11-1
外階段から足音が昇って来た。
犬養たちが顔を向けると、缶コーヒーを手に癖毛の男が現れた。
「話し込んでるみたいだけど、お邪魔して大丈夫かな?」
そう言って森山は肩を竦めてみせた。
痩躯の長身に黒のスーツをきっちり着込んで、白シャツに赤いネクタイを締め、胸にはポケットチーフまでさしている。まるで、それが彼のトレードマークで、何年も前から出入りしているような、悠々とした足取りで芝生を渡ってやって来る。
「てめぇがとっ散らかしたモンの後始末の段取りをしてんだよ」
「おつかれさまでーす」
「こいつマジ」
睨んで来る犬養にウインクを返した。空いた席に座ると、ジャケットのポケットから棒付きキャンディーをいくつも取り出して、テーブルの上に広げた。
外階段から、遅れて申谷がやってくる。
白シャツにスラックスと揃いのベストを着て、ネクタイはしめていなかった。首元のボタンが開いているだけで随分ラフに見えた。髪もワックスで束ねず、額に下りた前髪を風が揺らしている。それだけで印象が違い、復讐とは無縁の青年に見えた。
「入院している井戸川の具合はどうだった?」
申谷は空いているイスの背に手を伸ばしながら犬養に尋ねた。
「あちこち打撲しちゃいるが命に別状はないってよ。近いうちに退院できる」
「そうか、良かった」
席に着いた申谷の対面から、森山がキャンディの外装を解きながら笑う。
「退屈していなかったかい? いつでも話し相手になるよって伝えていてよ。お見舞いの品は何が良い?って」
口の端をもちあげてニヤニヤしている男を、犬養はじろりと睨み付ける。
「絶対に病院教えねぇ。一文字も教えねぇ」
「うふふ。そんなのちょっと調べたらすぐにわかるよ。犬養くんが幼稚園のとき、かもめ組の佐藤先生に熱烈なアプローチをしていたこととかもわかっちゃうぐらいだもの」
「てめぇと話をするときは金属バット持っとかなきゃだな。ぶん殴って黙らせる用に」
犬養は顔いっぱいに苦い表情を浮かべて、申谷のほうへ目を遣った。
「小日向の居場所を聞き出したんなら、もう殴って埋めちまったほうがいいんじゃねぇのか。ホントに手を組むのか?」
突き付けるように指をさされても、森山は悪戯めかした笑いを浮かべている。
「すでに話はついている」
申谷は落ち着いた口調で言った。腹の上で指を組み合わせてゆったりと座っている。
街へ出ていた二日のあいだ、申谷と森山は話し合いを重ねていた。まとめ役として牛尾が立ち会っていたとはいえ、便利屋と依頼人の関係はすでに終わっている。次へ進むための申谷の選択に口を挟むことは出来ない。
犬養は渋々とした表情で口を噤んだ。
「それで、次の目的地は決定したか?」
牛尾が申谷と森山に尋ねた。マップを表示させたタブレットをテーブル中央に差し出す。
すると森山が節ばった人差し指で一点を示した。画面上に赤いピンが打たれる。
「ほかにもいくつか心当たりはあるが、時期を考えるとここが最も可能性が高い」
本州の西に位置する、海に面した地方だった。ニュースやネットでもその地名を見聞きことはほとんどない。地方の情報などは、街で渦巻く情報にあっという間に飲み込まれてしまう。
「時期?」
テーブルに腕をついて身を乗り出した犬養が訪ねる。
森山は天板に頬杖をつくと、見上げて来る青年を見返した。
「家族の命日だ」
ピンを打った地点を拡大すると街の名前が表示される。
「ここにはあの人の家族の墓がある。毎年必ず、この時期には墓参りに行っていた。私も何度か同行したことがあるから道案内ぐらいは出来る。
「もっともらしいコト言って結局罠とかじゃねぇだろうな」
「噛みついてくるね。元気で良いね」
森山は身体を起こしてイスの背にもたれた。肘置きに腕を置いて悠然としながら、険しい視線を向けて来る犬養を見て、楽しむように笑顔を深めている。そしておもむろに顔を正面へと向けた。
「果たしていま必要なのは信頼かな? どう思う、申谷くん?」
申谷はどこからか取り出したチョコレートの包装を剥いている。ビニールがカサカサと音を立てている。
「互いに目的がある。それを果たすためには情報や戦力を提供し合うことが最短ルートになるとわかった。利害関係が一致したのであって、森山を信じるという選択肢ははじめから存在していない。ただ、情報を持っているのは確かだ」
「じゃあ、罠上等ってことかよ」
「そうだな。寧ろそうだ」
「最高にクールじゃん。それなら良いよ、やってやろうぜ」
犬養はそう言って頷くとすんなりと身を引いた。
その瞬間だけ森山は顔に驚きを浮かべて「良いんだぁ……」と小さく呟いた。
「オレは森山の情報をもとに小日向を見つけ出す。情報の対価として、森山からの依頼を請け負った」
「……依頼?」
犬養はいぶかし気に眉根をよせる。
疑問に言葉を返して来たのは森山本人だった。
「実は、あの人のもとに助手を置いて来たままなんだ」
手元でキャンディを転がしながら、その口ぶりは軽く、深刻な影は少しもない。
「その回収をお願いした。多分、一緒にくっついて移動していると思う」
犬養は開きかけた口を閉じた。反射的に飛び出しそうになった棘のある文句を飲み込む。そして足場を確認するよう慎重に言葉を置いていく。
「……それはちょっと、無暗にウソだろって突っ込めねぇな」
森山の言ったことが本当なのか嘘なのか、本人にしかわからない。
真意を確かめる術のないまま、どちらとも言い切れないもどかしさに顔を歪める。そんな犬養の様子を見て、当の森山は目を細めてにたにたしている。そういう言動が余計に男の真意をわからなくさせている。
「まぁ好きなように捉えればいいよ。申谷くんだって、引き受けてはくれたけど信じてはいないだろうし」
「そうだな。半信半疑だ」
「それぐらいで丁度良い」
成り行きを見守っていた牛尾が、言葉の隙間を見つけて言う。
「現状、これが最善だろう。新たに情報屋を探したりするほうが時間の無駄だ。彼は小日向善一という男の詳細を知っている。リスクがあるにしても、それは必要経費みたいなもんだ」
タブレットに指を滑らせながら、申谷と森山を交互に見遣った。
「ここから目的地までだと陸路と空路があるが、どちらが良い?」
「空で。陸だとかち合う可能性もある」
そう言った森山へ、牛尾は何気なく質問を投げかけた。
「逆に、飛行機なら問題ないのか?」
「あの人は家族を飛行機事故で亡くしている。空路は絶対に使わない」
「なるほど。有力な情報だ」
口元に笑みを乗せる。
「日にちはどうする? というか本数が少ないなぁ。一番早くて……今日の夕方の便が」
「それで頼む」
考える間もなく申谷が言った。
「空港までの移動を考えたら、あと一時間ほどでここを出ないと」
「わかった」
申谷は煙草を取り出した。ジッポライターで火を着け、ゆっくりと煙を吐き出した。
煙草の先端から立ち昇る紫煙を眺めると、ぽつりと呟いた。
「……これが最後になるな」
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