第18話 決戦開始

 タータン山間部の岩の割れ目内に位置するリンネ本部大門前、二つの人影が門を見つめてたたずんでいる。


「こんなところにコソコソと隠れていたのね……見つからない訳だわ」


「そうですね……ここにリンちゃがいるんですよね……」


「あなたは私に感謝しなさいよ? 止めても聞かないあなたのために、ここ数日リンネの本部を探し回って、見つけてついてきてあげているのだから」


「はい! ありがとございます、美麗さん!」


「……素直でよろしいこと」


 らんらんと目を輝かせる王凛に、美麗がふぅと息をつく。王凛は声を弾ませて、門に駆け寄った。


「あぁ、早く鈴凛を見つけてあげないと……! 迎えに行かなきゃ……!」


「そう急がないの、すぐ見つかるわ。それよりも先に……」


 美麗が目の前に佇む大きな門の方を見た。硬く閉じられたその目は、リンネ本部を睨みつけている。美麗がその美しい顔に薄ら笑いを浮かべた。


「邪魔だわ」


 美麗の一声で辺りに轟音が響き渡り、目の前にあったはずの門が大破した。美麗の髪が黒く艶めきながら、ゆらゆらと蠢いている。髪は門の近くにいた王凛を守るように取り囲み、飛び散った破片をはじき返した。


 辺りを曇らせる砂埃の中、美麗は口元に笑みを浮かべながら歩き出す。呆然と立っていた王凛の周りを取り囲んでいた髪は解けて、王凛を解放した。美麗が立ちすくんでいる王凛に向かって話しかける。


「行くわよ。妹を見つけるのでしょう? ついでに幹部も殺せたら、教祖様に褒めていただけるわ」


「は、はい! 行きます!」


「よろしい。お友達の準備も忘れないでちょうだいね」


「はい!」


 砂埃の中を歩いていく二つの人影。大破した門をくぐり、リンネ本部の出入り口の扉を壊すと、中に一歩踏み出した。


 リンネ本部内には侵入者を告げるサイレンが鳴り響く。戦闘部隊が各々武器を持って、二人の前に立ちはだかった。


「熱烈な歓迎よ。応えて差し上げましょう?」


 黒い大蛇が唸り声を上げて襲いかかる。


    ◇


 鳴り響いたサイレンに、リンネ幹部全員がその動きを止めた。


「侵入者、侵入者を確認。戦闘部隊はただちに武器を持ち、応戦してください」


 美萌草と話し合いをしていた玉砕が流れた警報に険しい顔をする。


「ついに始まったか……」


「全面戦争よ。準備はいい?」


「とっくの昔に終わってる」


「行きましょう」


 美萌草は六尺棒を手に持ち、玉砕の右手の義手がガトリングガンに変わる。美萌草と玉砕は険しい顔をして、倒すべき敵に向かって走り出した。


「応戦してください。繰り返します。応戦してください」


 繰り返される警報の中、瑠璃と鈴凛は襲いかかる死体の群れと戦っていた。周りでは部隊の人間がバタバタと倒れていく。


「ねぇ、リンちゃ! これって……!」


「……ねね様だ……」


 鈴凛のマシンガンが死体に無数の穴を開けた。瑠璃が死体の足をなぎ払い、死体が倒れる。いきなり倒れていた部隊の人間が一人、瑠璃の足に飛びついた。鈴凛がその死体を撃ち抜く。


「ダメ……! 死んだら死んだだけ戦力にされる……!」


「本体を潰さないと、永遠に繰り返す!」


「……ねね様を……見つけなきゃ……!」


 鈴凛が急に走り出した。死体が走ってくる方向へと、死体を撃ち抜きながら走っていく。


「リンちゃっ‼︎」


 瑠璃が慌ててその後を追いかける。鈴凛は一目散に走っていき、逆走してくる死体と部隊の銃撃を避けながら、自分の姉の元へと向かっていた。部隊の人間から二人の行動に対する警告の声が上がるが、鈴凛の耳にその声は届かない。


 鈴凛はただひたすらに、自分が殺さねばならない実の姉の姿を求めて走っていた。自らが作り上げた毒を手に、姉を殺すという罰を受けるために。


    ◇


「……生温いわぁ……」


 リンネ部隊の死体が転がる中心で、美麗が退屈そうに呟いた。あたりは血の匂いが漂い、髪に貫かれた人間が苦しそうな呻き声を上げている。美麗が腹を貫かれている部隊の一人に近づいて、その顔をマジマジと見つめた。


