9-2
「つか、その恰好、てゆか、こいつら。え? ここってどこ?」
「質問が渋滞するのわかる~。だっておんなじ気持ちだし」
緑ヶ淵は金属バットをローブの下に仕舞い、ごそごそしている。
「ここは中州にある閉館した映画館。地下二階のバックヤード。こっちはあれから色々あって。手に汗握る怒涛の展開の末、潜入活動をすることに。寝てないのにつらみ」
淡々とした熱のない声。表情も真顔で、ふざけているのか真面目なのかわからない。
映画館の地下の一室だという室内を改めて見まわす犬養へ、緑ヶ淵がさらに話かける。
「これ、きみのだろ。この階のゴミ箱に捨てられてた」
ローブから取り出したのは、革製の黒いショルダーバックだった。使い込まれて柔らかくなった革に見慣れた傷がついている。犬養のバックを見つけたことで存在を知ったらしい。
「オレはバイクで追われて、銃を向けられて、麻袋被されてどつき倒された末、気が付いたらここにいた。つらみの極み」
背後にまわった緑ヶ淵が、拘束しているテープを切りながら「えぇ……」と漏らした。
「怖。普通に引くんだけど」
「そういうのも仕事のうちだし」
「言い切る神経どうなってんの」
切れ目がはいったテープを引きちぎる。自由を取り戻した腕をぐるぐると回した。
「助かった。ありがとう」
手渡されたナイフで足首の拘束も切り裂く。ふと、ジャケットの袖にテープの切れ端や、粘着部分がくっついているのに気が付いた。今朝、袖を通したばかりの新品の上着にしがみついてくるテープを唇を尖らせながら剥がしていく。
テープをぐしゃぐしゃに丸めながら、犬養は緑ヶ淵を伺い見る。
殴り倒したローブを部屋の隅へと引きずっていく。その表情は乏しく、何を考えているのかわからない。顔にも声にも抑揚がないのは彼の平常運転。他人と目を合わせようとしないのも普段通り。見ているだけでは真意を汲み取ることは難しい。
だが、紫のように感情むき出しで突っ込んで行くタイプでもなく、石黒のように腹に一物二物と含んで近づいて来るタイプでもない。
マイペースを地で行く男には、探りを入れるよりも直で言ったほうが良い。
「助けてもらっといて悪いけど、正直ちょっと疑ってる。お前もライダーの仲間じゃねぇかって」
「ライダー?」
壁際の棚の物陰にローブたちを引きずって行った緑ヶ淵は、初めて触れたもののように呟いた。犬養のほうを振り返り、数秒ほど沈黙したあとで「あぁ」と声を出す。
「ちょっと前に遠くで聞こえてたバイクの音はソレなのか」
空の段ボールをローブたちの上に乗せて雑に隠そうとしている。
「そのキャラはまだ遭遇してない。潜入して小一時間、ぼくが見たのはこのローブを着た人たちと、あとは部屋に閉じこもってる人たちぐらい」
「そのほかにフルフェイスヘルメットのライダーと、森山っていう男がいる」
「ほう」
緑ヶ淵は斜め上あたりを見ながら、それぞれの要素を整理しているようだった。
「関わったヤツが行方不明になる〝怪しいお小遣い稼ぎ〟の話。その元凶が森山で、この映画館は拠点になってる」
「ほうほう」
「部屋に籠ってる連中は小遣いに目がくらんだ挙句、行方不明……逃げ出すことも出来なくなって立ち往生しちまってる奴らだ。どこに居たか場所を教えてくれないか?」
「三階と二階のいくつかの部屋に。たぶん全部で十数人はいたと思う」
情報が行き交う。手持ちを公開することで、互いに敵ではないと示しあう。
紫や石黒が相手では感じられなかっただろう安心感が、犬養の気持ちに余裕を作っていた。
「あと、井戸川を見てないか? それか、オレと一緒にいた背の高い男」
緑ヶ淵は首を横に振った。
そして呆れたように肩を竦めて、ため息交じりに眼鏡を押し上げた。
「なに。彼らもいるの? みんな揃いも揃ってこんな危ないところで遊んじゃ駄目だって」
立ち上がった犬養へ、ローブが差し出された。気絶したひとりからはぎ取ったものだった。
「ここを出るなら着てた方がいいよ。控えめに言ってロクなことが起こらないだろうから」
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