第6話

 次の休み時間には言おうと思ってた時期が私にもありました……。

 既に4限終わり。話せてません。凪桜の話かけるなオーラ。皆さんこれに話しかけたりしてるわけ? 勇者じゃん。目線だけでこっちの話そうとする気持ち折られるんですけど。

 てゆうか俺が逃げただけなんだから、そっちが気まずくなってガン無視決め込むのおかしくねぇか?

 ……なんてガン無視最初に決め込んだ俺の言える事じゃ無いか。

 だが、昼休みともなれば、話しかけるタイミングが出そうだ。

 昼休みは教室で基本過ごすが、部活がある日は部室で食う事がある。帆奈美ほなみを来させるわけにはいかない為、先ほどLINEは送ってあり、既読がついていたのも確認してる。部室であれば他の奴らに聞かれる心配も無い。


「……な」


 自身の緊張が口に鍵をかけているような、嫌な拘束感。本質的に関係を変えたく無いから消極的になるのだろうか。でも、それでも。


「凪桜」


 はっきり声になったお陰で彼女の耳には確かに届く。こちらへ顔を向け、僅かに視線が斜めに傾く。


「何だ?」

「話があるから、昼飯部室で食べないか?」


 あ、不思議と断られる可能性を考えてなかった。言ってから彼女の刺すような視線を受けて、初めて脳裏をよぎった。だが、そのまま視線は俺の胸元へ落ち、言葉を紡ぐ。


「こっちも話そうと思っていた」


 じゃあ何で睨んだんだよとか、ここで言ったしまったらアウトだなと、分かってるのに頭に浮かぶ俺の脳は馬鹿なのか。弁当を持ってお互いに無言で教室を出ると、教室の何人かがひそひそと話していて、もしかしてこれが俺と凪桜の事だったりするのかと勘繰ってしまう。

 そして特に会話もなく、なんと職員室に行ってカギを取りに行ってから、遠い部室棟に行くまで会話をせずに辿り着いた。

 その間先頭を歩く凪桜の横を何となく歩けなくて、表情はうかがい知れていない。

 扉を開けて、机が四つくっついた中央、弁当を置くと、俺は話を切り出す。


「今朝の事なんだけど」

「すまなかった」

「へ、あ、え?」


 凪桜は椅子に座りもせずにこちらに頭を下げていた。唐突な謝罪に、俺の反応は明らかに慌てたものになってしまった。


「からかうつもりは無かったんだ。むしろ、2人はお似合いだと思っているし、何なら、何で付き合わないのかと思ってるくらいで」

「待て、凪桜、何で謝ってるんだ?」


 尋ねると、漆のように黒く長い髪をかきあげて、こちらを見る。


「──怒ってるんじゃ無いのか?」

「いや、怒ってない……気まずかっただけ」

「同じく……何だ。良かった」


 胸を撫で下ろし、心底ホッとしたように笑う姿に、申し訳なくなる。


「帆奈美を好きなのバレたのが、何とも言えん気持ちになってさ。ヘタれて逃げただけなんだ。なんかすまん。謝らせて」

「…………」


 頭を下げて言うと、なぜか無言。数秒静寂が続くので顔を上げる。


「え」


 頬をつたう、まるで一瞬光の糸をたらしたかのような涙。魅入られ、吸い込まれるような神秘的にさえ思える涙顔。あの日見た悔し涙とも違う。金縛りに近い硬直を感じさせた。

 俺が動けず、声もかけられない様子をようやく理解したのか、凪桜は目を制服の袖で拭い、らしく無い、何処か明るい声を出した。


「す、すまん。君が怒ってないとホッとしたからかな。今更になって涙が出てきたんだ。それだけだから」

「──お、おう、全然怒ってないので。寧ろ、不機嫌にさせたかなって思ってたくらいだし」

「そうか……そっか」


 祈るように手を胸元で組ませ、目線を徐々に下へと項垂れていく。

 安心……には見えないような。


「力になるぞ」


 訝しんで近づこうとした瞬間、爽やかに笑いかけてくる凪桜。落ち着くような、声の穏やかさから、何故反応を疑ってしまったのか忘れてしまった。


「あ、ありがとう。でも、別に何かしてくれたりは必要無いんだ。今まで通り、普通に見守ってくれれば」

「どうして」

「あいつ、そういうの気づいて嫌がるし、避けようとするんだよ。自分が他人ひとにやる時は、わざとらしくて、上手く出来ないくせに、自分に誰かをくっつけられそうとする動きとか、計らいに敏感っつーか」


