第2話
ふとそんなことを思い出していると、無意識の内に「もうやだこんな世界居たくない……」という言葉が口から漏れ出してきた。
後に続くようにどこに隠していたのかわからない半ば諦めたような、人生に絶望したかのような乾いた笑い声もあふれ出てくる。
私のどこがダメだったんだろう、同じ大学に通えてればまだ付き合えていたのだろうか。
そんな行き場も答えもない悩みが脳内をかき乱していると、手は無意識の内に『自殺 方法』と検索していた。
検索画面の一番目立つところには恩着せがましく存在を示すかのように不全に大きく装飾された字で「こころの健康相談窓口」と書かれてあった。
「違う、そんなのが見たいんじゃないんだよ!」
瞬間的にスマホを壁にぶつけ粉々にしたいという欲望が湧き出てきたが、すんでのところでスマホはまだ私の手の中に納まっていた。
ただ振り上げた手をそのまま降ろすことができるほど大人ではなく、一通り部屋の中を見回したあと一番被害が少ないであろうクッションに、あの
「後ろの方の記事なら少しはまともなこと書いてあるかな……」
クッションにめり込んだスマホを拾い上げると、再度『自殺 方法』と検索した。
先ほどの偽善にまみれた文章は無視して、確実に更新を重ねていく。
次第に画面にはろくにSEO対策をしていないような、
その中でふと「異世界への飛び方」というページが目に飛び込んできた。
普段ならこんなページに目もくれないだろう。
そもそもで見つけられるかどうかも怪しいし、見つけたところその他の有象無象のページと一緒に見たことすら記憶に留めることがないだろう。
ただ不思議と今はそのページを見たいと思ってしまった。
自分でも精神がやられているとは思っていたが、まさかこんなのに惹かれる参っていたとは……。
若干そんな冗談のようなものに頼ろうとする自分に嫌悪感を抱いたが、開いてしまった以上試すのも悪くないかもしれない。
嫌悪感を丸めて脳内のゴミ箱に押し込むと、ページの内容を目でなぞり始める。
目次にはいくつかの小見出しが並んでいるが、能書き部分に興味はない。
『やり方』と書かれた部分をタップすると、真っ先に「消えたい」というものが目に入った。
やり方としては、メモ用紙などに赤いマジックで五芒星を描き、その中心部に消えたいと書いたものを枕の下に入れて寝るというものだった。
翌朝その紙が無くなっていたら異世界に行けた証拠らしい。
一瞬「そんなやり方で行けるならみんな試してもっとメジャーになってる」という
翌朝、まるでクリスマス当日の子供のようなテンションで枕の下を覗いてみるが、まあ都合よく異世界転移なんか起きるわけがなく、昨日の夜私が置いた位置から一ミリもずれることなく消えたいと書かれた紙が置かれていた。
「あーやっぱ質の悪い冗談だったのかな……」
寝起き特有の頭の痛みとまだ今日も生きてしまった
次のにはエレベーターを使う方法が書かれていた。
一度五階まで上がり、そこから各階へ止まりがら降りていき、一階に着いたら最上階まで各奇数階に止まるとどこかでただのエレベーターの扉から異世界への扉へ変化するというものだ。
ただ試したところでこれと言った効果は得られなかった。
強いて言えば三回くらい試した時に、上の方に住んでるという人の良さそうなおばあさんと話して、知り合いが一人増えたことくらいだろうか。
◆
「あーやっぱだめかー」
ベッドの上に大の字になりながら誰に言うわけでもなくそう吐き出す。
方法がいくつもあって、ライターがまだこの世界にいる以上、冗談として楽しめない人が見るべき記事じゃなかったのかもしれない。
クレームの一つでも入れてやろうかと再度あのページを開くと、『合わせ鏡』という項目が目に飛び込んできた。
方法はいたって簡単。
午前二時に二枚の鏡を向かい合った状態で並べ、そこを覗き込んだ時自分じゃない人がいたら成功らしい。
鏡の中に招き入れられると
そう鼻で笑ったが頭の片隅ではしっかりとページに目を通し、手鏡と姿見の組み合わせでもいいんだとと納得している私がいた。
いやいや、もう二階も失敗してるんだし、これ以上試さないから。
大きく頭を振り雑念を吹き飛ばすと、そっと画面を閉じた。
◆
真っ暗な部屋の中、アラームがけたたましく鳴り出した。
「なんでこんな時間にアラーム掛けたんだっけ……」
「ああそうだ、試そうと思ったんだった」
テーブルに目線を落とすと、普段使っている手鏡がご丁寧に置かれていた。
間違いない、これは寝る前に私が準備したものだ。
「はいはいやりますよ」
そう言い捨てると、もう呼吸するぐらい当たり前になっている深いため息をつきながら、合わせ鏡の準備をする。
あんまり自分の顔を見るのは好きじゃないんだけどと思いながら、姿見を背に立ち手鏡を覗き込んだ。
そこには段々と小さくなっていくが、果ての見えない世界が広がっていた。
初めの内はああ綺麗だなと、その永遠に続く構造を眺めていたが、おかしい。
なんで私が間にいるのに全く映ってないの?
実はまだ夢の中にいるとか?
そう思い力強い頬をつねったがしっかりと痛い。
ならいつの間にか死んでた?
それなら普通の状態の鏡にも映らないんじゃないかと思い手鏡を覗いたが、そこにはしっかりと眠そうな顔をした私がいた。
え、どういうことなの?
なにが起っているのか皆目見当が付かず、さっきのは寝ぼけていただけなのではないかと自分を落ち着かせ、また手鏡と姿見の間に立つがそこに私は映っていない。
その代わり手鏡の向こうには別れたはずの
間違いない、この顔は八重香だ。
それにこの笑顔はみんなに向けられるものじゃない、いつも私だけに向けられていたものだった。
「嘘、でしょ……」
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