大文字伝子が行く84
クライングフリーマン
大文字伝子が行く84
午前10時。伝子のマンション。EITO用のPCが起動している。画面には理事官。
「半グレの京本商会会長京本倉之助は、仁川商事の乗っ取りを以前から画策していた。そこへ、ある日、です・パイロットからメールが来た。簡単に乗っ取れるぞ、と。そして、この前の高速等での爆発事件。被害者はDVDの催眠術で操れる、と。偽の郵便で仁川商事に送ったら、簡単に人形になった。です・パイロットの発案の『攻略法』をアレンジしたのが、今回の事件だった。被害者の越前慎吉は、送られて来た個人情報で、簡単に誘拐できた、という。副総理の件は、アドリブによるアレンジだったらしい。『シンキチ』選択の謎は未だに残るが、流血事件にならなくて良かった。New tubeでライブ中継してくれたお陰で、EITOの株が上がったよ。人気という意味でも、株取引という意味でもね。」
「理事官。今回、日向はよくやってくれて、助かりましたよ。それと、ホバーバイクとMAITO出動も助かりました。大型扇風機は想定外でしたが。」
「大型扇風機は秘密基地にある、備品だ、本来はメンテナンス用だが、状況を見て、渡が発案した。」
「そうでしたか。また、大がかりな攻撃を仕掛けるでしょうか?です・パイロットは。ああ、そう言えば、何で『です』がひらがななんでしょう?」
「どちらも私は答を持っていない。後者はその内、君か高遠君が謎解きをする、と期待しているよ。では。」
画面は消えた。
「期待されてもなあ。」とぼやく伝子の前に高遠はレモンティーを置いた。「レモン、大目に入れといたよ。くるみさんが沢山差し入れしてくれたからね。」
「そう言えば、みちる。もう復帰させてもいいかな?」「健康診断は?」「異常なし。」「あとは、本人の気持ち次第だね。これからまた闘いは熾烈になるから、復帰したら、戦力が増強されるわけだけど・・・。」
「そうだな。お前の言う通りだ。天童さんに頼んで、気持ちの揺らぎが闘いに出そうか見極めて貰うか。」「うん。それがいいよ。」
チャイムが鳴った。高遠が出ると、森だった。森は、かつて依田や蘭が済んでいたアパートの大家さんだが、すっかり、DDメンバーになっていた。
「見たわよ。大文字さん、二人いるのかと思っちゃった。」コーヒーを前に出した高遠に森は尋ねた。
「誰のアイディア?高遠さん?」「いいえ。でも、替え玉を用意することは、以前EITOに進言しました。」「そうなの。あ、副総理、助かって良かったわあ。前の総理があれだったから、今の総理をしっかり支えて貰わないとね。」
「ええ。麻生島副総理は以前から伝子さんのことを高評価してくれていたから、やがて助けてくれるって、信じてくれていたようです。」
「総理や副総理と昵懇なんて、羨ましいわ。」「ああ。お名前カードの件、助かりました。」
「ああ、あれね。親戚の者がある日、カード作りに行ったら、変な日本語の発音の職員さんに対応されたって。差別だって言う人がいるかも知れないけれど、日本人のカード作るのに、外国人が応対って変な国になったなあ、って言ってたのよ。」
「バイトの職員が情報漏洩したようですね。お陰で死者が出ました。マフィアに悪用されたからです。」「その職員もマフィアだったのかしら?」「いや、売ったんでしょうね。情報漏洩は外国人だろうと日本人だろうと犯罪です。ただ、外国人だと逃げやすい。」
「今となっては、どうしようもない。」と、伝子は二人の会話に割って入った。
「それより、これ持って帰って下さい。我々の関係者は皆危ないので。」と、伝子はガラホと充電器を渡した。
「説明書入っている?」「入っています。分からない時は短縮キーの1番を押して下さい。EITOに繋がります。」と、今度は高遠が応えた。
