第80話

昨夜は侯爵家のメイド長のおかげで美味い飯が食べられた。

アンバーも大満足してたし、紹介された残り二件も期待できそうだ。


何だかんだと引き止められて夕方になってしまったため、仕方なく同じ高級宿に戻ってきてしまったが、本来なら俺が泊まるような場所では無い。

ギルドで紹介してもらうなりして、今日は宿泊する宿を変えるべきだろう。


ってことで、冒険者ギルドに行く事にする。

ついでに、ザーレが売ったキノコの代金を確認しとかないとな。

金額は提示された最低額で統一するように指示してるから、まあ一人金貨一枚として七人で七枚かな、それでもボロ儲けだな。

昨日の侯爵家の報酬を合わせると金貨十九枚。

俺の手持を合計すると、金貨三十七枚ちょっとか、ちょっとした家なら即金で買えるな。


それと適当な依頼も探しておくか。

他には・・・あっ!旧神教の神殿が無いかな?

あれば、行って見たい。

今の俺があるのは全て旧神教のお陰だしな。


と言う事は、ギルドでやるべきは四つか、早目に行こう。


指名依頼も片付いたので宿を引き払い、その足でギルドに向かう。

到着して見た、この街のギルドは一区画全部を敷地としていてデカかった。

同じ建物の中に冒険者、薬師、商業、建築の四つのギルドが同居しており、驚いたことに建物の中を荷馬車が通り抜けていくのだ。


思わず「ホェー」と見てしまったが、目的を思い出し受付を探す。

受付だけでも三十はありそうで、冒険者向けの受付は左側に用意されていた。


受付に行き用件を告げると、直ぐに商談用の部屋に通される。

キノコの件は他人には聞かせられないからだろう。


上役らしい男性が入ってきて金額を教えてくれたが、その金額を聞いて思考が止まった。


「大丈夫ですか?金額が大きいので驚くのは分かりますが、受け取りにサインをください」


男性が一生懸命何か言っているが、頭に入ってこない。

金貨七枚ぐらいだと思ってたのに、金貨七十枚ってどういう事だ!

何で全員が予想の十倍も払ってるんだよー!

馬鹿じゃないのか!

そう叫びたかったが、それは何とか我慢した。

深く深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

何度か同じ事を繰り返して、六回ほどで落ち着いてきた。


「えーっとサインだったな。これで良いのか?」

「ええ、問題無いです。それで金貨はどうされます?」


どうするべきだろうか?