「人間は脆いだけねぇ……」


「ぐがっ⁈」


 髪が部隊の男の首を締めた。みちみちと肉が軋む音とともに、男がブクブクと赤い血の泡を吹く。髪は男の首を締め上げて、ボトリと男の首がもげた。男の首が地面に落ちて、辺りに血が飛び散る。血が美麗の足元を汚したが、硬く目を閉ざした美麗はそれに気がつかず、ピシャリと血溜まりを踏んで怪訝そうな顔をした。


「あぁ、あの子早く帰ってこないかしら。妹とかあまり興味はないのだけど……そろそろ来てもいい頃合いじゃ……」


 不意にチカゲが美麗に飛びかかり、美麗の髪がチカゲの身体を貫いた。チカゲの口から血が飛び出す。


「久しぶり、チカゲ。助けに来たわよ? 感謝なさい」


 髪がチカゲの身体を放り投げ、腹に風穴の空いたチカゲの身体が宙に投げ出された。チカゲの身体が地面に落ちる直前に陰が飛び出して、その身体を受け止める。陰の姿を見た美麗があからさまに嫌な顔をした。


「チカゲに触れないでちょうだい。汚らわしい男風情が……」


「腹に風穴空けといて言える口かよ」


「どうせ死なないでしょう?」


 チカゲが陰から離れて立ち上がる。身体は再生して、空いていた腹の穴は塞がった。美麗を睨みつけるチカゲに、美麗が意外そうな顔をする。


「あら、そんな顔できるようになったのね。あんなに死んだ瞳をしていたのに。いいわ。帰りましょう、チカゲ。今なら怒らないであげる。教祖様も許してくださるわ。でも……」


 美麗がチカゲの後ろにいる陰を見て、吐き捨てるように言った。


「お前は死ね」


 途端に美麗の髪が陰に襲いかかり、同時に動き出したチカゲの血液がその攻撃をはじき飛ばす。辺りに飛び散っていたチカゲの血が美麗の体を貫こうとして、美麗が軽やかにそれを避けた。


「嫌だわ、チカゲ。知りたくはないの? 自分が何者なのか、欠如した記憶がなんなのか。私はその答えを知っているというのに……」


 その言葉にチカゲの動きがピタリと止まる。美麗が口元に笑みを浮かべて、髪がチカゲを捕らえようと襲いかかった。すると突然、美麗の後ろから陰が現れ、美麗に後ろ回し蹴りをくらわせた。かかとに仕込まれた刃が美麗の腕を貫く。


「あぁっ‼︎ ムカつくムカつくムカつくムカつくっ‼︎ 男風情が私に傷を作るなど‼︎ 恥を知りなさいっ‼︎」


 美麗の髪が陰に襲いかかり、陰がスレスレでそれをかわす。だが美麗の猛攻は容赦なく陰を貫こうと襲いかかり、髪は陰の肩をかすめてその肉をえぐった。


「……ぐっ……‼︎」


「なんて愚かしいっ‼︎ これだから男なんて嫌いなのよ‼︎ 死ねばいいっ‼︎」


 よろめいた陰に黒い大蛇が迫りくる。陰が肩を押さえながらなんとか避けようとするが間に合わない。


 その瞬間、辺りに銃声が響き渡り、陰に襲い掛かろうとしていた髪が弾かれた。撃ち出された弾は美麗の身体に穴を空ける。美麗を睨みつけるのは、ガトリングガンを構えた玉砕。


「……ウジャウジャとまるで虫のように……どうせお前たちは死ぬのよ。勝てるわけがないのだから……⁈」


 美麗が自分の身体の異変に気がついた。陰の刃に貫かれた腕は変色して、銃弾によって空けられた穴は塞がらない。


「私の身体に何をした……⁈」


「さぁ? ちょっとばかし毒を盛っただけだ」


「毒……⁈」


 不意に美麗の足元にあった血溜まりが美麗に襲いかかり、美麗が必死な表情で慌てて避ける。その様子に玉砕がチカゲに叫んだ。


「チカゲ‼︎ 畳み掛けろ‼︎」


 玉砕の一声に、血液は一斉に美麗に襲いかかる。陰がそれに加勢して、美麗に刃を向けた。玉砕のガトリングガンから銃弾が発射される。


「……王凛……⁈」


 人を見下すように嘲笑を浮かべていた美麗の表情が不意に青ざめた。美麗が三人の攻撃を避けながら、逃げるように走り出し、玉砕がそれを妨害して銃弾が美麗の顔をかすめる。 


 美麗が立ち止まって、その隙にチカゲの血が美麗の足を貫いた。美麗がふらりとよろめいて、襲いかかる三人を睨みつけ声を荒げる。


「邪魔をするなっ‼︎」


 美麗が硬く閉ざしていた目を開けた。その眼窩には闇が広がっている。陰がギョッとして動きを止めた。美麗の髪が途端にすべてを飲み込むようにすごい速度で広がり、辺りを飲み込んで光を遮断する。


