第92話
「女将さん!宿泊を頼むよ」
俺の声に振り向いた動物の憩い亭の女将さんは、嬉しそうに満面の笑顔で耳を頭上でピコピコさせていた。
「お帰りニャ、エドガー何泊にするニャ?」
その何気無い"お帰り”に少し嬉しくなった。
取り敢えず一週間ほどをお願いし、直ぐに部屋に入った。
部屋に入ってからは頭脳労働。
明日にはギルドを通して侯爵家に面会要請をしないと不味い。
俺が街に戻っていることはバレてるだろうからな。
そのためにも俺の頭の中を整理して、話す内容を考えておかなければならない。
となれば、一つずつ考えていかないとな。
まずは依頼を達成したことの報告だろうな。
湖の異変を謎の薬師の薬で正常に戻すって言う設定が終了したってことだな。
まあ、宿に来るまでの道すがら聞こえてきた街の人達の話では、あの変身解除時の紫色の光が見えていたらしく、何かが起きたことだけは分かっているようだった。
侯爵家なら、それが謎の薬師の仕業だとアタリをつけることもできてるんじゃないかな?
で、俺も知らなかったことにして、異変の主原因が守護者の能力が封じられて起きていたこと。
その封じられていた方法が、強制的に違う姿に変身させられことが原因だったこと。
原因であった変身を薬で解除したことで能力を発揮できるように戻ったこと。
ここまでは驚くべき内容だけど理解は可能だろう。
続きが問題なんだよな。
この問題を引き起こしたのが新神教で、その証拠にエンブレムがあって。
守護者からも、それが事実だと聞かされているって、信用されるんだろうか?
この話に信用性を持たせるとすれば、王国での話をして裏が取れれば可能かも知れないけど、それを俺が勝手にやって良いのか?どうか?
俺が発見したことだけ説明しても、それは唯一人の言葉で信用されるかは分からないし。
さて、やっぱりコレが一番難しい内容なんだよな。
現状最大勢力の宗教だし、敵にまわすには相手が悪いんだよな。
だからゼルシア様やリザベスさんも慎重に動いてたんだしな。
どうするかな?説明・・・
色々悩んだが、結局はトリニードの神殿の話をする以外に信用を得る方法を思い付かなかった。
だが、俺がそれを伝えるのは不味い気がしていたので、リザベスさんとゼルシア様に任せる方法を考えたのだ。
王国ではリザベスさんやゼルシア様。
帝国ではナイフォード侯爵家。
両方から新神教を潰すように動ければ、効果も上がるんじゃないだろうか?
そう言う考えから、両者を協力させれるように俺が架け橋的な役目になれないか?と考えた訳だ。
なので、侯爵家に俺がトリニードでのことをある程度話し、その裏付けと詳しい話を聞くようにゼルシア様に連絡を取ってもらう。
その時に、俺が一緒に手紙を添える。
俺が紹介したという体裁が必要だろうという判断だった。
そうしてゼルシア様がトリニードで神殿を潰したことの裏が取れれば、以後俺の繋いだ両者の間で、新神教潰しの連携が取れるだろうし、俺の信用にもなり、ゼルシア様やリザベスさんに俺の無事を知らせることもできるという一石三鳥の案だった。
何と言うか俺に都合が良過ぎる案ではあるが、他に思い浮かばなかったので、考えるのをあきらめた。
まあ余り使いたい方法ではないが、最終的には守護者の頼みと言って押し切るつもりだ。
侯爵家も、湖の資源が枯渇するかもしれないとなれば無視することもできないだろう。
一日休む予定で身体は休められたが、精神は疲れ切っていた。
こういう時は美味い食事だろう。
時間も随分と良い時間になってるし、土産に渡した魚とかを料理してもらうように頼んでる。
さてどんな料理になってるかな?
女将!料理の具合はどうだ?もう食べれるか?
丁度、階下にいた女将に声を掛けた。
「エドガー、もう準備できたはずニャ!私はこれから食事ニャ、一緒に食べるニャ!」
良いのか?他の客はまだだろ?
「食材を提供した特権ニャ!大丈夫ニャ!」
そういうことなら、遠慮無く食べるよ。
「急ぐニャ。生の海の魚なんて久しぶりニャ!」
女将、自分が食べたいだけじゃないのか?怪しいな。
女将の態度がおかしいと思いながら、少し遅れて食堂に行くと女将が旦那さんと言い合いをしていた。
「早く出すニャ」
「賄いにしても早過ぎるだろうが」
「良いから、食べさせるニャ」
「いやいや、そりゃあダメだろ」
「エドガーも食べるって言ってるニャ」
「エドガーはいねぇじゃねぇか」
「直ぐ来るニャ」
おいおい何やってんだよ、この夫婦は。
少し早いが、腹が減ったんで食事は食べれるかい?と声を掛けてみた。
「おう、エドガー。勿論良いぞ!ところで、ニーナも一緒に食べても良いか?」
ああ、構わないぞ。俺の方が誘われて来たんだしな。
「ニーナ、どう言うことだ?」
「そんなことは後回しニャ!早く海の魚を食べさせるニャ!」
こりゃあ女将は止まりそうも無い感じだな。
旦那に目配せして、料理を出してもらおう。
「しかたねぇなぁ、出してやるから座ってろ」
言葉は結構ぶっきら棒な感じだったが、笑顔だったので大丈夫だろう。
そう思ってるうちに、料理が並ぶ。
焼き魚や煮魚など、とても美味しそうに見える。
そういえばこの宿でも煮込み屋の
こりゃあ、期待値が限界突破しそうだ。
まずは焼き魚から食べてみる。
フォークとナイフで取り分けた身は、アツアツでふっくらしている。
口に入れれば、ほろりと崩れて、噛み締めれば魚の旨みが溢れ出す。
美味ーい!と思わず叫んでしまった。
向かいに座った女将さんを見ると、もう何も目に入らない感じで海の魚を満喫してる感じ。
こりゃあ声を掛けても無駄そうだ。
煮魚も食べてみたが、
文句の付け所も無い満点の料理だった。
アンバーも一心不乱に食べてた感じから、大満足ってとこだろう。
満足いく料理のお礼を旦那に言ってから部屋に戻る。
一緒に食べてた女将さんは、食べ終わってから一直線に旦那さんに抱き付きに行ってた。
そこは目の毒だと見ない振りをしたのは言うまでも無いだろう。
『アンバー、魚料理美味かったか?』
『美味しかった!エドガーが作るのも美味しかったけど、今日のはもっと美味しかった!』
そりゃあそうだろう。
俺も料理スキルは持ってるが、野営で作れる料理なんて種類も内容も知れてる。
流石に専門で料理を作ってる街の料理人には
でも、そうだな、もし収納が増えるようなら、もう少し料理の道具とか調味料を揃えても良いかもしれないな。
俺も美味い料理が食べたいし、悪くは無いアイデアだろう。
俺は、すっかり明日の面倒な侯爵家との話し合いのことを忘れていたのだった。
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