第15話 猛毒

 美萌草の話を聞き終わり、その場にいた全員は何も言えずにただ美萌草を見つめていた。顔面蒼白の鈴凛にうつむいた瑠璃。険しい顔をする陰に美萌草ではないどこかを見つめているチカゲ。全員に背を向けている玉砕は辛そうに顔をしかめる。


「……以上、これがくだらない身の上話。もう一度言うわ。私は人間じゃない。不完全な化け物なの」


 鈴凛がうつむいた。小さな身体を震わせて、その口から嗚咽が漏れる。


「……ごめんね。あなたたちの母親面をしていた女は、こんな化け物なのよ。ずっと嘘をつき続けてた。偽ってきた。責めてくれてかまわない。私には言い返す資格さえないのだから」


「……どうして……」


 陰がポツリと呟いて、美萌草の目を真っ直ぐに見つめる。その瞳に美萌草が苦しそうな顔をした。飛んでくるであろう罵倒を覚悟して。だが、飛んできたのは美萌草が考えていた言葉とはかけ離れていた。


「……どうして、責めなきゃいけないの?」


「え……?」


「美萌草さんは被害者だ。それだけ。それ以上何があるの?」


「で……でもっ……私はずっとあなたたちに嘘をついていたの……言うのが怖かったの……化け物だと罵られるのが恐ろしくて……」


「……たとえ、化け物でも……」


 うつむいていた瑠璃が顔を上げる。その瞳は潤んでいて、瑠璃の青い瞳から一筋の涙が流れた。


「美萌草さんが僕たちを愛してくれていたことに変わりはないよ。誰がなんと言ったって、僕の母は美萌草さんだ」


 美萌草が大きく目を見開いて、その深緑の瞳から大粒の涙が流れた。鈴凛がいきなり立ち上がり、美萌草に抱きつく。


「……美萌草さんはっ……化け物……じゃないっ……!」


 泣きながら途切れ途切れの言葉を紡いだ鈴凛に、美萌草が優しくその頭を撫でる。しゃくりをあげながら鈴凛が美萌草を強く抱きしめた。


「……ごめんね……! ごめんね……リンちゃ……ありがとう……」


「だから言っただろう? お前の罰はこの子たちが与えるものではない。お前は心の底からこいつらを愛したのだから。本物の母になれたんだ」


 玉砕の言葉に美萌草が深く頷いた。


「みんなありがとう。あぁ、今死ねたら私は本当に幸せだわ……そんなこと許されないけれど」


 鈴凛の頭をなでながら、美萌草は溢れた涙を拭った。そして、改めて真剣な顔をして全員の顔を見る。


「でも、本題はここから」


 全員がまだ何かあるのかと身構える。冷静に話を聞いていた玉砕も訝しげに眉をしかめた。


「私の過去話は終わり。今からは現在の話をしましょう。今私たちが直面している問題は、美麗やニケが他の猛者と違い死なないこと。ちぃちゃんと同じで不死の存在である奴らに私たちは手も足も出ない。そうよね?」


 全員が神妙な顔つきで美萌草の言葉にうなずく。美萌草は話を続けた。


「私はプシュケが言う失敗作、猛者と同じで核がある。だから首が飛んだり、心臓を貫かれたりしたら死ぬわ。だけど、身体が再生するのは美麗たちと同じ。おそらく、構造的にはほぼ変わらない」


 それまで黙りこくっていたチカゲが美萌草の言葉に反応して顔を上げた。


「プシュケを抜けて私は自分の身体を独断で調べたわ。構造は普通の人間と変わらないけれど、私の身体は狂わされたようなの。歪みを植え付けられたとでも言うべきか、私の細胞再生はおかしくなってる。細胞の再生に上限がなく、その速度が常人の倍以上に速い。だけど、それだけなの」


「どう言うこと?」


 陰が美萌草に問いかける。チカゲも不思議そうな顔をして美萌草を見つめた。鈴凛が何かに気がついて、大きく目を見開く。


「細胞再生が狂っているだけ。つまり、細胞そのものが死んだら、再生しないってことよ」


「え……? それって……」


「無から有は作れない、それと同じ。死んでしまえば再生もしない。私も一度、腕の血液を止めて壊死させてみたことがあるの。壊死した腕は動かなくなって、再生もしなかった。ただ、壊死した部分を切断したら、切断面から新しい腕が生えたけどね」


