第73話

『あのさ、アンバーは帰りたくはないか?』

『どこに?』

『住んでたとこにだよ』

『えーっ、帰ったら色んな所を見て回れないよ』

『そうか!じゃあ、まだまだ一緒に旅をして、色んな所に行こうな』

『うん!』


アンバーに郷心がついたんじゃないか?と心配したが、気にしなくても良さそうだ。

アンバーと旅を始めてから長くは無いが、すでに一人旅に戻れる気がしない。

相棒がいる状態が普通になってしまったな。


それにしても、住んでたのがアノ秘境中の秘境である"大陸のヘソ"だったとは・・・

予想はしてたぞ、予想はな!

でも、いざそれが現実だと言われれば動揺もするんだよ!


しかし考えてみれば、アンバーの両親は神獣なんだよな。

帰ってみたら、子供がいないって・・・怒ったりしないんだろうか?

と言うか、連れ回してる俺が怒られたりしないか?

神獣の怒りとか、洒落しゃれにならん!

何か対策を・・・って神獣にどんな対策ができるんだ?


「エドガー、に興味があるのか?そういえば冒険者だったな」

ピルトックの妙な自問自答の声で、対処法の無い思考の渦から現実に引き戻された。


正直に言って興味は、ある。

でも、挑もうとは思わん。

完全に実力不足だ。

ただ、初めて目にしたから「あそこが秘境中の秘境」なんだなと思ってた。


よし、戻ろうか。

新月までにやる事があるし、新月まで用も無いしな。


「じゃあ、エドガーは家に泊まってけよ」

温かい申し出だが・・・すまない。


やる事があるんで、どこか野営できる場所を教えて欲しい。


「そうかぁ、野営って事は火を使うよな、ならドワーフのおっさん達の近くが良いんじゃないか?少しうるさいけど」


ああ、なるほど火事の心配か。

確かにドワーフの近くなら洞窟って言ってたし、火事の心配は少なくてすむな。


その提案にのって、ドワーフの洞窟の近くに案内してもらった。

近くと言っても、それなりに距離は離している。

何故って、声がデカイ、鍛冶の音が響く、あと酒臭いと俺とアンバーにはキツイ環境だったのだ。


余り使わないテントを準備し、夜まで仮眠を摂る。

理由は、保存用の入れ物を作るために夜間月の出ている時でないとならないからだ。


月の花を使った薬はどれも保存するために同一の入れ物が必要になる。

ガラスと魔物石を混ぜ合わせて月の光のある所で、月の魔力を取り込みながら作らなければならないのだ。

今回、俺は錬金術師スキルで作るが、鍛冶スキルでもできるらしい。

ただ、俺は鍛冶スキルを持ってないので詳細が分からない。


そんな理由で、月の魔力を取り込む関係で、ほぼ徹夜になるのが分かってるから今仮眠を摂るって訳である。

それに明日の夜は新月、新月の花を手に入れて解呪薬にしなければならない。

完全に昼夜が逆転してしまうが、それは二晩だけの事だし我慢するしかないのだ。



陽が沈み、少し経ってから目を覚ます。

とりあえず何をやるにも腹ごしらえが先だ。

調理をしながら空の様子を確認したが、今日は雲が少ないようだった。


これなら思ったよりも早く保存用の容器が作れそうである。


食事をしてから素材を用意して、容器を作る準備を始めた。

まず錬金術師スキルの粉化でガラスと魔物石を粉末にする。

トレイの上に粉末を均一の厚さになるように広げ、月の光を浴びせるようにするのだが、この時注意するのは自身の影である。

少しでも自身の影がトレイに落ちない様にしなければ、月の魔力にバラつきが出て品質の安定した保存用容器ができあがらない。

なので微妙に位置を変えたり、変える時に影に注意していないとならない。


月の魔力が集まったか?どうかは?スキルで判断できる。

飽和するまで月の魔力を蓄えたら次は加工である。


ここが最大の難所である。

何せ月の光を一切遮らないように加工する必要があるのだ。

つまり道具を使ったり、手で持ったりなどという一般的な加工方法が一切使えない。

完全にスキル頼りでではあるが、手を触れず、影を作らず、遠隔で加工する必要がある。

これがとんでもなく難しい。


どう難しいかと言えば、粘土で陶器を作る時の成型を手や専用の道具を使わず細い竹串の先端だけで行うと考えて欲しい。

それも影を作ってはいけないので串が長いのだ。

こんな加工方法で、きちんと実用性のある形にする事の難しさ、分かってもらえるだろうか?

特に容器とフタの嵌合かんごう部分は至難である。

隙間があれば内容物が漏れるし、きつければフタが閉まらなくなる。


作業を始めてから、俺の『もっと簡単にできるだろう』という考えが甘かった事に気付いたのだった。


鍛冶スキルでも加工できるらしいが、いったいどうやって加工するのか不思議でならないが、何とか歪ながらも形にはできた。

時間的にはギリギリで、あと数十分遅ければ陽が登り始めていただろう。



出来上がった容器を壊さないように箱に入れ、俺は朝日を拝みながら食事の用意を始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る