「王凛……王凛に伝えなければ……‼︎」


「待てっ‼︎」


「陰‼︎ 無闇に動くなっ‼︎」


 あたりは闇に飲み込まれ、美麗は貫かれた足を引きずりながら、王凛の元へと走り出した。チカゲの血液が美麗を追いかけたが、美麗は姿を消して、玉砕と陰が悔しそうに拳を握りしめた。


    ◇


 その時、美萌草は迫りくる死体を六尺棒を振り回してなぎ倒し、部隊の人間を守りながら戦っていた。辺りには四肢を切断された死体が転がり蠢いている。


「美萌草様‼︎ 銃弾が当たってしまいます‼︎ どうかお下がりください‼︎」


「当てていいわ」


「ですが毒が……‼︎」


「かまわない」


 銃弾が美萌草の頬をかすめ、頬に傷を作る。腕に当たって穴が空く。美萌草は顔色一つ変えずに、自分の腕を切り落としながら、部隊に向かって叫んだ。


「言ったはずよ‼︎ 殺してもいいと‼︎ あなたたちは自分の身を守りなさい‼︎ 絶対に死ぬな‼︎」


「うわぁっ‼︎」


 美萌草の近くにいた部隊の男に死体が飛びついた。首元を噛みちぎろうとする死体に、男が暴れて銃を撃ち抵抗するが、死体は頭に穴が空いてもかまわず掴みかかってくる。


 男が死体に首元を噛まれる瞬間、美萌草が六尺棒の刃で死体の上半身を跳ね飛ばした。男の視界に映った飛び散る鮮血と美しい美萌草の横顔。


 その姿は女神と呼ぶに相応しく、美萌草の赤髪は光り輝いた。


「ぼーっとしない‼︎ 殺されるわよ‼︎」


「はっ、はいっ‼︎」


 男が美萌草の声に飛び上がって戦闘に加担した。その様子を見送って、美萌草はまた近づいてきた死体の身体を跳ね飛ばす。


「!」


 美萌草が何かに気がつき大きく跳躍した。その瞬間、弾丸の嵐が美萌草のいた場所に無数の穴を空け、空中で後ろ回りをして美萌草が地面に着地する。その後ろを誰かが全速力で通過した。


「リンちゃ⁈」


 美萌草の声を無視して鈴凛は真っ直ぐ走っていく。向かってくる死体を撃ち倒しながら、鈴凛は振り向きもせずに先へと向かってしまった。美萌草が追いかけようと一歩踏み出す。


「美萌草さん、後ろ‼︎」


「⁈」


 美萌草の後ろから死体が一人、迫っていた。美萌草が振り返ると同時に、走ってきた瑠璃が死体を蹴り飛ばして、その足を踏み潰す。足を潰されてもなお、死体は足元で蠢いていた。


「瑠璃⁈ リンちゃは⁈」


「王凛を殺しに行くって走っていった‼︎ 僕追いかけるから、美萌草さんはここにいて‼︎」


 早口にまくしたて、鈴凛の後を追おうと瑠璃が走り出す。すると、瑠璃の足元から黒い影がすごい速度で追いかけてきて瑠璃を追い抜かすと、鈴凛が向かった方向に大きな壁を作り上げた。瑠璃が驚いて立ち止まる。


「なっ……⁈」


 黒い壁は髪の毛でできていて、鈴凛は壁の奥に行ってしまい姿が見えない。瑠璃が壁を壊そうと、義足の仕込み刃で傷をつけようとしたが、髪はびくともせず、振動が刃を伝って瑠璃の体に伝わった。


「くそっ‼︎ またかっ‼︎」


 瑠璃が拳を壁に叩きつける。辺りはどんどん髪で覆われていき、光は遮られて何も見えなくなり、部隊の人間が口々に戸惑いの言葉を発した。その中でも死体は俊敏に動き、人々に襲いかかる。


「瑠璃‼︎ まず先に死体の排除を……⁈」


 美萌草が言い終わるよりも早く、瑠璃は振り返りながら後ろに迫っていた死体たちに回し蹴りをくらわせた。その表情は、いつも優しげな笑みを見せている瑠璃とはあまりにかけ離れていて、美萌草が絶句する。瑠璃の青い瞳はただ静かに怒りを灯し、瑠璃の前で死体たちはバタバタと身動きが取れなくなっていった。


