第93話

昨日は美味い食事を食べて上機嫌だったせいで、すっかり今日のことを忘れられていた。

が、何時までも忘れていて良いものでもない。

少々重く感じる足取りで冒険者ギルドに報告に向かわなくてはならなかった。


受付で指名依頼の件を話し、ギルド経由で依頼主である侯爵家に連絡をしてもらう心算だったのだが、既に侯爵家の方から連絡が入っていた。

内容は、直接屋敷に来てくれってことである。


ここまで手を廻されて行かないって選択は無い。

ホントに気が重くて行きたくない気持ちで一杯だったが、説明をしないという選択も無い。

何せ、彼女と約束してしまったのだから。


少々ゆっくりではあるが、トボトボと歩いて侯爵邸に向かうことにした。


ゆっくり歩いたところで、いくら大きな街でも中心地にある侯爵邸までは、それほどの時間は掛からない。

目の前に見えてきた侯爵邸の門に、精神的な負荷を感じる。

俺自身が分かってることだが、説明が面倒で投げ出したいと思ってる証拠だった。

それでも歩くのは、それが必要なことだとは理解できているからだった。


門に到着し、門衛に訪問に理由を告げると直ぐに連絡係の人間が走り出した。

俺のことは事前に伝えられていたようで、真っ直ぐ屋敷の玄関に向かうよう指示される。


門の横にある通用口の様な扉から中に入り、正面に見えている屋敷の玄関を目指して歩き始めた。

この段階になると流石に、面倒とか言ってられる状況でも無いので、腹を括ることにした。

心の中で呪文のように、彼女との約束と繰り返して根性を入れる。

もう少しで玄関という所で、大きな両開きの玄関が開き、執事長が現れた。


「お待ちしていましたエドガー殿。旦那様がお待ちです」

ああーやっぱり待機してましたか・・・


依頼の件の報告に来ましたと告げ、執事長の後に続いて玄関を潜ったのだった。

行く先は、どうやら前回と同じ部屋のようだった。


部屋には既に侯爵様が待っていて、よく来てくれたと声を掛けられた。

俺も簡単な挨拶と、依頼を達成したので、その報告に来たことを告げた。


「で、報告と言うことだが、説明願えるかな?」

その言葉は予想通りで、答えも決まっていた。


これから説明することは非常に納得し難い内容が含まれますが、最後まで聞いていただきたい。

それでも質問があるなら説明が終わってからにしてください。


そう前置きをして説明を始めるのだった。



今回は極力本当のことを話すように考えたが、どうしても俺とアンバーと彼女のことはボカスなり嘘を吐く必要があったのだ。

俺が説明した内容は、このような内容だった。



侯爵家で指名依頼をしてもらい、ギルドで掴んだ情報を元に仲介している薬師と合流後、髑髏草の採取に向かった。

情報は正しくて、直ぐに目的地で髑髏草を発見。

加工をして次の採取物を探しに移動した。


全ての素材が集まったのは街を出てから四日後で、五日後には調合を開始。

翌日には薬が完成して、街に向かった。

街に到着したのは二日前だったが街には入らず、そのまま湖の島に渡った。

島に到着できたのは夜間で、そのまま薬師に同行して守護者の治療にあたった。


薬によって守護者は元に戻り、その時に紫色の光を発した。

それは街でも確認できたことだと思う。


翌日の昨日、街に入り宿で一晩休息を取り、本日説明に伺ったという状況である。

 

これが大まかな状況説明であり、守護者からはそう遠くない内に湖は元に戻ると聞いていることを伝えた。


で、これからが細かい説明だ。


まず守護者の不調の原因が、強制変身魔法によって姿を変えられたことで能力が封じられたことだった。


では、誰がそんなことをしたのか?その犯人は誰なのか?だが、これが信じ難い内容だった。


犯人は、新神教の神官が十名だったらしい。

これは守護者から直接聞いたことだ。

その証拠として、守護者から抵抗した時に奪い取った、このエンブレムを預かっている。

そう言ってポケットからエンブレムを出した。


薬によって、元の姿に戻り能力を取り戻した守護者は、既に湖の正常化に力を注いでいる。

そして守護者からの願いで、侯爵家に領都及び湖の周辺での新神教の廃絶を頼まれている。


俺としても新神教は信用できないので全面的に賛成だ。

理由は、俺が勝手に話せることでは無いので勘弁して欲しい。

ただ問い合わせてもらえば、情報は貰えるかもしれないし、今後新神教廃絶の協力や情報交換などができるようになるかもしれない。


それについて興味はありますか?


