第166話
通路で船員達と睨み合っていると「どけっ!俺がやるっ!」と怒鳴る声が響いた。
殺気で分かってたが、
目の前で船員達が狭い通路の端に寄って場所を開けていく。
その先に見えたのは・・・荒くれ者と呼ばれる海の男が似合いそうな良く陽に焼けたガタイの良いやつだった。
こりゃあ完全に素の身体能力じゃあ勝ち目が無いな。
俺も冒険者として鍛えているが、ありゃあ比べるだけ無駄だ。
だって上腕が俺の
腰にカットラスを帯びてることから、剣技以上を持ってるのが確定だろう。
殺気の感じからすると・・・〈剣聖〉を持ってる可能性が高そうだ。
『こりゃあ、剣で戦うのは分が悪そうだ』と、さっき切り付けた時に船員が取り落とした槍を拾い上げる。
流石にこんな人目の多い所で無限庫なんか使えないから、敵の槍を拾ったけど・・・安物だなぁ。
まあ、剣と違って槍は突ければ良いから使えなくは無いんだけど。
そして、いつもは意識的に使わないようにしていた〈槍鬼〉に意識を向けた。
*** *** *** *** *** ***
小舟で脱出していたアンバーは何かを感じ取ったように水魔法を思わず止めていた。
振り向きながら「エドガー、何があったの?」そう呟く。
今まで人目につかないように隠れて訓練する時にしか使っていなかったスキルが行使されたことに気付いたのだ。
その辺の普通の海賊相手に使うようなスキルでは無いことをアンバーは知っていた。
つまり、それを使わなければならない状況・・・それは強敵がいることを示していた。
一瞬でも気を反らせば思わぬ事態になるかも知れない、だから念話は使わない。
だから「あなたなら大丈夫でしょ。無事に戻ってよ」と呟いた。
その言葉はモフモフの毛をフワフワと棚引かせる海風と共に流れて行く。
その方向は今さっきまでいた船の方向だった。
*** *** *** *** *** ***
目の前に来た
俺は僅かに見上げるように相手を見た。
「てめぇ、何処の回し者だ!普通の人間ってことは帝国か!ここまで進入してるってこたぁ、子供のことも知ってんだよなぁ?何処まで知ってるんだ?どれだけ仲間がいるんだ?」
「答えると思ってるんなら、期待外れだぞ。何も教えることは無いからな」
「てめぇをブチのめして無理矢理にでも聞き出すさっ!」
その言葉と共に抜かれたカットラスが素早く切り付けてきた。
様子見の一撃だったのだろうが、速い!
どう考えても普通の剣速では無い。
こう言う時に予想が当たるの嬉しくないが、振るわれた剣は剣聖レベルだった。
地の利は相手にある。
この狭い通路では槍の方が圧倒的に不利、というか使い勝手が悪い。
槍の持つ能力の半分も発揮できないのだ。
だが、それは同じスキルレベルだった時の話だ。
相手が〈剣聖〉であろうと、俺の方は〈槍鬼〉だ。
このくらいのハンデがあろうとスキル的には負けるはずが無い。
問題があるとすれば・・・スキルに体がついていくか?・・・その一点だけだった。
スキルがあれば能力が得られる。
能力とは技術であり知識である。
しかしそれを使うには、それ相応の下地が必要なのだ。
立って歩けない赤ん坊が剣技スキルを持っていても使えないように、木箱一つを持ち上げるのがやっとの女性が盾技スキルを持っていても大盾を持てないように、スキルを使うための最低限の能力が必要なのだ。
そしてそれは、強いスキルになればなるほど要求される最低限の下限が上がって行く。
槍技よりも槍術士、それよりも槍聖とドンドンと必要とされる肉体的な能力の下限が上がって行くのだ。
当然〈槍鬼〉ともなれば必要とされる肉体的な能力はトンデモないことになる。
ただ強いスキルを得ただけで漫然と過ごせば、スキルを完全に使いこなすことなどできないのだ。
より弱いスキルを完全に使いこなす相手に負ける可能性があることを示している。
俺も使いこなすための訓練は続けているが、急激に成長したスキルに体がまだついてきていない。
現状、最大限にスキルを発揮できる時間はまだまだ短い。
肉体的な能力も、見る限りは相手の方が上だろう。
だが、充分に斃せるだけの自信はある。
そのために訓練をしてきたのだから!