「じゃ、じゃあ、細胞全てを完全に殺してしまえば……」


 瑠璃と陰がそれぞれ声を上げて、鈴凛は口元を押さえて目を見開いたままだった。


「私は死ねる?」


 チカゲの曇りのない瞳に見つめられて、美萌草がその問いに複雑な顔をした。


「……えぇ、死ねるわ。だけど、身体全体の細胞を壊死させるなんて、あまりにも現実味がないの。それに……」


 美萌草が何かを言いかけて、途中でやめた。チカゲが不思議そうな顔をする。美萌草は「なんでもない」と言って首を振った。


「何か、身体全体の細胞を壊死させる方法があれば、私たちがプシュケに対抗できる。それを見つけることが、私たちのできること」


 美萌草の言葉に先ほどから鈴凛が黙り込んでいる。その様子に瑠璃が心配そうに鈴凛を見つめるが、鈴凛はそのことに気がつかずどこか違う場所を見つめていた。


 今までずっと光を灯さなかったチカゲの瞳に、少しだけ光が差したのを、陰は見逃さなかった。


    ◇


「ちぃちゃん」


 大会議室から全員が出て行くなか、チカゲだけが美萌草に呼び止められた。陰がそれに気がついて振り向いたが、後ろ髪を引かれながらも出て行った。


 呼び止められたチカゲが不思議そうな顔をして美萌草に近づく。美萌草が優しげな笑みを浮かべて、チカゲのことを抱き寄せた。


「……あのね、私、鈴凛にちぃちゃんは猛者じゃないって言われた時、なにも言えなかった。私があなたのことを人間だと認めたら、私が人間になってしまうから」


「……」


「あなたのこと、受け入れてあげられなくてごめんね」


 美萌草は悲しそうに微笑みながら、チカゲの頭を優しく撫でる。チカゲは何も言わずに、じっとしていた。


「……あなたが死にたいと思っていることはわかる。それをいけないことだと強制はしない。だけど、事実を知った時、絶望して欲しくないの」


 チカゲが顔を上げて、美萌草のことを見つめた。その黒い瞳には黒い闇が続いている。


「ちぃちゃんはあまりに異様だわ。猛者とも私のような不完全体とも違う気がする。あくまで私の間でしかないけれど……違和感があるのよ。美麗やニケとも違うなにか……」


「……? 何が言いたいの?」


「……ごめんね。私もなんて言ったらいいかわからないの。でも、これだけは忘れないで」


 美萌草が愛おしげにチカゲを見つめて、その頬を撫でる。


「あなたを愛しているわ。たとえ人でないとしても。私も化け物だもの」


 優しく笑いかける美萌草を見つめて、チカゲは静かに美萌草から離れた。美萌草が驚いたようにチカゲを見つめる。


「……ありがとう」


 うつむいたままでそう言ったチカゲに、美萌草がその手を握った。チカゲは何も言わず、その手を振り払うこともない。


「……お願い、ちぃちゃん。あなたを苦しめるだけなのはわかってる。わかってるの……だけど、お願い……」


 美萌草が泣きそうな顔をして、うつむいたチカゲを見つめた。


「死にたいなんて……言わないで……」


 泣きそうな声で美萌草が絞り出した言葉に、チカゲはそっと美萌草の手を離させた。美萌草がひどく傷ついた顔をする。チカゲはもう、美萌草の目を見ようとしなかった。


「……だって……美萌草さんは死ねるでしょ……?」


 美萌草はなにも言えなかった。ただ、チカゲのことを見つめる。チカゲはそのまま美萌草に背を向けて部屋を出て行った。取り残された美萌草は、行き場をなくした手を見つめて顔を覆い、口から小さく嗚咽が漏れた。


「……ごめんね……」


 何度目かもわからない言葉を呟いて、その頬を涙で濡らす。


 美萌草は全員を等しく愛している。その愛は自らの贖罪であり、チカゲはその愛を受け入れることができない。


    ◇


 美萌草の話を聞いた後、鈴凛は武器製造部の一室に引きこもった。瑠璃が心配して見に行くが、熱心に何かを実験したり調べたりと忙しい。誰が問いかけようとなにをしているのかは教えず、食事も睡眠も後回しにして作業を続ける。瑠璃と美萌草に叱責されても、取り憑かれたように作業をやめなかった。


