第六章 三年半後のエドガー(魔国編)

第129話

トルナーバ伯爵領で守護者の盾に同行してから三年半、九つある国の内、七つを旅した。

行って無いのは北の"四獣守護王国"と南の"ラー海洋国"だけだ。


ラー海洋国は、基本的に海人族しか入国できない国なので、俺達が行けないのも仕方無かった。

四獣守護王国は、単純にギルドへの依頼が無くて行く機会が無かったのだ。

と言うのも、獣人族が治め、獣人種が人口の九割以上を占めるあの国では、外に武力を求めることが無いのだ。

体力的にも身体能力的にも、一般的な人種の中では獣人族が一番強いからでもあるが、過去に奴隷にされる女性や子供が多かったことで排他的になっているところもあるらしい。


まあそんな感じで、基本的にギルドの依頼に合わせて、各国を行き来して冒険者をしてきた。

そんな中で、古巣であったトリニードの街にも立ち寄ることができた。

リザベスさんもゼルシア様も元気にしていて、久しぶりの再会に喜び合ったりした。


そんな冒険者としての旅は、俺に足りていなかった経験を積む格好の機会だった。

勿論、スキルを得るという意味でもだ。


守護者の盾は上級の冒険者らしく、受ける依頼も難易度が高くて、最初の頃は何度も「もうダメだ」と思っていた。

それでも何度も修羅場を潜り抜けることで、精神的にも肉体的にもスキル的にも強くなれたと思う。

その証拠に、出発時は二つ星だった俺の星は、現在六つ星まで上がっていて、今の依頼達成で七つ星が確定している。


ちなみに、守護者の盾と同行はしているが、現在依頼は別々で受けている。

五つ星まで依頼にも同行していたが、それ以降は彼らの提案で、分かれてからの活動を視野に入れた活動をする事になったのだ。

それなら、その時点で分かれても良さそうだったが「なるべく同行して顔繋ぎをしろ」と言ってくれたのだ。

実際問題として、彼らは長く上級で活動しているだけあって顔が広く、一声掛ければ協力してくれる冒険者も多かった。

そんな人達と顔を繋げたことも経験の一部になったのは確かだった。


まあそんな経験はなかなかできないことだし感謝しているが、俺やアンバーにとって一番なのは、やはりスキルだ。


六つ星になってから活動の場所を魔国に移したのだが、この国には強い魔物が多いのだ。

勿論、肉体的に強いと言うこともあるが、持っているスキルも多彩で、楽な依頼はほとんど無い。

苦労して斃して得るスキルが良い物なので、色々と依頼を受けている内に、次の星が見えてきた訳だ。


俺が守護者の盾と行動を共にして最高に興奮したのは、五つ星に上がることになった依頼だった。

アレがあったから、今の俺がいると言っても過言では無いだろう。


あの変異種の魔物が持っていたスキルは破格だったのだ。

あれに因って俺のスキルは飛躍的に強化されることになったから。


それはアンバーにも影響を与えた。

アンバーは昔から強かったが、今と比べると雲泥の差だろう。

俺も気付かなかったが、アンバーは何時の間にか神獣の子供から、神獣になっていたくらいだ。


俺?俺は・・・一応、人間のままだ。

後ろに?という記号が付いてるけど・・・


話が逸れたな。

転機になった依頼の話だったよな。


あの依頼の変異種の魔物ってのが、ブラック・ミノタウロス・アーツってヤツだった。

通常種のミノタウロスは褐色の肌で顔と足が牛っぽい魔物だが、変異種になると大体は体色が変わることが多い。

この変異種になると体色が変わると言うのは、他の魔物でも良く見られる特徴だ。

まあ、必ず変わるかと言えば、変わる訳では無いのだが、確率はかなり高い。


なので、ブラック・ミノタウロスと言う名前の時点で、変異種であることは確定だった。

ところが、その名前の後ろに・アーツと付いていたのが、変異種の中でも特殊な事例だったのだ。


何が特殊だったか?

