第131話
「全力でやるぞ!アンバー!」
「良いわよ!」
俺の掛け声と同時に返事したアンバーが急激に巨大化する。
神獣となったアンバーの最大サイズは、体高だけで俺の倍以上。
目の前のブラック・オーガと大差無い。
二本の後ろ足で立ち上がれば、アンバーの方が大きいのは確実だ。
そのアンバーが見事なステップで相手を翻弄している。
ただ、アンバーも迂闊に踏み込めないのは、相手が持つ長柄の両手斧のせいだろう。
流石にアンバーの持つモフモフ強化スキルでも打撃の衝撃は吸収しきれない可能性があるんだと思う。
えっ!モフモフ強化スキルのことか?
モフモフ強化スキルは、言葉通りモフモフを強化して更にモフモフにするんだけど、それには付随する効果があって、斬撃と打撃に耐性がつくんだ。
ただ、完全な耐性である無効では無いので、耐性を超える攻撃だとダメージがある。
アンバーは、あのブラック・オーガの攻撃を見て、耐性を上回る可能性があると判断したのだろう。
俺はアンバーが相手を釘付けにしてくれているのを利用して、目的としている場所に攻撃するためにジリジリと移動する。
急激な動きは相手の注意を引き付けるからだ。
前回の変異種との戦いでは、まだ上手く使いこなせていなかったせいで変異種の体を唐竹割りにしてしまったが、今回は一撃で決めるつもりだった。
隠密、縮地、跳躍強化、とスキルを連続使用し、ブラック・オーガの背後を取る。
目の前には相手の後頭部が見える。
狙うは首、空間断裂を使い槍を真横に振り抜く。
自由落下で下に落ちて行く俺。
目の前で、うつ伏せに斃れ込んで行くオーガ。
自分の体重を上手く殺して着地する俺。
ドーンと大きな音を立てるオーガの体。
一拍遅れて、ドスンと落ちたオーガの頭。
やっぱり空間断裂を練習しておいて良かった。
一撃で決まったな!
「アンバー、牽制お疲れ!お陰で一撃で決めれたよ」
「エドガー、練習の成果が出たわね」
「ああ、練習では結構失敗したからな。流石に慣れたよ」
以前の俺は空間断裂が使えるようになっても、上手く扱えなかったのだ。
・空間断裂 --- 充分な魔力があれば、指定した場所の空間を切り裂くことができる。
この説明の「指定した場所」つまり場所を指定するのが苦手だった。
というか、どうやって空中の場所を指定すれば良いのか?その感覚が分からなかったのだ。
で苦肉の策として、武器の延長線上を指定することでスキルを使えるようにしたって訳。
さっき俺が真横に槍を振り抜いた時、槍の穂先の延長線上に空間断裂が発生していたってことだ。
流石に斬撃耐性程度では、空間が裂ける現象までは無効化できない。
どんな魔物でも、首が体から離れれば死が待っているだけだ。
「しっかし、寝起きでいきなり戦闘ってのは疲れるな」
「魔物にこっちの都合は関係無いでしょ。それよりこの後どうするの?」
紫雲城の城下町の近場を地点登録してあるし、戻ろうと思えば戻るのは一瞬だ。
ただ、いくら魔力が増えたとは言え、現状は転移一回で気絶しそうなほどの魔力しか無い。
更に言えば、空間断裂を使った直後で、その転移ができる魔力が残ってるかも怪しい。
となれば、のんびりと休息を摂ってから考える方が良いだろう。
腹も減ってるし、まずは朝食だな。
「食事の用意をするよ。食べてから考えよう」
「そうね。確かにお腹が空いたわ」
食事をして、お茶を飲みながら考える。
本来なら、まだ目的地にも到着していない時間だ。
行って、戦闘をして、帰って来るだけでも二日ぐらいは掛かる。
その計算から、今日明日をここで野営しても問題無いと判断したが、アンバーは早く帰った方が良いと言う。
何故か?ギルドに苦情を言うべきだと主張した。
どうやら、情報が曖昧だったことを俺が怒ったが、アンバーも納得はしていなかったようだ。
更に、対象の情報も間違っていたのがダメ押しだったみたい。
「心配すんなよアンバー。きちんと話は付ける。今回の情報の不適当さには流石に我慢ができないしな。こっちは命が掛かってるんだ、それなりの対応を見せて貰えないんだったら、ガルさん達の名前を使ってでも反省してもらう」
流石に知名度で比べると、俺の六つ星とガルさんの九つ星では比べることすら馬鹿らしい。
ほぼ最高ランクと、その他大勢の一人だからな。
だからと言って黙る気は全く無いので、ガルさんの名前を使ってでもギルドには反省してもらうつもりだ。
俺が勝手に名前を使ったとしても、彼等が文句を言うことは無いしな。
と言うか、彼等の方が怒り狂いそうだけど。
なんか最近は俺が彼等の料理番みたいになってて、俺が彼等の胃袋を掴んじゃった感じ?
