8-7

吹き抜けから騒々しい足音が響いてくる。

複数人が走る音が上のほうから聞こえて来た。申谷は神経を尖らせる。森山たちの援軍が駆け付けて来るのかと思った。静電気のような焦燥が肌を過っていく。


しかし、どたばたとした統率の取れていない足音に、森山は怪訝な表情を浮かべている。


ライダーは気にする素振りを一切見せず、柱に噛みついた鉈へと颯爽と向かって行く。


「早く! いまのうちに逃げろ!」


そんな言葉が遠く上階から降って来る。聞き覚えのある男の声だった。

すると、鉈の柄に触れようとしたライダーの動きが止まった。


「ま、待ってください、井戸川さんっ。まだ、向こうの部屋にも、人が」


「わかってるって。前に逃げろっつっても全然聞かなかったヤツらだろ」


慌ただしい早口でまくし立てている。


「クソッ。犬養にケツ蹴り上げて引きずり出して欲しかったんだけどなぁ。ホントは」


複数の足音が遠のいて行く一方で、ひとつの足音がその真反対へ駆け出していく。


ライダーの身体が小刻みに震えはじめた。

柄を鷲掴む。柱を足蹴にして乱暴に鉈を引き抜いた。凶器を一振りすると申谷たちに背を向けて歩き出した。これまで以上に大股で足早に、エスカレーターのあるホールのほうへ行ってしまった。


「やれやれ。私情に走ったか」


森山は困ったような笑みを浮かべて、立ち去るライダーを見送っている。戦力の離脱に慌てるでもなく、飄々と事態を受け止めていた。


残されたローブたちは彼の後ろに控えている。そのなかでわき腹を押さえて、マスクの下から呻くような吐息を漏らしている者がいた。右腕が垂れ下がっている。申谷が壁に叩きつけたローブのようだった。シアターのゆるやかな傾斜ですら負傷した身体に応えている。

苦鳴を噛みしめるような声をあげて体勢が大きく揺らいだ。


その胸元を森山が掴んだ。

乱暴に掴みあげ、倒れ込むのを許さない。


「でも大丈夫。私にはまだたくさんの仲間がいるから」


申谷と自身のあいだに満身創痍のローブを立たせて肉壁にする。

彼に付き従う他のローブたちのあいだに固い空気が流れて行く。シアター内の階段なかばにはうつ伏せに倒れたまま放置された身体もある。そこから流れ出た血の臭い、硝煙の臭いがすべてを塗りつぶしている。


森山はそれらの空気も匂いも楽しむように、朗らかな笑顔を浮かべて申谷へ言った。


「きみは結局、独りぼっちだね」

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