11-2

昼を少し過ぎた駅の構内は相変わらず混雑していた。あちらこちらから聞こえて来る足音や話し声や笑い声がひとつにまとまって、駅の空気の一部となっている。


一番改札のまえに申谷は立っていた。

髪を整え、スーツにトレンチコートを纏っている。

各ホームの電車の出発時間と到着駅が表示された、電光掲示板を見上げていた。流れていく文字を追う。

知らない駅名ばかりだった。わかるのは空港行きの表示ぐらいだった。十日ほどの滞在で街のことをわかった気でいた自分に気付いて小さく笑い飛ばした。


細々とした迷路のような道を我が物顔で行けたのは、優秀なナビゲーターがいたからだ。


森山は一足先に改札を抜けて昇りエスカレーターに消えていた。


改札の前、等間隔にならんだ柱のそばでにぎやかな声があがった。大きなキャリーケースを引いた若い女性が申谷の横を通り過ぎていく。改札をくぐると振り返り、大きく手を振った。柱のそばにいる同年代の三人の女性が両手を掲げて答えている。彼女たちは互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。


「楽しい街だったろ」


ふいに聞こえて来た声にとなりを見遣る。


スラックスのポケットに手を突っ込んで犬養が立っていた。紺色の薄手のジャケットを腕まくりして、革のショルダーバックを斜め掛けにした、見慣れた姿でそこにいた。申谷を見上げて勝気な笑みを浮かべている。


「悪くなかった」


電光掲示板にある時計が淡々と時間を刻んでいく。


「一息つけるようになったらまた来てくれよ。今度はゆっくり飯でも行こうぜ」


申谷は犬養のほうへ身体を向けた。

そして静かに右手を差し出した。

目を丸くした犬養は相手を見上げた。

凍り付いていたものが解けたようにその表情は穏やかだった。眉間のシワが消えて口角がわずかに持ち上がる。目元がふっと緩み、柔らかな温度が浮かび上がった。


「楽しみにしている」


「待ってるからな」


犬養はその手を力強く取った。

言葉では伝えきれない気持ちを籠めるように硬い握手を交わした。

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