第8話 人ならざる者 その二
リンネ本部武器製造部。大きな機械類が立ち並ぶ部屋の一室で、鈴凛が武器の作成をしていた。細かい部品とにらめっこしながら、繊細な動きで組み立てていく。
集中している鈴凛の後ろから、瑠璃が部屋に入ってきた。歩き方が少しぎこちなく、違和感がある。
「リンちゃ」
「!」
声をかけられた鈴凛が集中から離されて、少し驚きながら振り返り、瑠璃の姿に安心したような顔をする。
「ごめんね。びっくりした?」
「うん。でも、平気。どうしたの?」
「あのね、足がちょっと変というか……違和感があるというか……」
瑠璃の言葉に鈴凛が顔をしかめた。
「……また整備してなかったの? 瑠璃は無茶ばっかりする……」
「いやぁ……整備はちゃんとしてたんだけどなぁ……。なんか、調子悪くて」
「軽量化による弊害だと思う。軽くした分、防護力が落ちてるから、無茶な使い方すると壊れちゃう」
鈴凛が瑠璃の義足を隅々まで眺めて、傷や凹みを触りながら義足を確認した。
「やっぱり、軽量化はやめた方がいいと思う。壊れると瑠璃が怪我しやすいし……」
「でも、軽くないとリンちゃ抱えたまま走れないからさ」
「……私も走れるもん。それに、もう抱えられないと走れないような歳じゃない」
頬を膨らませながら訴える鈴凛に、瑠璃が苦笑いを浮かべる。そして、瑠璃は鈴凛の頭を優しく撫でた。愛おしそうな顔をして、鈴凛を見つめている。
「そうだけどさ。僕が心配なんだよ。鈴凛が怪我をしたら嫌なの」
複雑な顔をして鈴凛は俯いた。瑠璃の義足は所々傷だらけで、鈴凛の頭を撫でる服から除いた瑠璃の腕も、同じように傷だらけだった。
「リンちゃはなにも悩まなくていいんだよ。これは僕のエゴだからさ」
「……でも……」
「至急、至急、タータン支部周辺にてプシュケによる襲撃を確認。戦闘部隊は至急、それぞれの担当地区に向かってください」
突然流れた放送に、鈴凛の声が遮られた。瑠璃の顔が険しくなる。鈴凛が作りかけの武器を片付けて立ち上がった。
「行かなきゃ」
「……ねぇ、リンちゃ。探してる人は見つかった?」
瑠璃の言葉に、鈴凛がその金色の瞳を大きく見開いた。その顔は心なしか青ざめている。瑠璃がその瞳をじっと見つめると、鈴凛は目を逸らした。
「……まだ……見つからない……」
「そう……あのね、リンちゃ。戦うことは、本当にリンちゃのしたいこと?本当は、その時間を使ってでも見つけたいんじゃないの?」
鈴凛はなにも言わない。俯いて、何かを考えながら口をつぐんでいる。
「僕はリンちゃの味方だから、リンちゃがやりたいことを優先したいんだよ。本音を言うと、戦場なんて行って欲しくない」
瑠璃はしゃがみ込んで鈴凛の顔を見つめた。自愛に満ちた優しげな表情を浮かべて、鈴凛の小さな手を握る。
「……守りたいから……」
「?」
「もう、失いたくないから。だから、私は戦うの。みんなを守りたいの。瑠璃も、ちぃちゃんも、みんな。」
鈴凛の決意のこもった声に、瑠璃が苦笑いをして、鈴凛の手を離した。悲しげに鈴凛の顔を撫でて立ち上がる。
「行こうか。大丈夫、僕が守るから」
「……うん。無茶すると義足壊れるよ」
「肝に命じるよ……」
◇
様々な方向から聞こえてくる戦闘の音。銃声を轟かせながら、鈴凛のマシンガンは迫り来る猛者の身体に無数の穴を開ける。猛者の死体が転がるが、無数の猛者はその数を減らさずに鈴凛に襲いかかった。その猛者を蹴り飛ばして、瑠璃は生き延びていた猛者の頭を踏み潰す。