 その様子に瑠璃は鈴凛にずっと付きっきりだったが、何を言ってもやめようとしない鈴凛を後ろから心配そうに見つめていることしかできなかった。


 ある日、瑠璃が部屋に引きこもっている鈴凛のもとへ行くと、鈴凛が机に突っ伏していた。


「リンちゃ⁈」


 瑠璃が慌てて鈴凛に駆け寄る。


「どうしたの⁈ 大丈夫⁈」


「……瑠璃……」


 身体を揺らされた鈴凛がかすれた、小さい声を出した。顔を上げた鈴凛は目の下にクマを作っていて顔色も悪い。泣きはらしたように真っ赤な目をして、やつれた顔で瑠璃を見つめた。


「……た……」


「なんて? もう一回言ってリンちゃ。何があったの?」


 問いかけた瑠璃に、いきなり鈴凛が抱きついた。瑠璃が驚きながらも、その身体を受け止める。


「……できちゃった……‼︎」


 ボロボロと泣き出した鈴凛の言葉の意味がわからず、瑠璃は困惑する。鈴凛が突っ伏していた机の上には、大量の作業道具と資料本が散乱していて、その中で、透明な液体が入った瓶が異様な存在感を放っていた。


「作っちゃった……ねね様を殺す毒……‼︎」


「え?」


 途端に鈴凛が声を上げて泣き出して瑠璃にすがりついた。


 机の上の瓶は、その中の透明な液体を怪しく揺らめかせる。その液体を見つめて、泣き喚く鈴凛を見つめて、瑠璃はよくわからないまま、ただ鈴凛を抱きしめた。


「毒?」


 瑠璃に呼び出された玉砕、美萌草、陰。美萌草が眉を潜めながら問いかける。鈴凛は疲れ果てて別室で泥のように眠っていた。


「人間の細胞を壊死させる毒、らしいです」


「毒……なるほどね。さすがリンちゃだわ」


 美萌草が苦笑しながらため息をついた。


「毒を大量摂取させることで身体全体の細胞を壊死させる。それこそ、毒を武器の刃や弾に仕込んでおけば、体内に入れることは可能だわ。攻撃すればするほど相手は弱る。本当に……頭がいいのね、あの子は」


「ただ……」


「鈴凛は実の姉を殺す方法を思いついた。そう言うことだろう?」


 玉砕の問いかけに、瑠璃が悲しそうに頷いた。


「……なぜなのでしょうね。世界はそれほどまでにあの子に罪を背負わせたいのかしら……?」


「……せめて思いついたのが鈴凛以外の誰かだったら……」


「そうだとしても、報われない」


 瑠璃の呟きに、陰がその言葉を遮るように言った。


「姉を殺す誰かのことを、あいつが責められると思う? 逆にその誰かへの罪悪感で壊れる」


「でも……!」


「結局、あいつがどうにかするしかない。姉妹の問題、家族の問題として」


 瑠璃が苦々しげに唇を噛む。美萌草は二人の険悪な雰囲気に口を挟んだ。


「とりあえず、リンちゃが目を覚ましてから詳しいことを聞くわ。それから……毒のこと、まだちぃちゃんには話さないでね」


「死にたがるから?」


「えぇ、それもあるけれど……確証がないからやめておくわ」


 美萌草が陰に苦笑いを浮かべ、陰が不機嫌そうにそっぽを向いた。瑠璃はうつむいたままで何も言わない。玉砕も複雑な顔をしていた。


 部屋の中にいた全員は知らなかった。チカゲが部屋の扉の前でその話を聞いていたことを。


 チカゲは表情を変えず、いつもと同じ無表情のまま扉の前から立ち去る。その足は目的のものへと向かっていた。


 陰はその微かな足音を扉越しに聞いた。


    ◇


 チカゲの足取りは軽く、真っ直ぐに目的地へと向かっている。心なしか、その瞳には少しだけ光がさしているように見えた。軽やかな足取りでたどり着いた部屋の扉を開ける。扉には『武器製造部』と書かれていた。


 暗い部屋の中に扉から漏れた光が差し込む。電気もつけないまま、チカゲは部屋に足を踏み入れて目的のものを探した。散乱した机の上に透明な液体が入った瓶がある。チカゲが瓶を手に取って、ゆらゆらと揺れる液体をじっと見つめて蓋を開ける。