相手の体格は、俺の1.5倍ほど。
通路が狭いせいで、余計に大きく見える。
あの体格で、この通路の狭さなら、できる攻撃は限られるだろう。
勿論、長物である槍にも同じことは言えるのだが。
ヤツの本来の戦いの場は甲板などの広い場所で、相手を迎え撃つ方法だと思う。
逆に、俺は冒険者としての活動で、洞窟や室内などの戦闘もこなしてきた経験がある。
狭い場所なら狭い場所なりの槍での戦い方があるのだ。
「多少はできるようだなぁ。だが、この狭い通路で槍かぁ。それじゃあ、俺には勝てねぇぞ!」
予想通り袈裟切りが来た。
俺も様子見で、俺から見て左上から右下への軌道を、穂先で軽く突いて更に右方向にズラす。
こうすると無駄な力を使わずに相手の体勢を崩し易い。
もし体勢を崩さずに立て直せるなら、それに見合った能力があると分かる。
様子見には良い方法なのだ。
「ちっ!やるじゃねぇか」
悪態を吐きながらも体勢を崩さなかったことに感心する。
なかなかの体捌きだな。
通路の幅から言って横薙ぎは無い。
振り下ろし、切り上げ、突きの三種類が攻撃の主軸だろう。
さっきの体捌きで大体の感じは分かった。
こっちからも攻めるとしようか!
まずは、顔への連突き。
三連続で顔に向けての突きを放つ。
上手く幅のあるカットラスの腹で槍を捌いてくる。
予想通りだ。
俺は休まずに、顔に向けて突きを放つが、二度顔を狙い、三度目はカットラスを持った手を狙う。
勿論カットラスってのは護拳があるので簡単に傷付けることはできない。
単純に、相手の油断を誘うための布石だ。
俺の突きにバラツキがあるように、つまり狙いが正確では無いと思わせる。
それによって、ヤツの体に掠ってもマグレだと勘違いしてくれる。
どんな時でも油断は大敵。
逆に油断を誘えば結構楽に勝てたりすることもある。
えっ!「強いスキルが使えるんだから、そのまま斃せば良い」って、何で?
だって、考えてもみてくれよ!
全力を出さなくても勝てるなら、楽に勝てた方が良いだろ?
俺は別に力を
だから力や能力を隠して油断を誘うし、油断したならそこを突く。
同じような態とバラつく攻撃を数回、ヤツの動きに雑さが見え始めた。
油断してきた可能性があるが、ここで直ぐに攻勢に出てはダメだ。
緩み切っていない精神は簡単に立て直せる。
確実な一撃を
そこで、態と息遣いを荒くする。
俺の息が上がってるって言う欺瞞行為だ。
こういう欺瞞行為は〈奇術師〉の方が効果が高いんだが〈怪盗〉にも少し効果が下がるだけで、同じようなことができるのだ。
『ほら、釣れた』
ヤツが攻撃の手を強めたのが分かる。
攻撃の回転数が上がり、油断から攻撃に雑さが見える。
今までの攻撃で数箇所切り傷を負わせたけど、それだけでヤツの体力に影響は無い。
ただ、傷を負った負い目と油断していることから早く決着をつけようと焦ってる。
こういう時は無駄に体力を使い易くて、思っているよりも早くスタミナが減っていくのだ。
ほら、見る間にヤツの息が上がってきた。
その姿を確認したので、ここで一気に攻勢に出る。
まずは顔に牽制攻撃。
ヤツが防御に動いたところで、本気の突きで肘を狙う。
『あっ!やり過ぎた!』
慣れない〈槍鬼〉で力み過ぎたようだ。
ヤツの腕が肘のところで半分千切れたようにブラ下がった。
まあ、やってしまったモノは仕方無いから諦めよう。
これで攻撃手段は無くなったし、反対の肘と両膝も潰しとく。
口は・・・色々喋ってもらうのに必要だから残さないとな。
逃げ腰で、下手をすると今にも海に飛び込みそうな感じ。
大事な情報源は確保したし、合図を送るかな。
事前に決めてた合図として火魔法で火の玉を作って打ち上げた。
暗く遮蔽物の無い海では目立つことこの上ない合図だ!
暫くすれば、この船も包囲されるだろう。
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