第72話
俺の叫び声に気付き戻って来たピルトックを捕まえて少し説教をする。
だいたい、走る事にかけてハーフリングに追い着ける人種など普通はいないんだよ。
「ゴメン」と謝る彼に、もういいから出発しようと促した。
結局、俺の歩くペースに合わせたから、隠れ里に到着したのは野営を含めて翌日の昼頃だった。
彼は俺を入口に待機させ、オババに連絡をするために離れて行った。
残された俺は、隠れ里を観察している。
里は森を切り開き、平地に田畑を、山の斜面に家を建てているようだった。
田畑はごく普通だったが、斜面の家は見たことが無い様式の物だった。
自然に生えている木々を柱にし、その木々を取り込むように壁が作られ、屋根の上には木々が枝を茂らせている。
見た感じでは、基本的に平屋しかないみたいだった。
里の住人が田畑で仕事をしながら、チラチラと俺に視線を向けている。
たぶん普通の人間が珍しいのだろう。
というのも、見える範囲にいる人々はエルフ種、獣人種、ドワーフ種、ハーフリング種と他種族が基本のようだが人種はいなかったからだ。
何もする事が無いので、再度斜面の方を見ていると別の種族が見えた。
あれはたぶんケットシー種だろう。
果樹らしい木に登り、果実を収穫しているみたいに見える。
『ケットシーって知ってるか?』
『私みたいな感じで二足歩行してる子じゃないの?』
知ってるみたいだな。
『アンバーを見て、何か言ったりしないか?』
『今の小さい姿なら、何も分からないと思う。大きいと別だけど』
なら大丈夫かな?
変に、神獣とか騒がれると面倒だし。
そんな風にケットシーの方を見てると視界の端にピルトックが走ってくる姿が見えた。
「オババのとこに案内する」
そうか、頼むよ。
歩いて向かったのはさっき見てた斜面の家の一軒だった。
その玄関には一人の女性が立っている。
耳の長さから見てエルフである事は確実だが、俺にエルフの年齢を知る事はできない。
彼女がオババでも不思議は無いほど、エルフと言うのは長寿な種族なのだ。
「いらっしゃい、待っていましたよ」
その言葉で、彼女がオババと呼ばれる女性であることが決定した。
「初めまして、あなたが私を呼ばれたのだろうか?」
多少不躾ではあるが、直接聞いてみた。
「そうですよ。あなたが月の花を得るに相応しい者か見極めたいの」
やっぱり俺の嫌いなタイプか。
何となく、そんな気はしていた。
色んな人から聞いたエルフという種族は、どうも長寿であるがために自分達のことを偉いとか、自分達が自然を管理していると勘違いしてる者が多いと。
いくら長命なエルフ種といえ、初対面の相手に理由も告げず「得るに相応しい者か見極める」とか、人を値踏みできると考えている事が傲慢だと俺は思ってる。
これがドワーフなら納得もできるが、エルフのコレはダメだ。
ドワーフが自分の武器を売らないのは、彼等の判断基準が分かり易くて、その武器を使えないか、その人間が気に入らないか、その二つの理由しか無いからだ。
使えないのは、体の筋肉のつき方や武器の構え方で分かるらしいし、それは同じ武器を使う人間でも、ある程度同様の判断ができることからも嘘では無いと分かってる。
気に入らないのは、誰にでもあることだし、その感情に文句を言っても始まらないだろう。
比べて、エルフの方はどうだ?
自分が育てている訳では無い自然の植物を採取するのに、何故エルフの許可が必要なのだ?
ドワーフのように自分で作った武器では無いんだぞ。
「貴重だから、採取の仕方を知っているか?」と聞くのなら分かるが、まるで自然の物はエルフの物だと言わんばかりの態度ではないか?