「藤井さんは?」「藤井さんにも渡しました。安全の為です。ご協力お願いします。」と、伝子は頭を下げた。「了解しました。」森は変な敬礼をした。
「今度、リニューアルオープンした、ウーマン湯、盛況らしいけど、当分皆で行けないわね。」「はい。済みません。」「大文字さんは謝らなくていいのよ。悪いのはマフィアなんだからさ。」
午前11時半。「もうお昼前か、ちょっと早いけど、メシにしようか、学。」
「はいはい。」高遠が昼食の支度をしていると、チャイムが鳴った。インターホンで確認すると、くるみと編集長だった。
伝子は皆に話した同じ内容を話した。「くるみさんとこは2つね。舞子ちゃんは子供だから、保護者管轄だって言われちゃった。」「いいですよ、そんなこと。」
「みちるちゃん、戦線復帰するの?大文字くぅん。」「今、学とも話していたんだけど、動いていた方が、働いていた方が寧ろいいんじゃないかって。天童さんに相談する積もりです。」
「天童さん、って剣道の先生ね。素敵な人よねえ。」「編集長、タイプなの?」
「当たり。でも、アタックは止めておく。私は想定外だろうし。ああ、この間の煎餅新作。ネットの売れ行きいいわよ。」「あの隠し味って何ですか?」「あら、大文字くぅん、味覚音痴?生姜よ、生姜。目立たない分量がミソななのよ。」
「じゃあ、私、帰ります。」「あ。帰るって自宅?スーパー?」「スーパーです。」「じゃ、乗せてってくれない?」「いいですよ。」
二人は連れだって帰って行った。
正午。「出来たよ。」と食卓に高遠は二人分の食事を用意した。青椒肉絲だった。
伝子は、テレビを点けた。大文字家では、通常の食事の時だけ、ニュースを見る為にテレビを点ける。
ニュースでは、副総理が記者会見をやっていた。那珂国の脅威を訴え、EITOやMAITOの必要性を説いていた。執拗に食い下がる記者もいるようだが、尻切れトンボに終った。EITOは副総理と民間人一人と会社員を救ったのだ。半グレの話は出さなかったが、副総理の話は説得力があった。
「学。ゲームしようか?」「理事官のお許しが出たらね。」と高遠が返した。
PCルームのEITOのPCが起動したからだ。
「今度のラスボスは、余程自己顕示欲が強いのだろうな。また、挑戦状だ。『キーワード』は『マチ』。それだけだが、警視庁にメールを送ってきた。」
「理事官。メールからは・・・。」「割り出せないよ、海外のサーバーを幾つも渡り歩いてくるメールからは。」
「マチ、ですか。市町村のことかな?範囲が広すぎるな。待つマチかも知れないし、まち針かも知れないし、誰かのニックネームかも知れないし。」
「まあ、様子を見よう。事件が何か起こらないと動きようがない。とにかく、連絡はそれだけだ。」
翌日。午前10時。高遠と伝子は、ぶらぶらしながらモールを歩いていた。
「よく映画観に行ったね。行く度に事件に遭遇して。」「お前、ヨーダみたいに私が事件を呼んでいるみたいに思ってる?」「思っている。今夜は10ラウンドな。」「ひえー、ご無体な。」「ばか。」
二人は映画館に行ったが、特に観たいと思うものが無かったので、物部の喫茶アテロゴに寄った。アテロゴは、ポルトガル語で『またね』とかいう軽い別れの挨拶だと友人に教わっていた高遠が命名した。もう元の名前は思い出せなくなっている。
二人が入店すると、物部が辰巳に「辰巳。札を出せ。」と指示すると、「どっちです?」と尋ねるので、「クローズド。」と舌打ちをしながら応えた。
「作戦会議するんだろ?今日はどうせ暇だから、付き合ってやるよ。あ、その前に。栞が昨日、悪阻(つわり)が始まった。」
「逢坂先輩も妊娠しましたか。副部長、おめでとうございます。」と高遠は持ち上げた。
「大文字に名付け親の栄誉をやるよ。」「おめでとう。名前はまだ早いだろう。性別もまだ分かっていないのに。」「まあな。」
二人は、昨日の理事官からの話を伝えた。「大胆だなあ、今度のラスボスは。」