それは、そのミノタウロスがあらゆる武器を使えていたことだった。

俺が見ただけで少なくとも、剣、棍、槍、盾、弓、斧、刀、の七種類の武具を使っていたのだ。


最初に姿を確認した時には、何であんなに武具を持ってるんだと思ったが、まさか持っている武具全部を使えるなんて考えもしなかった。

それは守護者の盾の皆も同じだった。


最初、片手に盾、片手に剣という姿で向かって来たので、定石通り魔法とかとかの遠距離攻撃を始めたのだが、直ぐに距離を取られ大したダメージも与えられなかった。

直後、片手の剣を地面に突き刺し、背中の弓を持って矢を撃ってきたのだ。


この当時、俺がやっていたのはガルさんの指導で盾で後衛の二人を俺が守っていたのだ。

だが、とても俺が皆に見せていたでは対処できないと思うぐらい、鋭い弓での攻撃だった。

ガルさんが慌てて盾で防御できたから助かったが、間に合っていなかったら、後衛の誰かが大怪我をしていたことだろう。


そこでガルさんの指示で、二手に分かれることになった。

前衛が攻撃すれば、後衛への攻撃はできないだろうという判断だった。


俺は中間に構えて後衛を守りつつ、前衛の人達を薬で回復する役目だ。

俺の後ろでは、ローベンさんが弓で顔に攻撃を、エスクラさんが魔法で足や肩に攻撃をしていた。

その攻撃を邪魔しないように守りながら、攻撃を受けて負傷した前衛に薬のビンを投げつけるのだ。


これは俺の持ってた投爆スキルを使うために、錬金術師のスキルを使って作った特殊なビンが必要で、投爆で破裂してもガラスが粉々に砕けることで刺さったりしないようにしているのだ。

投爆スキル自体も、この特殊なビンだからできる方法であると説明している。

この辺は、スキルの使い方が上手くなってできるようになったのだが、意識的にスキルの切り替えが可能なのだ。

投爆を使って投げ、次は使わないで投げるみたいなことが可能になったので、通常のビンを投げる時と、特殊なビンを投げる時で切り換えてるって訳。

まあ、これができたことで、盾での防御と薬での回復、それに薬による攻撃も可能になった。


最初の内は相手の行動が分からないので、守りの比重を高くして防御と回復中心での行動をしていたが、ガビムさんの大剣が膝裏に決まり動きが鈍ったところで攻撃重視に変更した。


まず持っていた、特殊な粘着性の薬を投げ付ける。

これは空気に触れると、一定時間強力な粘着力を発揮する薬だ。

例えば、この薬が顔に付着したとすると、目は開けられないし、口も鼻も息ができなくなる。

手で取ろうとしても、その手まで一緒にくっ付いてしまうのだ。

なかなか凶悪な薬だろ?


ただ問題は、窒息させられるほど長くは効力が続かないってことだ。

だが、ここには俺以外にも守護者の盾の皆がいる。

そういう好機には、必ず必要な攻撃を決めてくれるはずだ。


そう思っていたのだが、俺の攻撃自体が運悪く角で受けられてしまった。

角から顔の辺りに飛び散りはしたが、視界や呼吸に影響が無い状態だった。


これでは次に同じ攻撃はできない。

相手に警戒されてしまうからだ。


なので俺は素早く次の薬を選ぶのと同時に背後に声を掛けた。

「エスクラさん、風を。例の薬を使います」

「やるのね!了解よ」


たぶん今の俺の声は前衛にも聞こえてるから、上手く合わせてくれるはずだ。

そう言い聞かせながら、ビンを投げ付ける。

「今です!」


前衛の皆が一斉に飛び下がり風牢で相手が囲まれるのと、ビンが爆発するのは同時だっただろう。

その瞬間、ミノタウロスの絶叫が耳を打った。

余りの大声に、頭がクラクラする。


何を投げたのか?って言うと、昔使った攻撃的消臭薬の強化版だ。

あのゴブリン戦の後で、キングには効果が薄かったと聞いて、色々と改良を加えたのだ。

貴重な素材も使うので、毎回使用できるほど用意はできないが、いざと言う時に使えるように用意しているのだ。

普通の耐性持ちでは耐えられない様に改良するのには骨が折れたが、完成してからはとても役立っている。


「八、九、十、今です上へ!」

エスクラさんに風の方向を変えるように指示する。

今までの経験で、十を数えるくらいが一番効果が発揮される。

こうなれば、目も鼻も口も使えないはずだ。


風牢が解除されたのが分かった、前衛が一斉に前に出て攻撃を開始した。

見えないからだろう、剣と盾を捨てて槍と棍に持ち替えたミノタウロスが両手の武器を無茶苦茶に振り回す。

どちらも長さがあるために、なかなか踏み込めないが、それでもチクチクと足に攻撃を続け、とうとう片足を潰すことができたのだった。

丁度そのタイミングで、ミノタウロスも視界などが回復してきたようだったが、既に片足が使えないことから、それ以降に危なくなる様な場面は無かった。


そして長い戦いの最後の一撃は、珍しいことにガルさんの盾でのブチ噛ましだった。

その一撃を受けたミノタウロスは、盛大に前歯を全て折られ後ろ向きに斃れたのだ。



本当に厳しい戦いだったよ。

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