第71話
アンバーが走り出して少し、『人がいるよ』と徐々に減速し始めた。
俺の頭に浮かんだのは、国境の見回り兵だ。
こりゃあ、接触しない方が正解だな。
『アンバー、少し山の方にズレて、人のいない所を通ろう』
『良いよ』とアンバーは静かに左方向に進路を変えた。
地面が少し登りに変わり、そこからまた右に戻りだす。
迂回するように進んでくれているようだ。
国境から離れて安全だと思った所で再度休憩を取る事にする。
アンバーにはまずしっかりと水を飲ませる。
本人は『まだ走れるよ』って言ってたが、喉の渇きは相当だったようで、二回も水をおかわりしてたから、休憩を挟んで正解だったようだ。
確かに、早く着ければそれに越したことはないが、アンバーに無理をさせる気は無い。
何故か?と言えば、製薬スキルでは分からないだろうが、錬金術師スキルだと新月の花は必要無かったりするのだ。
つまり他の素材で代用ができるという事である。
ただ、一種類の素材に対して代用品では十三種類が必要になり、時間も二日ほど掛かる事になるのだ。
手間と素材が必要な訳だが救いもあって、代用品は割りと手に入り易い。
そんな訳で、もし新月の花が手に入らなくても必要な解呪薬は作れる。
だから、必死になって探す必要も無いし、アンバーに無理をさせる必要も無い。
じゃあ何で探しに行くのか?って、単純に手間が掛かるのが面倒ってだけである。
見つかれば必要無い訳だから、とりあえず探そうと努力するって事だ。
『アンバー、この辺は安全か?』
『うーん、特に襲ってくるのはいないよ。アンバーがいるから大丈夫!』
この調子なら、休憩を入れながら移動しても明日中には到着できるし、徹夜で移動するほどの事は無いな。
なら、少し仮眠をしようか。
陽が上がって少ししてから、食事の準備をする。
しっかり食べないと動けないからな。
少し肌寒かったので乾燥野菜を入れたスープと肉を焼く、俺にはプラス乾燥パンだ。
パンが俺だけなのは、アンバーはボソボソのパンが嫌いだから。
一度、少しだけ食べさせたら嫌がったので、それからは食べさせてない。
嫌いな物を無理に食べる必要も無いだろうしな。
アンバーには、二十枚ほどの肉と大きな皿にタップリのスープを出してやった。
俺は、その横でパンとスープに串焼き肉を一本だけの食事をする。
朝からあの量の肉を見てると胸が一杯になりそうなんだよ。
俺の気分的な問題はあったが、それ以外は順調に進みアンバーと出合った盗賊アジトも通り過ぎピルトックに聞いていた岩のある場所が近付いていた。
盗賊のアジトだった洞窟は討伐隊によって崩され、再利用されないようになっていた。
本当は人質だった人達が無事に保護されたか知りたかったのだが、あの騎士団長のせいで早々に立ち去る事になって安否を知る機会が無かった。
一の村に立ち寄れば、その情報も聞けるかも知れないが、そのために
ピルトックが言っていた三つ並んだ岩に目印って事だったが、俺自身がそこで待っていても問題は無いだろうと野営の準備を始める。
同時に、頑張ってくれたアンバーの食事の用意もしなければならない。
ただ、食いっぷりが良過ぎて俺の食欲が減衰するのが問題だが、いつか慣れるんだろうなとあきらめた。
食事が終われば早々に寝る準備を整え、アンバーに小さくなってもらって一緒に休む事にした。
翌早朝、陽が出る直前の時間にピルトックが岩場にやって来た。
俺は寝ていて気付いてなかったが、アンバーが俺の顔をテシテシと叩いて起こしてくれたのだ。
樹上のハンモックから「ピルトック?俺だ、エドガーだ」と手を振る。
突然名前を呼ばれて驚いた彼は、俺の姿を確認して息を吐いていた。
「目印が無いから帰ろうと思ってたよ。まさか本人が待ってるとは思わなかったや」
木から下りた俺は、ピルトックと握手を交わして近況の話をした。
盗賊のアジトの事は、ピルトックもすでに確認していたみたいで、報告を受けたドワーフ達も安心していたみたいだ。
で、俺の本題である手助けの話をする。
内容は簡潔に「月の花、それも新月の花が必要になったんだが、どこにあるか知らないか?」と言うものだ。
「月の花って、あの月夜にしか咲かない花か?その日によって咲き方が変わるやつだろ?」
良かった、知っているみたいだ。
「それだ」と返事をして、ある場所を聞こうとしたのだが、掌で止められる。
「俺は場所を知ってるよ。でも、それは勝手に教えて良いもんじゃないんだ。オババの許可がいるよ」
どうやら彼が知っているのは、隠れ里が咲いてる場所を把握してるってことだろう。
里の長がオババなのではないだろうか?
その許可が必要?って言うのは、収入源にしているのかもしれないと、そうなると時間的に間に合うかどうか。
まあ、間に合わなければ最後の手段でクリアするか!
俺が了解すると、彼は隠れ里に入る許可と、月の花の件を聞いてくると言って帰って行く。
俺はその間ここで待機してろって事らしい。
らしいってのは、ピルトックがせっかちだって俺が忘れてたから、彼が走り出して気付いたんだわ。
聞こうと思っても既に姿は見えなくなってたから、たぶんそうだろうなって言う予想である。
どの位待てば良いのか分からんけど、ボーっとしてるのも何か違うし、近場限定で採取とかしとこうかな。
結局、ピルトックが戻ってきたのは夕方近くになってからだった。
彼が言うには、俺が隠れ里に行く許可は出たそうだ。
ただ、月の花に関してはオババが直接俺に会ってから決めると言っているらしい。
たぶん、俺が月の花を持ち逃げしたりしないか見極めたいんだろう。
収入源にしてるのなら、無くなるのは困るからな。
あとは、可能性としてオババと言うのが俺の嫌いなタイプのエルフってことも考えられるけど、それはピルトックのせいじゃないしな・・・
月の花の特性「月が出ている間しか加工できない」ってのを知ってるか?どうかを確認するぐらいなら自体は妥当なところだと思うが・・・
その話にも了解し、ピルトックの案内で隠れ里を目指す事になったのだが・・・ホントせっかちだよなピルトックさんよ。
ハーフリングの脚力に、人間がついて行ける訳ないだろうに・・・
一人走り出したピルトックの背中に「待てよ!」と叫ぶ俺がいた。
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