 無臭の液体。少しとろみのあるどろりとした液体。


 部屋の外からバタバタと騒がしい足音が聞こえる。その音はチカゲの耳には聞こえていなかった。チカゲは取り憑かれたように目の前の毒を見つめて、自らが死ぬための可能性にすがっていた。おもむろに瓶に口をつけて、中の液体を口に流し込もうとした時———。


「やめろっ‼︎」


 部屋に駆け込んできた陰が手を伸ばす。チカゲにはその声は聞こえず、透明な毒はチカゲの口の中に流れ込んだ。陰がチカゲの手を掴んで瓶が地面に落ちて粉々に割れる。チカゲの喉が小さく動いて、液体が飲み込まれた。


「お前、アホかっ‼︎」


 陰がチカゲの身体を大きく揺さぶる。チカゲは顔色一つ変えずに、ぼーっとどこかを見つめていたが、不意に口から大量の血を吐き出した。陰が青ざめる。


 陰の声を聞きつけて、全員が部屋へと走って来て、目の前の光景に美萌草が目を見開く。鈴凛が割れた瓶を見て「嘘……」と呟いた。


「チカゲ‼ チカゲ⁈ おい‼︎」


 陰に身体を揺さぶられながら、チカゲはどこか遠くを見つめていて、その口が小さく動いて何かを呟いた。


「……い……」


 かすれた声に陰がチカゲを揺さぶるのをやめて耳をすませる。静まり返った部屋の中に、小さなチカゲの声が響いた。


「……死ねない……」


 チカゲの声に鈴凛が目を見開く。不意に玉砕が前に出て、虚な瞳をしたチカゲに近づいた。陰が玉砕の様子にチカゲから離れる。


 すると、玉砕はいきなりチカゲの頬を叩いた。


 ピシャリとその音が響いて、全員が驚く。チカゲの頬に赤い跡がくっきりと残り、チカゲが驚いたように目を見開いて玉砕を見つめた。


「……チカゲ……」


 苦々しげな顔をして、玉砕がチカゲを抱き寄せた。チカゲは驚いた顔をしたまま、玉砕に抱きしめられている。


「……頼むから……もうやめてくれ……」


 玉砕が弱々しい声でそう言いながら、チカゲを強く抱きしめる。チカゲの頬に残った赤い跡は徐々に薄くなり、跡形もなく消えていった。チカゲはまた虚な目に戻って、静かに玉砕の身体に顔を埋めた。


 その後、チカゲは何時間経っても死ぬことはなく、いつもと同じように虚な瞳でじっとしていた。どこか異変があるわけでもなく、まるで毒なんて飲んでいなかったかのように、いつも通りでたたずんでいる。


 チカゲは玉砕とともに別室に行き、残された四人は頭を悩ませていた。


「……ねぇ、リンちゃ。あの毒は遅行性じゃないわよね?」


「……うん。即効性だから一瞬で細胞が壊死して身体が崩れる……はず……なのに……」


 鈴凛の顔には疲れが見える。美萌草が頭を抱えた。


「どうしてちぃちゃんには毒が効かなかったの? やっぱり、そんなに単純なことじゃないの? それとも、毒が失敗していた?」


「……リンちゃ、あの毒他にない?」


「試作品ならあると思う……」


「ちょっと持って来てくれないかしら?」


 美萌草に頼まれ鈴凛が棚から瓶を取ろうとして「僕が取るよ」と瑠璃が代わりに瓶を取った。


 毒入りの瓶を手渡された美萌草は蓋を開けると、服の袖をめくり上げ、中身の液体を自分の右腕にかけた。鈴凛が驚いてその様子を見つめる。美萌草の右腕はみるみるうちに青紫色に変色し、グズグスになって崩れ始めた。辺りに腐敗臭が漂う。


「……すごいわね。皮膚からも吸収されて、かけるだけで細胞が死滅する。さすがだわ。こんな強力な毒を作るなんて……」


「ちぃちゃんが摂取した毒は致死量を超えてる。なのに、ちぃちゃんは死ななかった……やっぱり、毒なんかじゃ美麗もニケも……ねね様も死なないのかな……」


「……それは……どうかしらね」


 美萌草が険しい顔をして、自分の右腕の壊死した部分を切断しながら呟いた。美萌草の腕が再生していく。


「どういうこと?」


「……ちぃちゃんは異様なのよ。あの子だけ何か違う……美麗が言っていた唯一の成功例というのも気にかかるの。あの子はなにか特別なのよ……」


「……意味がわからない……」


「私だって自分が何を言ってるかよくわからないわ。勘でしかないし、確証もない。もしかしたら、美麗もニケも王凛もちぃちゃんと同じように毒では死なないのかもしれないけれど……そう……ちぃちゃんはあまりに人間に近しいのよ。ニケたちのように、人ではない化け物そのものの異様さが感じられない。それこそ、本当に人間のような……だけどどこか違う。あの子は人じゃない……」