「……っ! 数が多いな‼︎」
「襲撃が激しい。いろんなところでみんな戦ってる。どこから湧いてるかもわからない」
鈴凛が息を切らしながら、よろけた身体を壁で支える。その姿を見て、瑠璃が舌打ちをした。
「ダメだ、リンちゃ。一旦退こう。このままじゃお互い野垂れ死ぬ」
「どこに逃げる? どこもかしこも敵だらけ。みんなからの連絡も途絶えてる。戦うしかないよ」
「じゃあ、せめてリンちゃだけでも……」
「馬鹿言わないで」
猛者がどこからともなく湧いて出る。鈴凛は背中のマシンガンの銃口を猛者たちに向けながら、瑠璃の青い瞳を真っ直ぐ見つめた。
「置いて行かない」
その言葉とともに、マシンガンから弾丸が飛び出した。瑠璃は苦々しい顔をしながら、迫り来る猛者の首に回し蹴りを喰らわせて、義足の仕込み刃がその首を跳ねる。
自分の方向に向かってきた猛者をあらかた蹴り殺し、瑠璃が鈴凛に応戦しようとして、その上にある影に気がついた。
なにかが、鈴凛の頭上に降ってきている。
言葉が出るよりも早く、瑠璃は鈴凛を突き飛ばして足を大きく振り上げると、降ってきた何かを義足で跳ね飛ばした。大きな衝撃が瑠璃の義足に負荷をかける。
「瑠璃⁈」
突き飛ばされた鈴凛が、辛そうな顔をして義足を押さえている瑠璃に心配そうな声を出した。
瑠璃に弾き飛ばされた何かは、空中で一回転すると、大きく砂煙をたてながら着地する。
「ふむ……俺の腕を受け止めるとはなかなかの奴だな……いや、その義足が硬いのか」
砂煙がはれてその姿を目にした鈴凛は、大きく瞳を見開いて声も出ない。見えた姿はあまりにも異様な姿だった。
くすんだ金色の短髪で黄緑色の瞳をした半裸の男。その背中からは、六本の太い腕が生えていて、本来人間の腕があるはずの部位は、切断面に包帯を巻いたようになっていて腕がない。大きな蜘蛛のような見た目をしている。歪んだ笑みを浮かべる男は、瑠璃と鈴凛を交互に見回した。
「おぉ、リンネの幹部じゃねぇか。これはついてる。大手柄だ」
「……何者だ」
瑠璃が男を睨みつけながら問いかける。その額には大粒の汗が浮かんでいた。
「そうだな。名乗らないのも後味が悪い。冥土の土産だ、教えてやるよ」
鈴凛が地面に打ち付けた身体をよろめきながら持ち上げて、男を睨んだ。マシンガンの狙いが静かに男に向けられる。
「俺はニケ。プシュケの偉大なる教祖様に重要な役割と存在意義を与えられた、人間を超越した存在。お前たち虫ケラとはちげぇんだ」
怪しい笑みを浮かべるニケは、舐め回すように二人を見つめる。その表情は獲物を捕らえた蜘蛛のように狂気的な色を放っている。
「さぁ! 我らが敵、リンネよ! 血を血で洗う戦いをしようじゃねぇか! その瞳に絶望を浮かべてやるよ!」
そう言うと、ニケは瑠璃に襲いかかった。瑠璃がその腕を持ち前の瞬発力でかわしたが、背後から迫っていたもう一本の腕には気がつかない。
「ぐっ⁈」
ニケの腕は瑠璃のみずおちを殴り、その拳は瑠璃の身体を吹っ飛ばす。壁に叩きつけられた瑠璃は顔を歪め、ふらつく足で立ち上がった。
「う〜ん……いまいち……おっ!」
ニケが飛んできた弾丸をかわした。鈴凛がニケを睨みつけながら、マシンガンの銃口を向けている。マシンガンからとめどなく弾丸が飛び出すが、そのどれもが動きの速いニケにかすり傷一つ作らない。
ニケは六本の腕を使って、壁に登ってみせた。その姿は蜘蛛さながら、あまりにも人間離れしている。
「とろい。とろいねぇ……あくびが出るぜ?」