とまあ、こんな説明をしたのだが、侯爵様も執事長も内容が凄過ぎて思考がついていかなかったみたいだった。



「その証拠のエンブレムを見る限り、本当に新神教がこの問題を起こしたのだな?」

その質問に対して、無駄なことは言わずに黙って頷いた。


「そうか、何か良からぬことをしていると帝国内でも噂にはなっていたのだが、やはりか」

その言葉を聞いて頭に過ぎったのは、人身売買という言葉だった。


それは神殿がやっている孤児院での人身売買でしょうか?

俺の質問に侯爵は「何故知っている?・・・いや、知っているからこその新神教廃絶と情報交換の提案か」

その言葉に、またも頷くことで答える。


「どこまで話せる?」

私のことだけであれば。


そう言って、俺自身の出自、そしてその時見たことを話すことにしたのだった。


俺が四歳の時に両親を流行病で亡くしたこと。

その後、新神教の孤児院へ預けられたこと。

そこで奉仕作業の神殿の清掃をしていたこと。

神殿の清掃中に隠し通路を発見したこと。

子供ながらの好奇心で、その隠し通路を探検したこと。

そして・・・その隠し通路で神官の不正の証拠を見てしまったこと。


「なっ!なんと、それは・・・」

本当ですが、一人ではどうにもできませんでした。


「では?」

信用できる、力のある協力者を探すために十年我慢しました。


「では、協力者が見つかったのだな?」

そうです、そして協力者が、ある神殿を秘密裏に制圧しました。


「制圧・・・証拠は?」

全て押さえたと聞いています。


「では、協力体制を構築できれば、その情報も得られると思っても?」

私の仲介があれば可能かと。


「何とっ!薬師のみならず、そっちの仲介もとは、まさに仲介人だな!」

いえ、まだまだ私は若輩、仲介できる相手も限られています。


それから細かな話を詰めることになった。

主に、協力体制構築の方法とその相手のことなどを話したのだ。


当時の俺は、まだ成人したばかりで何もできなかった。

なので協力者を探し、それを運良く見付けることができた。


それがカルク・マンナム王国、トリニードの冒険者ギルド関係者であるリザベスさんとゼルシア様。

特にゼルシア様は、カルク・マンナム王国ギルド本部で副本部長を勤めたこともある方だった。


そしてトリニードの神殿を制圧し、そこを拠点に新神教の情報収集を進めている。



「では、エドガーの仲介でゼルシア殿との協力関係を築きたい」

分かりました、私の手紙を同封させてもらいましょう。

それで、あちらにも私が話をして協力を打診したことが分かるでしょう。

ただそれとは別に、この街の神殿を極秘に調査しておく方が良いと思います。

先の問題を起こしたのが、この街の神殿なのか、それとも別口なのかだけでも分かれば、対処の仕方が変わるかも知れません。

ただし、神殿との付き合いは急に変えてはいけません、神殿側に怪しまれますから。

それに湖の守護者を害するような大それたことをする可能性も伝えた方が、お互いで情報共有するという方針に沿っているかと思います。


「エドガーの言う通りだろう。協力とはどちらか一方だけが利を得ていては成り立たんからな。こちらの手紙はそのように用意する。エドガーも紹介状を書いてくれ」

畏まりました。


ああー、これで面倒な話し合いは終わりだ。

後は紹介状を書けば良い。

はぁー、無事に終わりそうで何よりだ。


『ねぇ、あの時の舟のこと話さなくて良いの?』

不意に投げ掛けられたアンバーの言葉で、漁業ギルドの舟が島に向かっていたことを思い出した。

・・・何か問題になりそうだけど、伝えない訳には行かないなぁ。


なので「侯爵様」と話しかけるしかなかった。


実は薬師と島に渡る前、湖に漁業ギルドの舟が出ていました。

行く先は島だったようですが、突風に押し戻されて進めなかった様子でした。

ただ、その後も何度か同じことを繰り返していました。

私のお願いとして、島への干渉はしないように頼んだと思うのですが?

「確かに通達を出しているぞ!執事長、直ぐに調査しろ!他からの証言が取れしだい、ギルド長に出頭させよ。私が直接問い質す!」


あらら、こりゃあ大事になるんじゃないか?


「まさか私の通達を無視するとは・・・」


あーここにいない方が良さそうだな。


私は一度退出しましょう。

明日にでも、紹介状をお持ちします。

「そうだな。ギルド長の件は私が適切に処理するよ。手間を掛けるが紹介状を頼む」




その侯爵の言葉を聞いてから、俺はやっと侯爵邸を後にすることができたのだった。

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