物部の呟きに、戻って来た辰巳が言った。「どうせ、解けないだろう、と思って謎かけですか。大文字さん達の実績を知らないからですね。」
物部はスマホと、配布されたガラホを出した。
「えーと、ガラホのこのアイコンを押してから、スマホのLinenを起動。高遠、これで良かったんだな。」「そうです。流石、副部長は飲み込みが早い。」
「おだてるなよ。」と、にやけながら、Linenに一斉通信して、Linenのテレビ会議が始まった。
マルチ画面に映った福本が、「先輩。他の候補も考慮すべきと言われそうですが、演劇の世界では『マチネー』という言葉があります。1日に2回公演する時の1回目の公演のことです。西洋演劇の始まりは、ギリシャ演劇と言われ、大昔のギリシャ時代には、郊外から1日かけて観にやって来て、1晩泊まってから1回目2回目と観劇をして、また泊まってから翌日帰宅の途についた、という話があります。その時の1回目2回目は午前と午後、『マチネー』と『ソワレ』と呼ばれていました。午前公演、午後公演のことです。野外劇場で、明かりが無かったから、夜公演は無かったんです。時代は流れ、小屋と呼ばれる屋内劇場が通常となり、公演は1日2回やる場合、昼公演夜公演となりました。詰まり、その『マチ』がもし『マチネー』のことなら、昼公演のことです。音楽やバレエのことは知らないけれど、演劇に関係しているなら、当てはまりそうですね。」と言った。
「大文字さん。ラスボスは言わなかったけど、もう一つのヒントも無視出来ない、と思うけど。」と、今度は中山ひかるが言った。
「どういうこと、ひかる君。」と高遠が尋ねると、「今度のラスボス、つまり、『幹』に繋がる1回目の事件と2回目の事件に共通するのは?『シンキチ』でしょ。まあ、催眠術も関係あるかも知れないけど。」と応えた。
「つまり、『シンキチ』と『マチネー』を掛け合わせるんだね。」と南原が言った。
「シンキチは役者の名前?本名?」と依田が言った。
「とにかく、調べる価値はあるね。」と伝子は言った。
1時間会議をしたが、他の案は出なかった。
理事官に連絡すると、「面白い仮説だね。つまり、芸名または本名で演劇活動してる人物を特定してから、昼公演がある公演をしている場合の演劇集団や劇場を割り出すということか。時間はかかるが、村越警視正に連絡して、警視庁の方で調べよう。まだ起こっていない事件に間に合えばいいが。」と応えた。
高遠と伝子は、ファミリーレストランで昼食を採り、帰宅した。
綾子が、隣の藤井と顔を出した。「何だ、来てたのか。先に連絡くれれば良かったのに。」
藤井が帰ると、「行儀悪いぞ、くそババア。」と伝子は綾子に悪態をついた。
「いきなり、くそババアはないでしょ。それより、婿殿、助けて。」「はあ?」
高遠が驚いていると、ガラホを取り出した。
「ああ。使い方が分からないんですね。分かりました。」
高遠が綾子にガラホとスマホの組み合わせのセキュリティをレクチャーしている間、伝子はぼんやりと敵のことを想像していた。なんで『ヒント』なんか送ってきたのだろう?やはり、解けないと思ってタカをくくっているのか?『シンキチ』が見つかったところで、事件が起こらないことには、推測して予防出来ないことも事実だ。
レクチャーが終るのを見て、「今日、泊まるのか?お仕置き部屋しかないぞ。あ。それから、もう、あの部屋は外から出入り出来ない。」と、伝子は綾子に言った。
「あそこでいいわ。明日早いのよ。」と綾子は平然と言った。
高遠は言った。「今夜はカレーです。」
午後8時。伝子が入浴していると、浴室のドアが開いた。「伝子、スマホ、鳴っているわよ。」「学はどうした?」「トイレ。」「トイレから出たら、学に確認させて。」
15分後。伝子が浴室から出ると、「伝子、大変だ、事件が先に起こった。今、一佐が迎えに出たそうだ。」と、高遠が言った。