ニケが上から鈴凛に飛びかかり、鈴凛が後ろに下がってそれをかわす。だが、大きく舞い上がった砂煙で鈴凛の視界は防がれ、鈴凛が思わず目を覆った。
その瞬間、砂煙の中からニケの腕が飛び出し、鈴凛は咄嗟のことに身体が動かなかった。砂煙の中、ニケは不気味に笑っている。その黄緑色の瞳は、間違いなく目の前の鈴凛を捉えていた。
鈴凛は避けられないことを覚悟して、ギュッと目を瞑る。だが、その衝撃が鈴凛を襲うことはなく、かわりに鈍い衝撃音が辺りに響いた。
鈴凛が驚いて目を開けると、目の前で、ニケの腕は瑠璃の右足の義足で止められていた。
苦しそうな顔を浮かべる瑠璃と、ギシギシと嫌な音を立てる義足。攻撃を止められたニケは一瞬驚いたような顔をして、ニヤリと笑った。
その瞬間、瑠璃の義足はバラバラに粉砕して大破した。
飛び散った部品と、バランスを崩して倒れる瑠璃。大破した右足は跡形もなく、瑠璃は地面に叩きつけられる。
「瑠璃‼︎」
鈴凛が瑠璃に駆け寄ろうとして、瑠璃がそれを静止した。
「リンちゃ、逃げて‼」
その言葉に鈴凛が立ち止まる。足が震え、鈴凛は立っているのがやっとだった。
ニケは二人の様子に、吹き出したように笑い出す。
「弱い‼ 弱いねぇ、人間は。脆すぎていともたやすく壊れちまう! 力もないくせに守ろうとするから、お互い自分の首を絞めるのさ」
心の底からおかしいと言うように笑うニケ。その声に鈴凛は動けない。瑠璃が早く逃げろと叫んでも、鈴凛の耳には届かない。
明確に見える死に、鈴凛は恐怖していた。
「まぁ、その勇気は称賛してやろう。あの世で俺を呪うんだな」
ニケの手が倒れた瑠璃に伸ばされる。その姿に弾けたように鈴凛の身体 が動き出した。
守ると誓った言葉を嘘に変えないために。
鈴凛のマシンガンは、鈴凛の意思のもとでその銃口の狙いをニケにさだめる。
ニケの頭に穴が空いた。予期していなかったニケは、飛び出した弾丸を避けることが出来なかったのだ。ドロリと、穴から血液が溢れる。弾が当たったことに鈴凛は安堵し、瑠璃に駆け寄ろうとした。
ニケの身体が後ろに倒れる。
「……くくっ」
聞こえた笑い声に瑠璃が大きく目を見開く。鈴凛の足がピタリと止まった。
後ろに倒れたはずのニケの身体は、そのバランスを持ち直し、頭に穴を開けたままその場に立っている。
流れた血をニケがペロリと舌で舐めた。
「いいねぇ、そういうの。大切な人のためなら自分を犠牲にできる自己犠牲。くだらないが面白い。それがおまえら人間だからなぁ」
ニケが瞳に捉えたのは、青ざめた鈴凛の姿。瑠璃がニケの足を掴んでその動きを止めようとしたが、無情にもその手は振り払われる。
ニケは怪しく笑いながら、動けない鈴凛に近づき、その顔に手を伸ばした。
「嫌だねぇ。こんな小さい女に手を出すのは。でも、教祖様の命令なんだよ」
「リンちゃ‼︎ 逃げろ‼︎ リンちゃ‼︎」
鈴凛は動かない。ニケの頭の穴は塞がり、血の跡だけがその顔に残る。
ニケの手は、鈴凛の頭を握り潰そうと、伸ばされた。
「やめろぉぉっ‼︎」
叫んだ瑠璃の横を、何かが走り抜けた。その風は瑠璃の髪を微かに揺らし、ニケの首を鈴凛の目の前で跳ね飛ばした。
倒れるニケの身体の後ろから見えたのは、六尺棒を手にした美萌草の姿。
ドシャリと倒れるニケの身体。鈴凛の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「誰かしら。私の大切な仲間に手を出したのは」