たぶん、限界突破で特殊合成した〈シェフスキル〉が仕事したんだと思うんだ。
アンバーも街での買い食いとか、あんまりしなくなった。
買い食いするぐらいなら、俺に料理しろって言う感じなのだ。
「そう?なら良いわ。ところで、解体はしないの?そのまま死骸を入れてたみたいだけど?」
「ああーアレは、そのまま持って帰るよ。提供された情報と全く違うという良い証拠になるだろ?」
「確かにそうね!解体してると、間違いを認めない可能性がありそう」
今日は休憩して、それから帰還しようかな。
当初の予定より一日以上早く帰ってきたが、相変わらず紫雲城の城下町は騒がしかった。
魔国は、魔族の治める土地ではあるが、基本的にどんな種族でも受け入れている。
国土を約三十ほどの城主と呼ばれる城持ちの貴族が管理していて、そのトップが魔王である。
城主とは、王国や帝国の領主と同等だと考えれば問題無いと思う。
魔族は基本的に陽気な種族で、とにかく騒がしい。
街中が、露店市か祭りの様な騒ぎなのだ。
そんな種族性のためか、色々と大雑把でトラブルも多い。
まあ、俺はそれに文句を言いに行くところなんだがな。
ギルドに入ると途端に声が掛かる。
「エドガー!仕事は終わったのか?」「何処に行ってたんだ?」「おい!こっちで飲まないか?」
とまあ、賑やかいどころか五月蝿いぐらいだ。
俺は受付に行き、俺の依頼を担当した人物を呼んでもらうように頼む。
その対応をした女性は元々青白い顔色を更に青くしながら、走り去る。
何故か?って、声にテラーボイスと言うスキルを少しだけ乗せたからだろう。
ついでに背後では、先程まで五月蝿かった騒ぎ声が静まっていた。
テラーボイスは恐声を合成してできた上位スキルだ。
恐声だと大声でないとスキルの効果が発揮されなかったが、テラーボイスは小声だろうが大声だろうがスキルの効果が出るんだ。
だから、こういう相手を追及する場面では、誤魔化しをさせないためにも有効だったりする。
トルマリスと言う名のギルド職員が走ってきた。
彼が俺の依頼を担当した者だ。
「エドガーさん、お帰りなさい!何がありましたか?」
「お前の担当した依頼はどうなってんだ?情報が滅茶苦茶だったんだが?」
勿論、声に少々テラーボイスを乗せている。
「まっ、まっ、待ってください!何が間違って・・・」
「全部だよ!目的地までの地図は距離がおかしい!それも少々じゃない!一日以上少ない距離だった!討伐対象の外観的な特徴は、見た目だけ!体の大きさも、持ってる武器さえ違ってる!何が普通のオーガの黒色変異種だ!黒色変異種の進化個体だったぞ!体だけで俺の倍以上、その上長柄の両手斧なんて凶悪な武器まで持ってた!この依頼書の何処にそんな内容が書かれてるんだ?一歩間違ったら死んでたぞ!!」
不満を全部ぶちまけたんだが、目の前でトルマリスが白目を剥きそうになってる。
少々テラーボイスが効き過ぎたみたいだ。
「おいっ!エドガー、それは本当か!」
こんな状況で声を掛けてくる人間なんて少数だ。
「みんな帰ったんですか?早かったですね」
俺が振り返りながら答えたのは、守護者の盾のみんなだった。
「ああ、割と早く片付いた。で、今言ってたことは本当なのか?」
「当たり前でしょう。嘘を吐く理由が無い」
俺の答えに、何故か守護者の盾の面々の雰囲気が変わった。
うわっ!不味いかも?
何か、みんなの方が怒り狂ってる感じだ。
「誰か、ギルマスを呼んでくれ!うちのエドガーが危険な目に遭ったようだ。事情を聞かねばならん!」
ガルさんの言葉に、ウンウンを頷いているみんな。
俺が名前を出す必要無かったかも?
でも、この後荒れそうだな・・・
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