第89話

手に感触はあるものの、全く姿が見えないインビジブル・レタスを無くさないように水面に向かう。


「バシャッ!」と水音を立てながら水面から顔を出すと、空かさずアンバーが『あった?』と聞いてきた。

『おうっ!バッチリ見つけたぞ。目に見えないけどな』と手を見せる。


『何も無いよ』

『だから水中だと目に見えないんだって』と手を水中から出せば、遠目に見ればガラス細工でできた植物の様な見た目のインビジブル・レタスが目視できた。


『ホントだ!スゴイ!』

『俺も資料や図鑑で読んだだけで、本物は初めて見たよ』


そんな会話をしつつ、水から上がり身体を拭く。

下着はビショビショなので交換して、服を着たり、荷物を整理して片付けたりして洞窟を出る。


インビジブル・レタス探しで時間を取られたことで、潮が満ち始める時間になっていたのか来た時よりも水深が深くなっていた。

時間的にギリギリだったようで、あのタイミングでインビジブル・レタスが見つからなかったら洞窟に閉じ込められていただろう。

そう思った瞬間「ブルッ」と背筋が寒くなった。


岩場から離れ、海岸を歩きながら今後の予定を考える。

素材が割りと問題無く見つかったことで日程的には余裕ができている。

ここから直接戻るなら、三日程の行程だろう。

ここまでに四日使っていることを考えても、残り三日で調合に一日潰れる。


そう考えれば、一日ぐらいはのんびりできそうである。

明日は朝からメドウの村に行って、新鮮な魚や干物を買いたい。

だって、アンバーが期待してたし、俺も食べてみたいんだ。


で、昼頃から調合に掛かれば朝までに薬ができるだろうし、再度魚などを買い込んでから仮眠を取って出発すれば充分間に合うだろうと言う、ちょっと強引な予定を考えた。

アンバーにも確認したが、気持ちが海の魚に行ってしまっていて、何を聞いても『美味しい魚が食べれるなら、頑張る』って答えしか返ってこないんだ。

何でこんなに食いしん坊になってしまったのだろうか?

えっ!俺の所為?・・・そうなんだろうか?生活スタイルの違いの方が大きいんじゃないか?

まあ、そんな話は棚上げだ。

今は野営の準備をして、食事をしよう。

何せ腹が減ったよ!



何とか素材を揃えられた翌朝。

起きて最初にやるのは、村への訪問だった。

村長宅に向かい、無事に素材が手に入ったことの礼を言って、ついでに魚が買いたいと申し出たのだ。


村長は快く漁師の家を紹介してくれて、そこで今朝獲れた新鮮な魚や干物などを大量に購入した。

漁師も、大量に購入する俺に気分が良くなったのか、オマケをしてくれたりした。


その時に世間話をしたのだが、この村の漁師は毎日海に出る訳ではないらしい。

通常は二日に一回漁に出て、一日は漁に使う網を直したり、船を整備したりしているらしい。

つまり明日の朝は魚が買えないということもあっての大量購入だった。


魚が買えないなら村に留まる必要性も無いし、村を離れることにしたのだった。


元来た道と言うか、行程を戻るように進む。

丁度昼近くに野営に向いた場所を発見したので、そこで昼食と調合をする事にする。


まずは頑張ってくれたアンバーのために、大量に購入してきた新鮮な魚を食べさせてやることにした。

一匹だけ生の魚を出してみたが、焼いた魚を食べたら「もう生はいらない」と言われてしまった。

そのまま合計三十匹ほどの魚を焼き、その全てがアンバーの腹に収まってしまった。

俺が食べたのは小型の魚を二匹だけで、アンバーの食べた魚の一匹分にもならない量だった。


『アンバー、海の魚は美味しかったか?』

『美味しかった!今度は別の魚も食べて見たい』

『そうか、じゃあ今度来ることがあったら、別の魚も試してみような』


そんな食後の会話をしつつお茶を飲んでいた。


というのも、ゆっくりできるのも今だけで、調合が始まれば手が離せなくなるからだった。

一番難しくて面倒な部分は終わっているが、これからの作業は時間が掛かる工程が多いのだ。



まず、カメレオン・ケルプとインビジブル・レタスの根をみじん切りにして混ぜ合わせる。

擂鉢で完全に形が無くなるまで擂り潰すと、ネバネバの状態になるので、そこに薬研で擂り潰して粉末にした数種類の薬草を加える。

根気良く混ぜ合わせ、均一になるまでひたすら混ぜ続ける。


均一に混ざったら、火に掛けてゆっくりと温める。

温めながらも混ぜ続け、水分が半分程度になったら、無毒化した髑髏草の液体と残りの薬草を入れる。

火を弱火にして、焦げ付かないように更に混ぜ続け、乾燥しないように適宜水を足しつつ、状態を確認する。


弱火で加熱し続けると、どこかのタイミングで色が変わり始める。

色は順番に濃緑、緑、黄緑、黄、橙、赤、紫、青と変わるので、紫のところで火を止め、ゆっくりと冷めるのを待つ。


何故紫か?と言うと、変身させられてからの日数を逆算して、その色になった。

仮に日数の逆算ができない時は、別の薬草を追加しなければならなくなる。

その薬草は非常に珍しくて、この大陸には無いので日数の逆算ができて良かった。

最後に冷めたら濾過して、液体だけを瓶詰めすれば薬の完成だ。


ネバネバに粉末を均一に混ぜるのも時間が掛かるし、色の変化が起きるまで弱火で加熱するのも時間が掛かる。

結局、昼過ぎから始めた調合は夜通し掛かり、空が微かに明るくなり始めていた。


流石に徹夜で調合するのは神経を使うし疲れた。

ちょっと仮眠をとってから帰ろうかな。


昼前まで仮眠をとって、早めの食事をすませる。

野営や調合の道具などを片付け、アンバーに乗れば、後は一路街に帰るだけだ。


変身解除薬は完成したが、実はそれで問題の解決では無い。

問題は、新神教が神の眷属に不敬な行いをしたことであり、その証拠が必要になる。

そうでなければ、侯爵家に新神教の悪事の報告ができないし、また同じことが起きる可能性があるからだ。



何か決定的な証拠でもあれば良いのだが・・・

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