第98話

朝から侯爵邸に来て、侯爵本人と執事長の三人で話を始めていた。


内容は、思ってたよりも面倒な話から始まっていた。



現在、帝国には大きく三つの派閥がある。

帝王派、貴族派、中立派の三つで、それぞれの派閥のことは説明しなくても予想はつくだろう。

帝王派は特に宗教関係とは距離を取る姿勢でいるが、どちらかを選ぶなら旧神教だろう。

貴族派は完全に新神教の信者ばかり、中立派は旧神教寄りらしい。


今回侯爵が助けたいと思ってるのは帝王派の伯爵だと言う。

それも、かなりの新神教嫌いらしい。

侯爵も、その理由までは分かっていないらしいが、それだけ念入りに情報統制しているのだろう。


現帝王と同い年で、帝都の貴族学院では一緒に勉強していたこともあり、今でも個人的に交流があるのだとか。

その所為か貴族の中でも発言力があるのだと言う。


それなりの発言力を持っていて、帝都に近い領地を持ち、新神教嫌い。

新神教を廃絶する仲間としては、どうしても押えたい人物らしい。



だが、俺向きの依頼にはならないと言う。

起こっている問題と言うのが魔物の関係であり、討伐できるだけの実力の上級冒険者に依頼をしているが良い返事が貰えず、中断している状態だと言うのだ。


確かに、俺の星は二つになったばかりで、まだまだ初心者の域を出ていない。

侯爵にしてみれば、そんな危ない依頼を恩人の俺に受けさせたくは無いだろう。

ただ、問題になっているのがスロー・モンキーと言われると、積極的に受けてみたいと思ってしまった。

となれば、提案するしかないだろう。


「俺の仲介で高位の治療薬が準備できるし、それを相手の冒険者に付加条件として提示すれば、交渉で多少でも有利になるのでは?勿論、仲介するのだから相応の代金は払ってもらいますが、それでも本来入手自体が難しい高位の治療薬が使用でき、報酬としても貰えるとなれば、心が動くかも知れませんよ?」

「そうか!上級冒険者でも入手自体が困難な治療薬が怪我をした場合でも使えるし、報酬としても貰えるなら魅力的だろうな。確かに、あり、かもしれない」


「俺は見ず知らずの伯爵に仲介する気は無いですが、今までの付き合いがあるので侯爵様の依頼ならばですが」

「上手く行くかは分からんが、可能性はあるか・・・伯爵に提案してみても良いかもしれない。執事長はどう思う?」


「非常に良い考えだと思われます。ご主人様が御倒れになったさい、治療薬の手配もいたしましたが、中級の治療薬以上は入手すらできませんでした。それが高位の治療薬が確実に手に入るとなれば、喉から手が出るほど欲しがる者も多いかと」

「そうか。執事長が言うなら間違いも無いだろう。では、エドガーに依頼したいと思う。依頼料は・・・」


「必要無いです。今回は紹介と言うだけですし、薬の報酬は伯爵から貰いますから」

「しかし・・・」


「代わりに一つお願いが」

「何かな?」


「確かに俺は新神教廃絶を望んでいますが、積極的に前に出てやろうとは思ってません。逆に俺は目立ちたくない。今回は知らない内に新神教の起こした騒動に巻き込まれただけですし、その内容が惨かったので侯爵様に提案をしただけです。なので、今後も俺は政治的な影響力のための協力はしない。侯爵様も、そう言う意味での依頼はしないと約束ください」

「それは・・・そうか、薬師殿の秘密を守るためには、エドガー自身が目立ち過ぎるのも良く無いのだな」


「そう言うことです」

「仕方あるまい。今回の伯爵の件を最後とすると約束しよう」


「で、その伯爵と言う方の名前は?」

「メルクリウス・ド・トルナーバ伯爵と言う。ここから南東、帝都との間に領都トルナーバがある。そこで詳しい事情を直接聞いて欲しい。今から紹介状を認めるゆえ、しばらく待っていてくれ。執事長、エドガーに道中の説明を頼む」


侯爵が部屋を出て、代わりに執事長が大きな紙を持ってやって来た。


「本来御見せするのも余りよろしくは無いのですが、我が帝国の地図でございます。こちらが現在おられます我等が領都で、こちらが帝都。そしてその間のここが目的の伯爵家の領都トルナーバでございます」