10分後。大急ぎで着替えた伝子をオスプレイが迎えに来た。高遠は慌てて台所のベランダの出入り口の用意をした。ロープが降りて来て、伝子はロープにつかまり、ロープは上昇した。出入り口が閉まった高遠を見て、綾子は呟いた。「やっぱりサーカスに就職した方が良かったかな。」高遠は知らん顔して、浴室に向かった。
午後9時。文京区白鷺劇場。劇場支配人が久保田警部補に説明していた。
「ああ、エマージェンシーガール。こちらは支配人の奥田さんです。ガイシャは今運び出しました。ガイシャの名前は、伊佐山申吉。この劇場の照明係です。昼公演の担当をしていました。発見されたのは、鍵が壊れた楽屋控え室。8時半に夜公演が終り、警備員がチェックに回っている時に、ドアの外に血が流れているのを発見しました。」
「昼公演担当?夜は担当していなかったんですね。」と伝子は念押しした。
「キーワード通りの予告殺人ですが、間に合わなかったですね。残念です。」「でも、久保田警部補。役者じゃなかったんだから、時間的に間に合ったとしても防げなかったでしょうね。」
「白鷺町署に捜査本部が置かれるそうです。我々も移動しましょう。」
白鷺町(しらさぎまち)署。署長が柴田管理官とエマージェンシーガールズ行動隊長の伝子を紹介し、捜査会議が始まった。
伝子が説明すると、刑事の一人が手を挙げた。「では、EITOと警視庁では被害者候補を絞り込む途中だったということですか。第2の被害者は?」
「申し訳ない。コンピュータは万能ではない。得意な分野もあれば、そうでない分野もある。次の被害者まで間に合うかどうかは分からない。絞り込める条件がもっとあれば別だが。」柴田管理官は深く頭を下げた。
「では、今後のことはEITOと警視庁のコンピュータに任せるとして、先にガイシャの情報を共有しておこう。」署長の一声で、刑事達の殺気は収まり、柴田管理官は説明を続けた。
「ガイシャの伊佐山申吉は、この道30年のベテランの照明マンで、照明部のサブリーダーとして、昼公演を仕切っていたそうです。引き継ぎを終え、照明部の控え室で小休止して、帰宅する予定だった、とリーダーや同僚は言っています。亡くなっていた、あの控え室は鍵が壊れていたので使用中止にしていたのですが、こじ開けた後がある、と支配人は言っています。それと、この公演で雇われたバイトが一人、行方不明です。伊佐山申吉と一緒に昼公演の時に働いていました。調べたところ、履歴書の住所はでたらめでした。この業界では、慢性的に人手不足で、短時間や短期間の就労者は珍しくないようです。」
「では、管理官。そのバイトが殺人実行犯ですかね。」という署長に、「恐らくは。手配書を作成し、指名手配しました。」と柴田は応えた。
被害状況や殺害方法などを検討し、1時間半後、閉会となった。殺害は、ナイフを胸に突き刺し、流血の流れ具合を計算済みだったと、鑑識の井関から報告が上がっていた。
時間は10時半を回っていた。伝子は自宅に戻らず、なぎさの運転するジープでEITOに向かった。
ジープ車内。「なぎさは、どう思う?」「どうって、おねえさま。何について?」「2つある。何故役者じゃなかったのか?何故、昼公演の時に殺害しているのに、発見を遅らす『流血の時限装置』を仕掛けたのか?」
「どちらも、犯人に聞いてみないと分からないわ。私が想像できるのは、実行犯は単独だけど、連続で起すには一人じゃ無理ってこと。今度同じような殺人事件が起こったら、実行犯は伊佐山申吉を殺した奴とは別かも。藤村警部補の例を見れば、黒幕の『です・パイロット』は『使い魔』と『式神』、詰まり、枝と葉っぱを上手く使い分けて、お互いを監視させていると思うの。殺人の実行犯は葉っぱよ。計画氾は枝。まだ、疑問があったわ。何で幹である『です・パイロット』はヒントになるキーワードを教えたのかしら?葉っぱが漏らすのなら、まだ分かるけど・・・。着いたわ、おねえさま。あら、寝てる。可愛い。」なぎさは微笑んだ。
