第90話

街までの帰り道は、何故かアンバーが狩猟魂を爆発させ自分の食事用の肉を鹿に猪、兎に熊と大量に獲物を狩ってきた。

俺は、その獲物を解体したり料理したりと忙しかったよ。

そのおかげで、三日の行程が半日ほどズレ込んだが、元から期日より早目に帰る予定だったので問題は無かったのだ。

二日ほど大量に買い込んだ魚料理が続いた所為で肉が食べたかったのかも知れないなぁ?と後で気付いた。


街に戻ろうかとも思ったのだが、何となく嫌な予感がヒシヒシと感じられる。

これは早急に湖の問題を解決してから、事後報告した方が良い気がしてきた。

こういう勘は大事にしろと教えられたし、その教えに従おう。


街の中での何が嫌な予感に結び付くのか全く想像できないし、街門を見ただけで方向転換して先に湖の問題を片付けることにした。

そうなれば、また夜まで野営モドキで時間を潰しつつ、食事と休憩である。

肉も魚も野菜もあるし、色々少しづつ作ってアンバーの好みを探してみるのも面白しろそうだ。


前回と同じ場所まで移動して料理の用意をしていると、アンバーが話し掛けてきた。


『エドガー、何か船が島に向かってるよ』

その言葉に、そんなはずは無い!と視線を向ける。

勿論、俺の目で普通に見たのでは全く見えないだろうから遠見スキルを全開にした。


確かに船が向かってる。

乗っているのは三人だな。

漁業ギルドのギルド長と他二人。


『おかしいな?侯爵家から連絡してもらってるはずなんだが・・・』

『どうするの?』

『あそこまで行ってると止めようが無いんだよな』

『止めれるよ。風で押し戻せば良い?』

そういえば、風魔法の上位スキルである嵐風魔術師スキルを持ってたな、忘れてたわ!


『アンバーお願いできるか?島に辿り着けないようにしてくれよ』

『分かったぁ!う~ん、えいっ!』


アンバーの随分と気の抜けた掛け声が聞こえた直後、目の前の湖の状況が一転した。

穏やかで微かな波しか無かった水面は、突如激しい風を伴い大きくうねり街の方角に吹き付け始めたのだ。

風の正面に立っていない俺ですら、踏ん張っていなければ立っているのも難しいほどの風である。

その風がおこす波も相当で、漁業ギルド長の乗った舟も、今にも波に飲まれそうに水面を右往左往しているようだった。

流石に、舟を転覆させるのはやり過ぎかと思い、アンバーを止めようかと思ったが、舟が街の方まで波に押し戻された所で風がんだ。


『これで良かった?』

『良い感じだ!また、舟で島に行きそうだったら、同じようにできるか?』

『できるよ。簡単!』

『よっし!なら、アンバーに美味しい料理を食べさせてやるからな』

『やったー!』


とてもさっきの天候を操ったような魔法を使ったとは思えない、気の抜けた喜び声に俺の肩の力も抜けた。

神獣の子供だと知っているしスキルを大量に持っているのも知っているが、その力を見せられると改めて『ああー凄い力を持ってるんだなぁ』と関心する心半分『俺には向けないで欲しい』気持ち半分の複雑な心境になった。


それから二度ほどギルド長が無謀な行動に出たが、全てアンバーの魔法で振り出しに戻ってもらった。

流石に四度目の挑戦はしないようで、最後は舟を陸に引き上げてた。

陽も傾いてきたし時間的にも無理だったのだろう。


街に入る前に感じた嫌な予感は、あのギルド長の行動によるものだったかも知れないな。


アンバーに島まで乗せてもらうために、しっかりと料理を用意して食事をしてもらった。

俺もアンバーも準備は万端だが、まだ時間が早い。

完全に暗くなってからでなければ、アンバーの姿を見られるかもしれないから慎重に行動しないとな。


更に時間を置いてから、やっと動き出す。

前回同様にアンバーに乗って空をかける。

アンバーの速度なら、アッと言う間である。

同じように中央の小さな池に辿り着いてアンバーに声を掛けてもらった。


『アンバーだよ。薬を持って来たよ』

アンバーの声に反応するように池に波紋が浮かび、その中心に小さな魚が顔を出した。


『よく来てくれたわ。間に合ったのね、ありがとう』

ビュルギャがお礼を言ってきた。


『お礼を言うのは早いですよ。まずは変身解除薬を試してください。上手くいくと思いますが、確証は無いので・・・』

人間が人間のために作る薬で眷属に効果があるのか?それは俺にも分からないからだ。


『そうね、分かったわ。アンバー、私に振りかけてくれるかしら?』

『良いよぉ』と返事をしたアンバーは、俺の手から薬を咥え取って行った。


水際に寄って来たビュルギャにアンバーが咥えた瓶が傾けられる。

チョロチョロと掛けられた薬はビュルギャの身体を覆うように纏わり着き、次第に光を放ち出す。

薬の色と同じ紫色の光が段々と強くなり、次第に直視できなくなってきた。

眩しさに目の前に手を翳し、光を遮る。


「今度はきちんと言えるわ、ありがとう。もうダメかと思って、あきらめかけていたのよ」

光っていた時間は短かったが、強い光を見た影響で視界が暗闇に慣れずに暗く感じる中ビュルギャの声が普通に聞こえたことに驚く。

そこで初めて元の姿に戻ったビュルギャを見た。

一糸纏わぬ美しい女性の姿をしていて、体の周りに荒れ狂う水が渦巻いていた。

その水が渦巻いているお陰で見えない所が多いので、何とか冷静に話をできそうだ。


『良かったね、ビュルギャ。エドガーは良い人間だから、仲良くしてあげてね』

『ええ、そうね。お礼もしないとね』

何か、俺をのけ者にして話が進みそうなので、間に割って入ることにする。


お礼は特に必要ないけど、それより話を聞かせていただけませんか?

「何が聞きたいの?」


あなたに変身の魔法を掛けた者達のことが聞きたいのです。

「そう、探してくれるってことかしら?」


その気もありますが、同じことが起きないようにするためにも必要な情報だと思うのです。

「そう止めようとしてくれるのね。アンバーが言う通り良い人なのね。でも、前に話した通りのことぐらいしか憶えていないのよ」


他に何か思い出しませんか?

「そうねぇ、そう言っても・・・そういえば、変身の魔法を掛けられる時に抵抗して少し暴れたわ。その時に首に掛けていた装飾品が、この池に落ちたのよ。まだあるかしら?」


それ!それを探してもらえませんか?

それがあれば、再犯を止められるかもしれません。

「そうなの?少し待ってもらえるかしら。探してみるわ」


ビュルギャは、そう言って目を閉じた。

数秒で目を開いた彼女は一言「見つけたわ」と言って手を池に翳す。


手を翳された池の水が泡立ち、そこに見たことのある首飾りが浮かび上がってきた。

『間違いない!あれは新神教のエンブレムだ!』


「これで良かったのかしら?」

ええ、これが証拠になります。


「そう再犯が防止できるなら、嬉しいわ」

任せてください、ここの領主を説得して見せますよ!


「余り長く話をするのは良く無いの。私達、眷属は力を持ち過ぎているから。だから最後に、エドガーにお礼を」



彼女は止める間も無く何かを呟いた。

次の瞬間『ビュルギャよりスキルが贈られました』と言う声が聞こえたのだった。

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