ホントに帝都までの間にある領地なんだな。


「しかし問題がありまして。先程の魔物の出現場所が、帝都方面の街道を除いた三つの街道全てで起きているのです。結果四本ある街道の内一つしか使えない状況でして・・・」

「おいおい、そりゃあかなり厳しい状況じゃないか!」


「まさに仰る通りでして、何としても現状を打破したい伯爵家が無茶をする前に手を打ちたいと考えて、今回の話になっております」

「急ぎであることは分かった。だが、そうなると一つ問題がある」


「何でございましょう?」

「薬師をどうやって連れて行くかと言う問題だ。流石にあっちは生産職、体力的にも俺と同等の移動はできない。しかし薬師を連れずに向かっても意味が無い」


少なくとも途中の村までは連れて行かないと、俺の移動距離だけが馬鹿みたいに長くなるだけだ。


「なるほど、そこまで考えが至りませんでしたな。・・・では、馬か馬車を手配いたしましょう。薬師殿は乗馬はできますでしょうか?」

「それは聞いてないな。あとで確認してみよう。で、馬か馬車を手配してもらっても返す方法が無いんだが?」


「売っていただいて結構です。そのように手配しますので」

「その売った金は?」


「貰っておいてくださいませ。ご無理をお聞きくださる対価でございます」

「報酬はいらないって言っただろ?」


「ならば、これは通常のルートが通れないことに対するお詫びと言うことで」

「・・・ふぅ、分かったよ。馬車は目立つし、普通の馬を二頭頼めるか?最悪、あっちが乗馬ができなくても、俺が引いて走ることはできるだろう」


「畏まりました。そのように手配いたしましょう」



本当は俺だけだし、アンバーがいるから馬なんて必要ないんだけど、設定上、薬師が必要だし移動に足が必要になるのも普通のことだ。

気付いてなかったんなら言う必要は無かったかも知れないが、後で気付いて突っ込まれるのも面倒だしな。

取り合えず、次の街まで連れて行くぐらいで、売ってしまおう。

で、残りの行程はアンバーに走ってもらえば、早く着けるだろう。

ちょっと嘘が多くなってきて気不味いが、秘密を守るためだし、あきらめるしか無いな。



他にも細かなことを聞き、執事長が馬の手配のために部屋を出るのと入れ替わりに侯爵が戻って来た。


「待たせたね。執事長が移動のために馬を手配しに行ったのだろう?そこまで気が回らなかったよ。確かに薬師殿には急ぎの移動は難しいだろうからね」

「いえ、こっちの都合で馬を手配してもらって、ありがたいぐらいです」


「まあ、そのくらいは気にしないでくれたまえ。それより、これが紹介状だ。絶対に蝋封に傷を付けたり、剥がしたりしないようにね。犯罪者になりたくないだろう?」

「そこまでですか?」


「貴族の印章の入った蝋封は、そのままその貴族の身分証明だからね。それを貴族以外の者が傷付けることは許されないよ」

「分かりました、気を付けます」


「でだが、君は戻ってくるのかな?」

「戻ってくるとは、この街を拠点にするか?と言う意味ですか?」


「端的に言えばそうだね」

「いえ、そう言う意味ならば戻ってはきませんね」


たぶん、今回の伯爵の問題が片付いたところで帝都に向かっているかな?

その後は南に行くか、東や西に行くか決めてないけど・・・


「そうか。冒険者を縛る訳にはいかないか。何かあった時の連絡はギルド経由で良いのだね?」

「ええ、それでお願いします」


「分かった。準備もあるだろうし、馬は宿に届けさせるよ」

「ありがとうございます。では、これで失礼します」



そうして侯爵家から出ると深く息を吐いた。


俺もだが、侯爵の方も、お互いにちょっと近付き過ぎていた。

特に今回の話では、それが強く感じられた。

なので、侯爵に利するだけの政治的な影響力を求めた依頼は受けないとした。

お互いに知り合ってから、それほど経っていないのに脇が甘くなっていたのかもしれない。


そんな反省をしながらギルドに向かう。

目的は、素材の情報と購入だ。

中級以上の回復薬を作るには、色々と素材が足りてない。

その辺の情報と、在庫があれば素材を買い取りたいと考えた。


それが終わって宿に馬が届けば出発だな。



ちょっと楽しみなのは、スロー・モンキーのスキルかな?

予想通りに収納スキルを持ってると嬉しいんだが、そこは行ってからのお楽しみだろうな。

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