 髪が完全に光を遮断し、辺りが暗闇に包まれる前に、死体たちは全員、人々の手によって戦闘不能状態になっていた。何も見えない闇の中、美萌草が冷たい壁に触れる。


「……美萌草さん、部隊の毒弾全部打ち込んだら、この壁壊れない?」


「わからない。美麗の体の一部なら可能性はあるけれど、跳弾でもしたら死人が出るわ」


 闇の中では人々の戸惑いの声が響いている。壁は叩いても蹴っても壊れない。


「誰かが本体……美麗を殺してくれないことには……」


 美萌草の悔しげな声に、瑠璃が頭を抱えながら蹲るようにしゃがみ込んだ。闇の中で、その姿は誰の瞳にも映らない。


    ◇


 リンネ部隊全員に支給された鈴凛作の特殊弾。細胞を壊死させる毒が表面に塗られた、普通の弾より少し重い弾は、当たった者の体内に入り込み、中で破裂するように球の中に入れられた毒を放射する。


 敵に弾を当てれば当てるほど、体内に毒を摂取させることができ、身体全体へと毒を回らせて、その細胞を壊死させる。接近武器の刃にも毒が塗られ、攻撃をすればするほど、相手を弱らせることができる。


 全て発案者は鈴凛であり、鈴凛は実の姉を殺すという己の罰のもと、全ての武器を作り上げた。たとえ何があっても、姉を殺したのは己だとわからせるために。


 毒は猛毒となり、人ならざる者に牙を向く。生身の人間の最後の抵抗。全ては各々の罪を終わらせるため、その罰を受けるため、人々は抗い、戦いを繰り広げる。


 王凛は廊下の真ん中で、足元に転がる死体を眺めながら立っていた。王凛の瞳から蟲が出てきて、死体の中に潜り込み、死体が一人でに立ち上がって、ふらりふらりと歩き出した。


「たくさん、たくさんお友達を増やしてきてね。あと、リンちゃを見つけて。早く会いたいの」


 笑顔で死体を送り出す王凛。王凛の左の金色の瞳が光り輝く。すると、いきなり死体が歩いていく進行方向に黒い壁がそびえ立った。死体が壁にぶつかって立ち止まり、王凛が驚いて目をパチクリとしばたかせる。


「……美麗さん……? 何かあったのかな……?」


 四方八方を黒い壁で囲まれ、王凛が不服そうに呟いた。


「これじゃ、リンちゃを探しに行けないのに……」


 王凛の金色の瞳が大きく見開かれる。その瞳に映ったのは、息を切らしながら壁が出来上がる直前で滑り込んだ鈴凛。真っ直ぐに王凛を見つめる鈴凛に、王凛が心の底から嬉しそうに顔を輝かせた。


「リンちゃ……!」


 王凛が鈴凛に駆け寄って、その小さな身体を抱きしめる。鈴凛は何も言わず、抵抗もしないでただ抱きしめられていた。


「来てくれたんだね……! 迎えに来たよ!」


「……ねね様……」


「どうしたの?」


 鈴凛がポツリと呟いて、王凛が満面の笑みで鈴凛の顔を覗き込む。王凛は気がつかない。鈴凛が後ろに隠した注射器に入った透明の液体が光沢を放っていることに。その毒が自分を殺す劇薬だということに。


 鈴凛がゆっくりと上を向いて、笑顔を浮かべる姉の顔を見つめた。


「ごめんなさい」


 そう言い放って、鈴凛が隠し持っていた注射器の針が王凛に突き刺す。明確な殺意を持って、迷いなく、毒は王凛に牙を向く。


 はずだった。


 注射器を持った鈴凛の手は王凛によって止められていた。鈴凛が驚いて王凛の顔を見る。王凛の瞳は冷たく鈴凛を見つめていた。


「……リンちゃ? 何をしようとしたの? これはなぁに?」


 優しいような、だが冷たい声色で問いかける王凛に、鈴凛が青冷める。王凛の手を振り払って、鈴凛が後ろに下がった。注射器が地面に落ちて、音を立てて割れる。


「ねぇ、リンちゃ。どうしてしまったの? お姉ちゃんの顔を忘れてしまったの? 違うよね? そんなことないよね? ……あぁ、そっか。そっか、リンネに何かされたんだね? だから、私にひどいことをするのね?」


 王凛が早口でまくしたてて鈴凛を見つめる。


「……大丈夫。大丈夫だよ、リンちゃ。私が助けてあげるからね」


 王凛がその顔に狂気的な笑みを浮かべた。その表情に鈴凛が唇を噛みしめた。


「……ねね様。私、ねね様を殺すよ」


 鈴凛の金色の瞳には王凛の姿が映る。

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