金貨十枚で、中金貨一枚。

中金貨十枚で、大金貨一枚。

つまり金貨百枚は、大金貨一枚になる。

手持ちの金貨三十枚と代金の七十枚を足せば、大金貨一枚になって場所もとらないし持ち運びはし易い。

だが、それをすると残るのは金貨一枚に満たない金額の銅貨と銀貨だけになる。

その金額では、この街に滞在するには少なく感じてしまう。


まあ良いか、どっちみち依頼も受けようと思ってるし、そっちで稼いで滞在費にまわそう。


「手持ちの金貨三十枚を渡すから、大金貨に換えてくれるか?」

「ええ可能ですよ、金貨百枚は持ち運ぶのには邪魔ですからね」


換金の手続き中に、依頼の物色と聞きたい事を確認しておくつもりで部屋を出る。

本当は侯爵家の指名依頼の達成手続きも必要なのだが、それは侯爵家がやると言っていたので、俺は手を出さない。

色々貴族としてすべき事があるらしいからだ。


依頼の掲示板には、これといって興味を惹かれる物が無く、ちょっと保留する事に。

仕方なく、宿の紹介と旧神教の神殿のことを聞きに受け付けに向かった。


宿屋は今朝出発した商隊が泊まっていた宿がまとめて空いたはずだというので、そこを紹介してもらう。

あと旧神教の神殿は、今は漁業ギルドの建物として使われているらしい。

ただ、礼拝室は残っていて、新神教徒で無い人達が参拝に行くことがあるんだと言う。

新神教徒で無い人達って言えば、通常の人間種以外はみんな旧神教徒だろうから必要なんだろう。


丁度聞き終わったところに換金したお金を持って来たので、まあ礼拝できるなら良いかなとお金を受け取り、受付をあとにする。

ついでにちょっとだけ薬師ギルドの掲示板をのぞいてからギルドを出て宿に向かう。


ちなみに薬師ギルドの掲示板に出てた依頼は、特に珍しい物は無かった。

普通の回復薬とか解毒薬とかばかりだったのだ。


でもこれが普通だろうな、珍しい薬を依頼に出すなんて面倒なことをするぐらいなら直接薬師に頼むだろうし。


キノコの買取が高額だった事を除けば、特に問題は無かった。

宿もきちんと紹介されたし、旧神教の神殿も聞いた。

ってことで、まずは腹ごしらえしながら宿に向かう。

その後、時間があれば漁業ギルドになってる旧神教の神殿に行ってみよう。


そんな感じの予定で、通りを歩きながら肉や魚の串焼きなどを買っては食べる。

ただ、昨日の料理が美味過ぎたせいか、どれも物足りなく感じてしまった。


美味い飯には、こんな問題が潜んでたか!困ったな。

この辺を上手く切り換えれないと食費がかさみそうだな。


そんな他愛も無い問題を抱えながら、宿屋に到着。

宿屋は"動物の憩い亭"って名前だった。


何故に?動物?人じゃないのか?

変わった名前の宿だなぁ。

何で動物を前面に押し出してるんだろう?


そんな疑問を胸に、宿に入ってビックリ!

宿の中には犬、猫、鳥、栗鼠、と目についただけで四種類の動物がクッションの上で寛いでいた。


「いらっしゃーい。宿泊ですかニャ?」


ただでさえ驚いているのに、出てきた宿の人間は滅多に見ない猫の獣人の女性だったので更に驚くことになった。


「え、え、えっと、宿の方であってるのかな?」

「そうだニャ。女将ニャ」

更に驚き!宿の女将なの?


「ギルドの紹介で、相棒のコイツと一緒に宿泊を頼みたい」と肩のアンバーを撫でる。

驚きのピークが過ぎて、少し落ち着いたので分かったのだが、ギルドの職員はアンバーがいたから、この宿を紹介してくれたんではないかな?


「その子気になってたニャ。長毛の子は珍しいニャ」

宿泊の手続きもせずに、女将とそんな会話をしてると奥から男性が出てきた。


「ニーナ、お客さんか?」

男性は、女将の旦那かな?ごく普通の人間種だった。


「そうニャ、宿泊の手続きニャ」と慌てて宿帳を出してくる。


「すまないな。この子を連れてたんで、話し込んでしまった」と謝っておく。

「ほうっ、こりゃあ珍しい長毛の猫ちゃんか!可愛いな!」

「あんた!、浮気かニャ!フー」旦那の後ろで女将が宿帳を持ったまま威嚇してる。


えーっと、猫の獣人って動物の猫にも嫉妬するのか?


宿帳を振り上げて威嚇する女将と、平謝りしてる旦那、それを見てる俺とアンバー。

何と言うか、宿屋の玄関がカオスになってた。


俺は止めて良いものか迷ってたんだが、他の宿泊客は気にしてないようで「また夫婦喧嘩してるのか?いい加減にしなよ」と笑って通り過ぎて行く。

これがのことなのか?と思いながらも、二人が落ち着くのを待つしかなかった。


しばらくして「持たせて悪かったニャ」と謝りながら、女将が宿泊の手続きをしてくれた。

横で旦那が「うちの宿は動物好きの定宿になってるんだ。嫁の他に馬の獣人がいて、そいつが厩舎の世話をしてるんだ。お陰で商隊なんかも馬を持ってるから良く利用してくれる」と宿のことを話してくれた。


やっぱり、予想通りだな。

アンバーを連れてるから、この宿を紹介してくれたんだろう。



それにしても、面白くも珍しい宿があったもんだ。

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