第77話

どうやら俺の目がおかしいのでは無く、依頼人の母親が若作りだったようだ。


部屋に入った後、扉を閉めた途端に執事長と依頼人から謝罪入りの挨拶を受け、その後二人の女性を紹介してもらったのだ。

で、予想通り部屋にいたのは、侯爵の奥方で彼等の母親と依頼人もとい長男と長女で妹だった訳だ。


当主であるカロルスト・ド・ナイフォード侯爵が治療対象。

で、今紹介されたのが、その奥方でメルシア・ル・ナイフォード侯爵夫人。

息子で依頼人のジールドア・ド・ナイフォード侯爵令息。

妹のルフェーシル・ル・ナイフォード侯爵令嬢。

四人家族な訳だな。

ちなみに貴族の男性はを名前と苗字の間に入れ、貴族女性はを入れるんだとのことだった。


それと謝罪やらは、俺が本当に薬を手に入れて来ると思ってなかったとか、素材関連で指摘した内容を信じてなかったとかだった。

結局のところ、俺がいない間に素材関連のことを極秘裏に調査させたら、俺の言ったことが正しかったと分かったり、俺が戻って来たことで俺への罪悪感が出てきたようだった。


俺としちゃあ、そんな事じゃあ政敵とわたりあえんだろうと思う気持ちの方が強い。

だって、恩を感じて多少でも後ろ盾をして欲しいっていう気持ちがあるんだから、政敵にやられてもらっては困るのだ。


まあ前置きはここまでにして、本題の話をしよう。


「ここに解呪薬を持ってきました」と抱えていた荷物から薬の入った容器を取り出す。

同時にアンバーが俺の足元に飛び降りた。

・・・しまった!


「すいません。俺の相棒のアンバーです。宿に置いとく訳にもいかなかったので」「「あら!可愛らしい!」わ!」・・・」

俺の謝罪は二人の女性に遮られてしまったようだ。


「そういえば、依頼の時も肩に乗せておられましたね」と背後から執事長に言われ「ええ」と肯定する。


他の三人も子猫一匹程度構わないとの事で、アンバーはそのままに話を続けることになった。


「さっき中途半端になってしまいましたが、これが解呪薬です。どうぞ確認を」と執事長に渡す。

受け取った執事長は、薬を持って棚にある箱の上に乗せていた。


何、あれ?

たぶん、薬を確認する何かだと思うが、俺は見たことが無い。


「冒険者であるエドガー様には見慣れない道具でしょうが、こちらは薬師ギルドで使われておりますの魔道具でございます」

執事長が、俺の不思議そうな顔を見て説明してくれたらしい。


へぇー薬の種類なんかを確認できる、そんな便利なもんがあるんだな。


少し待っていると「鑑定が終わりました。エドガー様のお持ちになった薬は間違い無く解呪薬でございます。それも上級でございました」


おっ!上級になってたか。

野外で、簡易の調薬道具しかない状態だったから、良くて中級だと思ってたんだが、割と上手くできてたみたいだな。

俺としては錬金術師スキルを持ってるから失敗は無いと思ってたし、呪いの状況を聞いた感じ中級で問題無いと思ってたから、そこまでの品質を求めてなかったのだ。


「何!上級だと!父上の呪いは中級で解呪可能だったはずだな?ならば、これがあれば確実に解呪は成功すると言うことか!」

「さようであると思われます」


何やら、俺の感覚と温度差があるようだが、まあ納得してくれたならヨシッとしようか。



その後、令息と執事長が解呪薬を持って席を外した。

まあ、行き先は当主である侯爵の所だろう。


俺とアンバーは、女性二人とここで待つことになったんだが・・・彼女達の視線がアンバーに釘付けだった。


ってことで『アンバー、彼女達がアンバーの可愛さにやられてるぞ。少し撫でてもらったらどうだ?』と聞いてみる。

その返事は『面倒』の一言だった。


いや、分かるよ。

分かるんだけど、そこを何とか・・・って、アンバーに人間の機微を説いてもしかたないか。


「あの、この子猫に興味を持たれてるようですが、猫は気分屋で人見知りをするので」と断っておく。

下手に手を出されて、アンバーが気分を悪くしても困るしな。


「犬は庭にいるのですが、猫は見たことが無かったのです」と令嬢が言う。

確かにこの辺では珍しい動物ではあるし、それもそうだろうと思う。


「ルフェーシル。あの人が元気になったら、頼んでみれば良いでしょ?」

「その時は子猫がよろしいかと思います。成長しているとなかなか懐きませんので」

「そうなのですね。では、お父様にそのように頼んでみます」


何だかんだと、お茶をいただきながら時間を潰していると、廊下が騒がしくなった。


「ジールドア。私を救ってくれた冒険者はここにいるのだな!」

そんな声が聞こえたと同時に扉が開く。


そこには令息と良く似た大人の男性が立っていた。

間違い無く、侯爵本人だろうと一瞬で分かった。


「父上!治ったばかりだと言うのに、走り出すとは何事ですかっ!」

その侯爵本人らしき人物の後ろから飛び込んで来たのは侯爵家令息で「父上」と言っていたことから、やっぱりなと納得する。


そこに何やら背中が寒くなるような圧迫感が襲い掛かってきた。

圧迫感の出所は方向的に・・・奥方ですか?そうですか・・・こわっ!


視線を向けるのが怖いので見ないようにしてるが、気配で奥方が二人に近寄っていく。

チラッとだけ見た男性二人の顔色は蒼白に近く、俺からは奥方の背中しか見えないことに感謝した。


とても面と向かって見れない。

だって、あんな顔色になりたくないし・・・


そうなると自然と目を向けるのは侯爵家令嬢のお嬢さんなんだが、俺に目配せして唇に人差し指を一本当てた。

たぶん『静かに』という合図だろう。


ここは指示に従って、静かに嵐が過ぎるのを待つしか無さそうだ。



おかわりしたお茶が無くなる頃、やっと解放されたのか男性二人を連れて奥方が戻って来た。


「先程は、当家の男性二人がお見苦しい所をお見せしました」

三人で一斉に頭を下げられても、俺には対処の仕方なんて分からんぞ。


続くように「申し訳なかった」とか「面目無い」とか返事に困るんですが。


俺が身の置き場に困るほどアタフタしてると、お嬢さんが「いい加減にしてください。お客様が困っておられるではありませんか」と止めてくれた。



やっとのことで落ち着きを取り戻したところで、本題の話が始まる。

勿論、今回の報酬の件だ。


侯爵家側からの話では、当初の報酬以外に想定以上の品質の解呪薬を納品した事に対して、追加で報酬を出してくれるらしい。

金額は・・・えっ!元の三倍!金貨十二枚って出し過ぎじゃないか?


俺の驚きが分かったのか説明してくれたのだが、要は侯爵家の恥になるので口止め料を含んだ金額だってことだった。

そう言われれば、当主が呪いに掛かったとかは、恥と言えるかも知れない。

それを口止めする費用と思えば、確かに金額的には納得できた。

逆に、この申し出を断ると面倒になりそうであるということも理解できたので、了承しておくことにした。


とりあえずの話はこれで終了なのだが、俺としてはもう少し恩を売りたい。



なので俺の話に付き合ってもらおうかな。

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