「……チカゲだけ完全体だって言いたいの?」


 陰の険しい顔に、美萌草が静かに首を横に振った。


「わからない。わからないけど……ちぃちゃんは死ねないのかもしれない……」


 美萌草が再生した自分の腕を見つめる。火傷跡のように爛れた自分の肌を見て、顔をしかめながらめくり上げていた服の袖を戻した。


「……毒を美麗やニケに使ってみないとわからない。もしダメだったら、他の方法を探すしかないよ……」


 鈴凛の言葉に美萌草が頷いて、「リンちゃはゆっくり休んでね」と鈴凛を送り出した。瑠璃も鈴凛に付き添って部屋を後にする。陰もそれに続いて部屋を出ようとして、美萌草に呼び止められた。


「あんなに必死な顔した陰、久しぶりに見たわ」


「……別に……」


「あんなに嫌ってるのに、ちぃちゃんが死ぬって思ったら、焦った?」


「……」


 黙り込む陰に美萌草が優しく笑いかける。


「クズになんてなれないくせに、無理しちゃって……あなたは優しいもの」


「そんなんじゃ……ない」


 続きの言葉を言うことが出来ず、陰は逃げるように部屋を出ていった。美萌草がその背を見送って、小さくため息をつく。


「嫌い、じゃなくて拒絶ね……。だけど、それも出来なくなってしまうのね……優しいから……」


    ◇


 鈴凛は自室に戻り、眠たげに目を擦ってベッドに座っていた。ついて来た瑠璃が毛布を持ってきて鈴凛に渡す。


「……ねぇ、瑠璃」


「どうしたの?」


「あのね、もし、もしも私が作った毒がちぃちゃん効かないだけで、他の人型猛者に効くとしたら、私……」


 鈴凛が言葉を止めて、渡された毛布を握りしめた。


「私、ねね様を殺す」


 鈴凛が言い放った言葉に瑠璃が目を見開いた。鈴凛は拳を握り締めたまま、険しい顔をして言葉を続ける。


「私がやらなきゃダメだと思う。それが私の罰なんだと思う」


「……そんな……こと……リンちゃがやる必要なんてない……!」


「ううん。たとえ私が直接的に殺さなくても、毒を作ったのは私だから。結局、ねね様を殺したのは私」


 鈴凛が悲しそうな笑みを浮かべて瑠璃に笑いかける。瑠璃はなんと声をかけていいのかわからず、ただ黙っているしかなかった。


「ねね様を置いていったその時から決まってたの。私が殺してあげないとダメなんだよ」


「……リンちゃ、疲れたでしょ? 今日はもう寝よう。そばに……いるから」


 瑠璃の言葉に鈴凛が横になって毛布をかぶる。静かに目を閉じてすぐに寝息を立て始めた鈴凛に、瑠璃がベッドに腰掛けてその頭を優しく撫でた。


「……殺させないよ」


 眠っている鈴凛にはその声は聞こえない。小さな声で自分に語りかけるように瑠璃は言葉を続けた。


「殺させない。王凛を殺すのは僕だ。だって……」


 瑠璃はその顔に笑みを浮かべる。その笑みは優しげでどこか狂気的だった。


「王凛を殺してしまったら、君は僕の前から消えるでしょう? そんなの許さない。自分から死ぬなんてさせない。僕の生きる理由を奪わせたりしないから」


 ただそばにいて欲しいと願う瑠璃の笑みは、王凛の歪んだ姿と変わりない。執着して依存する。自らのエゴのためにその人を裏切ることもいとわない。鈴凛のためなら、瑠璃は人をやめることなど一瞬も迷わないだろう。


「……生きてくれればそれでいいから。どんなに責めてもかまわないから」


 すやすやと眠る鈴凛はその言葉を聞くことはない。

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