそれを左手で防ごうとし、ニケはその腕を掴んだ。ニケに掴まれた瑠璃の左腕は音を立てて焦げ始める。


「ゔぁっ‼︎」


「脆すぎて反吐が出んだよ。弱すぎて話にもならねー。くだらねーんだよ、そんな自己犠牲。どうせ死ぬぐらいなら、化け物になった方がマシだ」


 瑠璃の左腕が焼けて、肉が焦げる臭いが立ち込める。ニケの手を振り払おうにも、瑠璃の腕にはもう力は入らなかった。その場に立っているのも限界の状態だ。


「ボロボロになって、ゴミみたいに捨てられる虫ケラみてーなもんだろ。この世界にとって、人間なんて」


 瑠璃の膝が崩れ落ちるよりも早く、ニケの背中に小さな衝撃が走った。ニケが目を見開きながら後ろを見る。


 先程まで一歩も動けず立っていた鈴凛は、左足の痛みに耐えてニケに近づき、持っていた毒入りの注射器をニケの背中に突き刺していた。それは、姉には突き刺すことのできなかった致死量の毒。


 ニケが鈴凛に手を伸ばす。鈴凛はそれを避けるために後ろ向きに倒れた。それを追ってニケが瑠璃の腕から手を離し、鈴凛に拳を向ける。鈴凛が後ろに倒れながらギュッと目を瞑った。


 その瞬間、ニケの頭がガッと両手で掴まれ、ニケは無理やり前を向かされる。ニケが前を向いた瞬間に、瑠璃はニケに頭突きを食らわせて、脳が揺さぶられてニケがよろめいた。


 その隙に、瑠璃は左手をニケの口の中にねじ込んだ。毒を体内に放射するための小型爆弾をその手に持って、血走った目を大きく見開くニケの後ろにいる鈴凛に向かって笑みを作る。


「リンちゃ、よく頑張ったね」


 カチリとニケの口の中で爆弾が起爆して、ニケの頭と瑠璃の左腕が吹き飛ぶ。爆弾に入っていた毒は、顎から上が吹き飛んだニケの身体に飲み込まれていった。

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