これじゃあ、冒険者が薬草を採取するのにも文句を言いそうだ。
最初からこんな態度なら、俺には必要無いな。
別に手に入らなくても、代用はできるし、値踏みをされてまで欲しくは無い。
「ピルトック、手間を掛けたな。他にも方法はあるし俺は帰るよ」と背後の彼に振り向きながら伝え、歩き出そうとした。
「待ちなさいな。その口ぶり、あなた錬金術師なのでしょう?」
答える必要性は無いし、答える気も無い。
俺は、そのまま歩き出した。
背後からピルトックが追いかけて来る。
「待てよ、エドガー。オババの立場だと・・・「立場は関係無いな。ダメならダメと伝えれば良い。人を値踏みするその態度が気に入らないだけだ」・・・そうなのか?」
「待ってちょうだい。ピルトック、彼を案内していいわ。確かに、私の態度は良くなかったし、何様だ!って言われてもしかたないもの」
今、その判断ができるなら、最初からそうしていれば良かったのにな。
待てよ、外との交流が無いから人間関係の
まあ、案内してもらえるなら手間が減るし俺はそれでも良い。
だが・・・施しっぽいなぁ・・・少しだけ対価を払うか?
「あなたも錬金術師なのでしょう、ちなみにこれは俺の独り言だけど、その先がまだあると言えばどういう意味か分かるかな?」
「う、うそ、まだ先があるの?」
まあ、普通の手段では辿り着くのも難しいが、方法はある。
「その先は、一つのだけでは足りない。複数が合わさって初めて形になる。と、ヒントはここまでだ」
それだけ告げて歩き出した俺の背を「貴重なアドバイスをありがとう」というお礼の言葉が追い掛けて来た。
まあ、お礼を言えるなら、それほどまでに悪いエルフでは無かったのかも知れないな。
俺の与えたヒントは特殊合成のことだ。
【ストッカー】から告げられる内容をチョコチョコ書き留めるようにしているんだが、早過ぎて聞き取れない事も多々あった。
で、使い方を考えて上手くいく事が分かってからは、それを記録として残している。
まあ、使い方は簡単で、特殊合成に必要なスキルの一つを指定して、それに関係する特殊合成だけを教えてもらうのだ。
そうすれば、少ない数だけですむから、記録もし易い。
で、錬金術師についてもやってみた事があるのだが、何種類かの特殊合成が可能だった。
つまり、錬金術師にも特殊合成によって、その先があると言う事なのだ。
まあ、それ以上の情報は、俺自身の事に直結してくるので簡単に教える事はできないんだけどな。
さて、ピルトックに案内されているのは山の上の方に登る道だった。
どうやら、月の花は標高の高い場所に生えているらしい。
ドンドンと登って行く彼の後ろをついて行くと、徐々に木々が疎らになってきた。
「あそこだよ」とピルトックが指差す方を見ると、疎らな木々の間から少し開けた場所が見えた。
更に近付くとその場所の状況が良く分かった。
背の高い木々の中に腰高の低木が密集している所があって、そこが遠目に見ると開けているように感じたのだった。
その低木の密集している場所の右寄りに完全に開けている場所が少しだけある。
大人二人が両手を広げたぐらいの円形のその場所の中に、図鑑で見た絵の通りの植物が数本生えていた。
「ああ、確かに月の花だな」
やっと、目的の素材に対面した瞬間だった。
後は、新月を待つ間にもう一つやることがあるが、それは半日も掛からない。
少し余裕ができたな。
『あっ!あそこアンバーのいた所だよ。ヴィーニのおっちゃんの魔力がある』
せっかく一息吐けると思った所に、アンバーの爆弾発言が襲い掛かってきた。
アンバーの小さな手が指す方を見ると、山と山の稜線が重なる所から見える場所、大陸のヘソと呼ばれる巨大な大地の亀裂に囲まれた場所が見えていた。
マジか?そんな気はしてたけど、予想通りかよ!
*** *** *** *** *** ***
一人の女性が乗った、雲の上を音も無く走る車があった。
二頭の大きな猫らしき動物に引かれているようである。
『ねぇ、あなた。私達の娘はどうしているかしら?』
『心配しなくても元気にしているさ。フレイヤ様の庭にいれば、ヒルディスヴィーニ殿もおられるし、ユングヴィ様やグリンブルスティ殿も来ておられるかも知れない』
『そうね、フォールクヴァングの屋敷のある庭の中なら安心よね』
『そうさ。私達は、主と早く戻れるように、この仕事を終わらせれば良いのだよ』
念話で話す夫婦は主の乗る車を引きながら早く我子に会いたいと思うのだった。
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