冷たく言い放った美萌草は、転がったニケの頭を踏み潰し、鈴凛に手を伸ばした。鈴凛の頭を優しく撫で、小さい身体を抱きしめる。
「もう、大丈夫よ。頑張ったわね。偉い、偉い」
鈴凛の口から嗚咽が漏れて、美萌草がその背中を優しくさする。瑠璃の表情に安堵が浮かぶ。
「……いやぁ……想定外、想定外」
聞こえた声に三人が凍りついた。声の主は頭のない身体で起き上がり、その顔はみるみるうちに再生していく。
「三対一は流石に武が悪いよなぁ……」
「……なぜ……」
美萌草は信じられないというような顔をしている。鈴凛は怯えて、美萌草の後ろに隠れた。
「なぜ? 俺をそんじょそこらの化け物と同じだとは思わないでほしいね。でも、まぁ……今日のところは逃してやるよ」
ニケが周りから聞こえる戦闘の音に耳を傾け、ふっと笑った。
「そろそろ潮時だしな」
「……逃すと思っているの?」
美萌草が静かに六尺棒を構える。その姿に、ニケは高らかに笑い出した。
「はっはっはっ‼︎ 今、俺を深追いして出る犠牲がおまえらの方が多いことは理解してるだろ? 気の強え女だな!」
ニケはそう言うと大きく飛び上がり、壁を登りながら三人を見下ろした。
「それじゃあな、リンネの諸君! 次会うときは楽にしてやるよ」
姿を消したニケを目で追っていた美萌草が苦々しい顔をする。後ろに隠れていた鈴凛は、急いで瑠璃の元へと向かった。
「リンちゃ……」
「馬鹿‼︎」
いきなり声を荒げた鈴凛に、瑠璃が目を丸くする。美萌草はやれやれと言うように息をついた。
「あんなに言ったのに! 義足壊すなって言ったのに! 馬鹿‼︎ 馬鹿ぁ‼︎」
今にも泣き出しそうな鈴凛に瑠璃が慌てふためく。美萌草がその光景を見ていられず、助け舟を出した。
「はいはい、リンちゃ。そのぐらいにしてあげなさい。まったく、二人してダメね。ほら、瑠璃。手を貸してあげるから立って頂戴。リンちゃは一人で歩けるわね?」
美萌草の問いかけに不服そうな顔をした鈴凛がコクリとうなずいた。瑠璃が美萌草の助けを借りて立ち上がる。
すると、美萌草の通信機が不意に鳴った。
「こちら美萌草。どうぞ」
「美萌草さん? 俺、陰。ちょっとまずいことになった」
「なに? どうしたの?」
「チカゲがやばい」
陰の言葉に美萌草が顔をしかめる。
「まさか、暴走を?」
「今は落ち着いた。でも、またいつ目覚めるかわからない。助けて欲しい」
「ごめんなさい。こっちもこっちで手いっぱい。玉砕は?」
「連絡繋がらない」
「なんとかして見つけて。それと、全員に撤退命令を。襲撃は時期に収まるわ」
「了解」
陰との通信を切り、美萌草は困ったように笑う。
「本当にあなたたちはトラブルしか持ってこないわね……そこが可愛いのだけど」
その言葉に瑠璃が苦笑いを浮かべる。鈴凛はうつむいたまま、鼻をすすっていた。
「さて、帰りましょうか」
三人が歩き出す。一旦は一時の勝利と、全員が生き延びられたことに酔いしれて、その先の不安は尽きずとも、それを胸の奥底にしまい込んだ。
ボロボロになりながらも、命さえあればいいと思いつつ、生という呪縛に呪われて、自らの犠牲もいとわない。
教祖と呼ばれた者とどちらが狂っているのだろう。
三人は各々に、自らの思いを封じ込める。それは他の者も同じこと。
今はただ、生き延びたことに祝福を。
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