第79話
折角メイド長に店を教えてもらえることになったが、侯爵がなかなか解放してくれずズルズルと夕方まで引き止められてしまった。
流石に「夕食も一緒に」と言う誘いは丁重に断って、やっと屋敷を出た頃には陽も落ち始め薄暗くなり出していた。
『アンバー疲れたから、美味しいもの食べに行こうな』
『美味しいもの!食べる!』
ほんと、アンバーが食いしん坊になってきたなぁ。
楽しんでるみたいだから良いんだろうけど・・・あのキノコが発端かな?
メイド長に教えてもらった店は三つ。
焼きものが美味しいとこ、煮物が美味しいとこ、魚介を専門にしてるとこなんだが、今日は遅くなったし宿に一番近い煮物の美味しいとこに行くことにした。
店の名前は煮込み屋、そのまんまだな。
肉でも野菜でも魚でも、それぞれにあった煮込み方で調理しているらしくて、評判が良いらしい。
メイド長が
料理を注文するのだが、なかなかに珍しい物が多い。
どれを選んで良いのか判断に困り「店員さんのオススメって何かある?」と個室に案内してくれた女性店員に聞いてみた。
「初めてなんですよね?だったらまず、この店の名物料理"
とりあえず一人分を頼み、それ以外にもアンバーが食べるだろうと魚の煮物なども注文しておいた。
煮物なので煮込まれた物があるのだろう、配膳されるのに時間も掛からず目の前に料理が届いた。
魚の煮物は分かるし見たことのある外見だ。
だが
まず
何と言うか透明感のある黒?
スプーンで掬うと濃い茶色であると分かったが、見た目は黒である。
一瞬、焦げてるのでは?と疑いたくなる色である。
ただ、香りはとても良い。
疑った焦げ臭さなど微塵も無い。
黒さを除けば、美味しそうに感じるだろう。
続いてヤトハ蒸しは、煮込みと逆に真っ白である。
つやつやした白いつぶつぶした物が皿にこんもり盛られているのだ。
そのつぶつぶを見て思い出したのは、まだ孤児院にいた時の神殿の清掃の時のことだった。
清掃をしていたら礼拝所のベンチの裏側に、これと似たようなつぶつぶを見つけたのだ。
神官が「それは孔雀蜘蛛の卵です。放置すると子蜘蛛が大量に生まれてしまいますから、全部取って外へ捨てて下さい」と言っていた。
まさにその蜘蛛の卵が、もしつやつやしてたらヤトハ蒸しにそっくりだったのだ。
まさかとは思うが、これは蜘蛛の卵を蒸した物・・・ってことは無いよな?
店員の女性が食べたことの無い料理の説明をしてくれるらしい。
どうも俺が料理に手を付けないので、説明した方が良いと判断したみたいだ。
「大豆のソースの煮込みは、小指の先くらいの豆を使って作ったソースを使って野菜や根菜、肉などを煮込んだ料理です。見た目は黒っぽいですが、煮込む事で煮詰まったせいで、元は濃い茶色です。味は甘塩っぱい感じです。ヤトハ蒸しは麦に似た穀物を蒸した料理です。パンには向かない穀物で、帝国では蒸して団子にしたりするそうです。この店では団子にせず、そのまま蒸した物を提供してます。噛み締めるとほのかに甘いですよ」
良かった、蜘蛛の卵を蒸した物じゃなくて穀物を蒸した物だったか。
説明を聞いたことで安心できたので、料理を食べてみる。
「・・・美味い」
煮物の色から、もっと濃い味をイメージしてたが、そんな事はなかった。
説明通りに甘塩っぱい感じで、しかしその中に野菜や肉のそれぞれの味も感じられる。
続いてヤトハ蒸しにも挑戦。
一口食べた瞬間は余り味を感じないが、噛み締めるとほのかな甘みを感じる。
まさに説明通りの味である。
だが、ポイントはそこじゃなかった。
ヤトハ蒸しは煮物の味を膨らませるのだ。
つい煮物、ヤトハ、煮物、ヤトハと交互に食べてしまう。
とても一人分では足りない。
足元でアンバーも魚の煮物を気に入ったのか、早々におかわりを要求してきた。
店員を呼んで、色々聞きながら追加の料理を注文する。
優に五・六人分はあろうかという量を頼んだ俺達にビックリしながら注文を受けてくれた。
仮にも冒険者、頼んだものは残さない。
しっかりと食べきって、支払いをする。
店を出たところでアンバーと『『また来よう』』とハモるぐらい満足したのだった。
いや、本当に美味かったよ。
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