翌日。午前10時。EITOベースゼロ。会議室。
昨日、なぎさが疑問にあげたことを皆で検討していると、河野事務官がやって来た。
「警視庁から連絡です。時間がかかりました。なんせ非正規雇用が多い職場だそうなので。『シンキチ』なる就労者は役者も裏方も含めて10人です。その内、伊佐山申吉は殺されましたから、あと9人です。各劇場の支配人に連絡し、働かせないようシフト等を調整するよう依頼しました。人命がかかっているので。ところで、昨日から連絡が取れない就労者が一人いました。リストを見て下さい。『シンキチ』の一人、舟木神吉です。江戸川区の新進劇場に勤務するフリーの大道具係ですが、派遣した会社も必死で探しています。彼の担当は代役が可能なので、他の者がカバーしているそうです。今日の昼公演は午後1時です。月曜日だから、本来、昼公演はないのですが、今日は祝日だから、昼公演があるそうです。」
「河野さん。昼公演は何時からですか?」と伝子が尋ねると、「午後1時です。」と河野は応えた。
「よし、出動してくれ。劇場には私から連絡を入れておこう。警察にも応援して貰う。」と、理事官は言った。
午後1時。港区。新進劇場。舞台では公演が始まっている。『迫(セリ)』と呼ばれる、舞台上の昇降装置が上がってきた。上がってきたのは、本来の役者ではなく、舟木神吉の死体だった。ナイフが胸に刺さって仰向けに横たわっている。客席から悲鳴が上がった。舞台監督が電動緞帳を下ろし、支配人がアナウンスし、警察官の指示に従うように、と言った。
舞台上に上がった伝子となぎさは、ため息をついた。2人目の犠牲者だ。今のところ、容疑者は挙がっていないが、恐らく白鷺劇場のバイトとは別人だろう。
後8人、犠牲者を出す訳にはいかない。8人を徹底的にガードするか、罠を仕掛けて敵を押さえるしかない。伝子は、改めて福本に相談した方がいいかな、と思い始めていた。
午後3時。EITOベースゼロ。。会議室。
捜査本部は村越警視正に任せて伝子達は戻って来た。待ち構えていたかのように、警視庁から連絡が入った。河野事務官は言った。
「警視庁に電話が入ったそうです。『何をしている、EITO。ぐずぐずしていると、3人目が出るぞ。私は所謂使い魔だ。』以上です。」
伝子は情報管理室、通称作戦室の草薙の所に行った。
「草薙さん、警視庁の『シンキチ』データ、届いてますよね。」と、伝子は尋ねた。
「伊佐山申吉の住所は、白鷺町(しらさぎまち)ですか?」「ちょっと待って下さい・・・そうです。」「じゃ、港区で死んだ舟木神吉の住所は?」「港区庚申町(こうしんまち)ですね。あ!」
「草薙さんの処理能力に期待してお願いします。演劇関係者という『ふるい』を外して、住所が『マチ』の『シンキチ』を探して下さい。」「了解しました。アンバサダー。」
会議室に戻った伝子に理事官が尋ねた。「何か考えがあるのかね、大文字君。」「はい。」
伝子達が煎餅を食べて小休止していると、草薙がやって来た。「あれ?おやつタイム?そう言えば、もう3時かあ。」「草薙。おやつの前に報告。」と理事官は言った。
「理事官。アンバサダー。検索し直すと、該当のシンキチは6人でした。亡くなった2人を含めて。」草薙の報告を受けて、「我々はミスリードされたのか?」と理事官は言った。
「いえ、理事官。私の早合点でした。理由は分かりませんが、使い魔は早く見付けて欲しいのだと思います。」
「うーん。とにかく、守るべき対象者のシンキチは後8人ではなく、後4人か。河野事務官。警視庁に連絡。直ちに4人を保護するんだ。」「了解しました。」
「草薙。後の4人は?」「はい。」草薙は判明したシンキチの名前をホワイトボードに書き出した。
