2-5
青年は小走りで道の先へ消えていった。
悪夢から逃れようとするような、余裕のないその姿を、犬養は割れた窓辺から見送った。
「さてさて」
室内へ視線を戻す。申谷が、死体の上着を漁っている。手際よく、ジャケットやスラックスのポケットをチェックしていくが、彼の表情は険しいままだった。出てきたのは小銭や食堂の半券だけで、求めているものはない。
「後片付けはうちがやるから」
そう言うと、しゃがんでいた申谷が顔をあげた。犬養を見て目を細める。
「ただの便利屋かと思っていたが、そういうこともするのか」
「表に立つやつがいれば、裏にいるやつもいる。そういうもんでしょ」
スマホをタップし、専門の部署に連絡を入れる。
「かといってテンポ良く死体を増やされても困るからな。気を付けてくれよ」
申谷からの返事はない。
重たいため息をひとつして、壁にもたれるように座り込んだ。
男のジャケットから出てきた小銭を、亡羊とした視線で見つめていた。
「……結局、袋小路は変わらずか」
手元から小銭がこぼれ落ちていく。力ない呟きが漏れ、空しい音を立ててコインが床に散らばった。
その巨体がいくらか縮んだと思わせるほど、がっくりと肩を落としている。鳶色の髪を乱暴にかき上げ、申谷の目元には疲労の色が色濃く浮かんでいた。
項垂れる姿は、道を見失った旅人のようだった。
犬養は「おいおい」と笑い飛ばした。
「まさかマジでそう思ってるわけじゃねぇよな。諦めるにはまだまだ早いだろ」
室内に漂う重たい空気を、威勢の良い声が押しのける。
申谷は億劫そうに顔をあげた。犬養の言葉を訝しがるように眉間にシワを寄せている。
「生かした男は何も知らされていない使い捨てだった。便利屋は、死んだ連中を生き返らせることも出来るのか?」
「出来るわけねぇだろ、そいつらは死なせとけ」
犬養は、散らばった小銭のなかから食堂の半券を拾い上げる。
にっと笑みを浮かべる。それは、次へ繋がる手掛かりをしっかりと掴んだ、会心の笑みだった。
「駅前にある食堂の半券だ。ワンチャン、誰かが何かを覚えているかも知れない。それに、さっきのやつみたいに声をかけられたってヤツもきっといる筈だ」
燃料をくべた炉のように、犬養の瞳には鋭い輝きが宿る。
「行き止まりかどうかは俺が動けなくなったときにでも思ってくれよ。それまでは、あんたはちゃんと前向いて進んでってくれなきゃ困る。いろいろ大変な思いをして、ここまで来たんだろ。まだまだ進める道はあるぜ」
「……随分、おぼつかない道だな」
目標に続いているとも知れない、危なげな道。ちょっとしたことで途切れかねない、頼りない足元。
かろうじて足場を照らす淡い光が唯一の頼り。
陽炎のように、曖昧で儚い道程にも関わらず、犬養は力強い眼差しを申谷へ向ける。
「そうやって座り込んでるよりもよっぽど、進んでみる価値があると思わねぇか?」
申谷はぐっと奥歯を噛みしめると、身体を起こした。
足に力を込めて立ち上がる。強く床を踏みつけて身体を支えた。
暗闇だと思っていた目の前に、道しるべの輝きを見たように、その瞳に力がもどって来る。
「その通りだ」
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