 でもあいつ自身が誰かとくっつけられそうになる時は、上手い事逃れてるんだよなぁ。

 逆に他の奴との仲を取り持つように、お膳立てとかしてくるの、死にたくなるのでやめて欲しい。

 勝手に鬱になっていると、凪桜はふむと何事か結論づけたようだ。


「自分もやるからそういう空気に気づきやすいのかもな」

「あ、なるほど。それはあるか」

「お節介焼きだもんな。帆奈美も」

「もってなんだよ」

和也かずやも大概だからな」

「俺がいつお節介焼いたよ」


 聞き捨てならないと、ツッコむと、なぜか呆れを含むような微笑みを向けて言う。


「私がクラス内で浮かないように、いつも立ち回ってくれてるだろ?」

「いや、浮いてるけどな。俺がフォローしたところで」


 苦い笑いが出たが、本人は気にせずそのまま語り続ける。


「でもいつも配慮してる。繋ぎ止めようとする。私が1人にならないように。いつも自然に……だからか」


 決して非難するそれではない事は、声音から察することが出来た。淡く何かを見つめるような瞳は、言葉の終わり広がりを見せた。


「お節介じゃ無い。隣の奴が明らかハブられたりする空気が嫌いなだけ。ひいては俺の為だ。……まぁ、今日完全にハブってた人間が言うのおかしいかもしれないが」

「つまりお節介だな」

「何処がつまりなんだ何処が」


 顔を顰めると、ふふっと笑って席に座る凪桜。俺もそれに倣うと、弁当を広げながら、沁み入るような声で、こちらに語りかけてくる。


「取り敢えず今まで通りにすれば、君達はちゃんと上手くいくんだな?」

「いやーそれが、あいつ別に俺の事好きじゃ無さそうだから」

「そうか?」

「何なら多分、今一番帆奈美からの好感度高いの凪桜だし」


 言うと、凪桜の顔がみるみるうちに陰のある顔つきへと移り変わってゆく。え、そんなに俺ゴミみたいですか?


「卑屈すぎる。そんな事無いとは思うし、多分そういう態度だから上手くいって無いんじゃないか?」

「それもあるかもしれんが、あいつが全く俺とはそうなる気無さそうなんだから、卑屈にもなんだろ」

「余裕無いんだな」

「おい、さっきから容赦無いぞ」

「でも合ってるだろ?」

「面目次第もねぇ」


 的確且つ、情け無い評価を喰らい過ぎて、シクシクと涙腺にきやがる……。これはあれ。凪桜もさっき綺麗に泣いていたので、もらい泣きというやつ。そういう事にしておこう。てゆうかこいつ……。


「めちゃめちゃ愉しそうだな。そんなに俺がダメダメなのが嬉しいか」


 さっきから毒舌飛ばすたびに、生き生きしてるんですけど。だが当人は不意を衝かれたように惚けた表情。


「私愉しそうか?」

「え、無意識? 生粋のドS?」


 聞くと、コホンとのどの調子を整えるように咳を一つ溢し、何食わぬ顔で告げる。


「私自身はそう言われたことは無いが、愉しんでるのならドSなのかもしれない」

「無自覚ドSとか恐ろしすぎるだろ」

「こういうところでしか君に勝てないからな」


 不意に且つ消え入るようにボソッと言った言葉が、何となく引っかかる。


「何言ってんだ。俺は大体お前に負けているぞ。自信を持て」

「こいつ……親指を立てるな、切り落とすぞ」

「ヒィッ! 急にサイコパスの言動!」


 俺にはわかる。目がマジだった。何で褒めたのに指4本になる危惧させられてるのん……。

 畏怖の視線を感じ取ったのか、鋭かった眼光を解き、冷静な面持ちで口を開く。


「とにかく、私がドSにならないように、帆奈美との仲を深めるんだな。女子の意見として相談には乗るぞ」

「確かにくくりは女子だしな」

「どういう意味だ」

「何でもないです」


 指全部無くなりそうな、威光すら感じる視線から目を逸らし、俺は食事を始めることにする。一応相談相手が出来たのは、プラスに捉えて良さそうだな。

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