「桑田眞吉、江尻森吉、井桁しん吉、大下しんきち。以上です。」と、草薙は報告した。
「よし。煎餅食ったら、出動だ。」と、理事官は言い、煎餅をかじった。
午後4時。目黒区新目黒町(めぐろまち)。女子プロレスの会社に入ろうとする、マネージャーの桑田眞吉を背後からナイフで刺そうとした高齢者の男を、結城警部が交番の巡査と共に現行犯逮捕氏、連行した。
目黒署。久保田管理官が取り調べをしている。被疑者の宇野宗助は、素直に自供した。
「早く止めてくれて良かったよ。俺は長年ヒットマンをやって来た。老眼が進んでね、もうライフル使えないから、情けないことにナイフしか使えない。後3人の警護はもう要らないよ。俺が捕まった限り、用は無くなったからな。2人のシンキチさんには、気の毒だったから死んで貰った。恨みなんかじゃない。」「仕事だから、か。使い魔の名前を言う気はあるか?」
「白鷺劇場の支配人。高津太郎だ。昨夜遅く緊急入院した。末期がんなんだ。あいつも俺ももう終わりだ。旦那、お願いがある。あいつを逮捕する時、俺は任務にしくじって、他のヒットマンにやられた、と伝えてくれ。」「いいだろう。です・パイロットの情報はないか?」「さあ、あいつなら知っているかもだが、俺は知らない。俺は『的』の情報以外は知らない下っ端さ。」「そして、高津の父親か。」
宇野宗助は、答えないことで肯定した。
午後5時。本庄病院。久保田管理官から連絡を受けた伝子となぎさは、普段着の姿で到着した。本庄時雄副院長は言った。
「一足違いでしたよ、大文字さん。亡くなる前にこれを預かりました。」と副院長は手紙を渡して去って行った。
なぎさは覗き込んで、伝子と一緒に開封した手紙を読んだ。
「エマージェンシーガールズの行動隊長。いや、大文字伝子。あんたは組織にとって脅威だ。組織は枝が折れたら、また次の枝を、幹が折れたら次の幹を送ってくるだろう。でも、あんたなら皆なぎ倒せる。俺は信じている。『死の商人』のグループがあんたと闘った時に、反社も半グレも犯罪者も味方にする強い人間だったと噂で聞いている。幹と幹は重なることはないが、枝と枝は絡むこともあるんだ。催眠術についてだが、1包だけ『解毒剤』を持っていたので、副院長宛に普通郵便で送っておいた。役に立てばいいがな。あんたと対面した時、もう覚悟は出来ていた。おやじを許してやってくれ。俺もおやじも弱みを握られ、仕方なく組織の命令を聞いた。弱みを握って、使い魔や葉っぱにするのは、です・パイロットのやり口だ。狡猾だが、弱点でもある。弱みのない人間はそんなにはいないからな。」
「死ぬ間際にしては長い文章だわ。シェイクスピア並ね。あ。おねえさま。福本さんを責めないでね。」「分かっているよ、妹よ。」
「ふうん。」「あ。物部。いつから立ち聞きしてたんだ?」「福本を責めるな、って一佐が言った時から。」「なんでここに?あ、通院してたんだっけ?」「お前ナア。まあ、いいけど。事件は終ったんだよな。時間はあるよな。」と物部は言った。
「大文字。一佐。うどんは嫌いか?」二人が首を振ると、「じゃあ、夕飯はうどん屋だ。病院の近くに出来たんだがオープンセールをやっている。うどんセットの持ち帰りも出来る。高遠に買っていってやれ。実は、うどん屋のおやじは知り合いなんだ。」
3人を院長と副院長は少し離れた所から見送った。「やっぱり事件が大文字君を呼ぶのかな?」「父さん、小説みたいなこと言わないでよ。」二人は微笑した。
―完―
大文字伝子が行く84 クライングフリーマン @dansan01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
43年ぶりの電話/クライングフリーマン
★12 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます