第5話
逃げてきたところで教室で顔合わせる事になるのは分かっていたわけで。
「…………」
「…………」
俺が隣の彼女に取れる手段はガン無視を決め込むという、小学生男子みたいな避け方だった。こんなに長く感じる始業前は初めてだ。まだSHR《ショートホームルーム》終わって3分しか経ってないし。だが特段向こうから何かを言ってくるわけでもなく、読書にて話しかけるなオーラが辺りを漂っている。
「なぁー、かずやん」
「あ?」
「機嫌悪っ! まぁまぁこっち来なさいや」
俺の肩をポンポンと叩きながら、廊下にあるロッカーまで誘導する
「
「何で」
「いや、いつも朝は何かしら話してんじゃん? 部活について今日の活動はどうとか、
「俺そんなに凪桜と話してるか?」
「え、自覚無し? てゆうか真面目言うと付き合ってんじゃないの?」
「ねーよ」
返すと、大空の目が虚を衝かれたようにパチクリと瞬き、直ぐに眉をひそめる。
「即答……言わんかったけど、クラス内じゃ二人がお互いを名前で呼び出して以降、そういう事なんかなって噂してたべ?」
「何でそんな事になってんだ!」
他者の視点から見て、全く予想だにしない方向に、俺の恋愛事情が舵を切っていた。声がデカい且つ上擦ったのもあって、周りからの視線があった。
「ほら、水野さんって何か周りに一線引いてるっていうか、そもかずやんにしか心開いて無いじゃん? 俺と話す時だって大体かずやんのオマケ感ハンパないもん。友達の友達感覚なんじゃん?」
「そんな風に思ってたのか」
こいつがそこまで凪桜からの感情を理解した上で、調子良く合わせてるなんて、思いもしなかったので、言葉に困る。
「あ、やべ。告げ口っぽいかな? いや、全然いーのよ俺は。好きな男子以外にはまるで興味示さない女子なんて何人も見てきたから。その辺の距離感に関しちゃ、分かるっつーか。だからこそ、こんだけ他人に興味持たないタイプの女の子が、ずっと話しかけにいくって、かずやんの事好きなんだろーなって、ガチ恋かは別として」
「ちょっと待ってくれ。あいつ別に俺の事好きじゃ無いから」
そこだけは否定せんとと思ったが、大空は全く意に介さん感じで続く。
「えー、好きかどうかはともかく、俺からしたらー、いや、クラスのほかの奴らからみても良い感じなわけよ。お二人さん。付き合っちゃえば良いのに感筆頭。じゃなきゃ噂しないって」
「勝手に判断すんな……俺は」
「帆奈美の事が好きなのに?」
さっきと同じ感覚がぞわりと胸を這う。でも、凪桜の時と違い、今凪桜と俺について冷静に、客観的な判断をしたこいつなら、察するだろうという納得はあった。凪桜と違い、逃げ出したいという気持ちにならないのはそのせいか?
「お、図星。かずやん分かりやすー」
「うっせぇよ。つーか、分かりやすいならお前に分かって何で本人に気づかれねーんだよ」
「うーん、あの手の女子は何考えてっか分からないとこも魅力みたいなとこあるからなぁ」
「確かに」
「クソ早同意してっし。ベタ惚れ笑うわ」
ハハッと笑い、俺ではなく教室の方を見る大空。曇りガラス越しには誰の顔も見えないが、その目は誰かを捉えてるようだった。
「はっきりしない態度は、誰からもよく思われないと思う」
「……そうだな」
その言葉は深く、胃の腑へと落ちた。いつもは何処か緩い言い方の大空が、芯のある言い方をしたように思えた。
もしこのまま凪桜と付き合ってるかもしれないなんて噂が独り歩きを始めたら、友人関係広げまくってる帆奈美の事だ。絶対にその耳に入るはず。何ならもう入っててもおかしくない。
あいつはそういうことを聞いた時、間違いなくいらん世話を焼く。俺と凪桜をくっつけるような動きを。これまでのあいつとの付き合い上絶対そうする確信がある。
それが一番俺にとって辛い事だと露とも知らずに。
「てゆうか人様の恋路とか応援してる場合じゃねーんよ。最近部長とマネージャーの仲悪そうに見えるんだわ。いくべきかここは?」
「そうか? 先週の天体観測の時、ハンドボール部カッポゥ、校門そばでキスしてたぞ」
「ぐおぇー。マジかよ。先走らんで良かった。えずくわマジで」
「え、自分の恋には盲目か?」
崩れ落ちてゲーゲー唸ってる男に突っ込むと、そこからアッパーでも決めんのかってくらい凄い勢いで面と向かう大空。
「つーか何!? 天文部屋上から、星だけじゃなくて、人間まで観察してんのかよ!」
「双眼鏡が偶々捉えてな。他意は無い」
「怖え……
引きつり顔でドン引きされてるが、こちらだって校門で、見たくもない他人のイチャイチャ見てドン引きさせられたんだからおあいこだろう。わざわざプライバシー侵害しにいったわけではないので許してほしいところだ。
「てゆうか何かするつもりなのかよ」
「他人から隠れて何かすることにスリルと興奮を覚えん?」
「マジ顔で性癖に同意求められましても」
「いやいや、程度はあれ誰にでもそういうところあるって」
「そうかー? じゃあ凪桜に聞いて共感得られると思うか?」
「……聞いて真顔になるのが想像できた」
「多分そこに汚物を見るような目も追加で」
「いやそこまでじゃないはず。でも興奮って言葉は取り消す方向で」
「何の言い訳だよ」
そこまで言ったところで丁度1時間目のチャイムが鳴った。何だか朝のどうにもいかない感情が、薄れている事に気付く。
「ありがとな。話聞いてくれて」
「なーに、いいって事よ。ニコイチだろ俺ら」
シシッっと歯を見せて笑う大空が、相変わらず良い奴だなと再確認しつつ、言葉は自然と毒づいた。
「はっず、よく言えるなそんな事」
「照れんなってかずやん」
「うぜぇー」
背中から抱き着かれつつ、教室に戻ると、隣の席の彼女を見ると整然と授業の用意をしていて、ちらと目が合い、直ぐに彼女の瞳は教壇へ向いた。
チクっと胸に傷をつけられたような感覚は間違いなく、俺は次の休み時間に彼女に全て話すことを決めたのだった。
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