2章 だから偶然は重なる

1.望遠鏡を覗き込んだ

第1話

 気づけばいろんな葛藤の末に入った天文部に入り、なんと1週間が経っていた。

 特に時間が経つのが早かったなどではなく、単純に活動する日が週3日だけなので、その間、何か起きた事もなかったというだけである。

 多分今日も何も無いだろ。何なら最初の週は先生が忙しいとかで天体観測してねぇし。もはや何部だというのか。勉学部とかに変えてしまえ。


「はぇあー、凪桜なぎさちゃんの膝落ち着くぉあー」

「…………」

「えい」

「……ふっ」

「えいえい」

みかずき、くすぐったい」

「へへー」


 ごめん違った。健全百合部だった。この三日間、帆奈美ほなみがちょっかいをかけて、困惑しながらもそれに優しく応える水野みずのというイチャイチャしている光景を死ぬほど見させられているのである。頭がおかしくなりそう。だから全力で読書に勤しんでいるフリをしている。だがもうこれ以上はやめてくれ……羨ましいぞ水野凪桜みずのなぎさァ!


「ねぇねぇ、凪桜ちゃん。漫画だったら何が好きなの?」


 問われて勉強の手を止めた水野は、申し訳なさそうに苦笑する。


「漫画はあまり知らないんだ。コブちゃんなら、新コブちゃんも含めて単行本を持ってるし、毎日読んでるぞ」

「コブちゃん?」

「やはり皆知らないのか。読む媒体としては広く認知されててもおかしくないんだが……」


 若干寂しそうな水野、その瞬間、帆奈美は首を傾げ、俺は持っていた本を閉じ、我慢出来ずに大きく吹き出した。


「新聞の4コマ漫画じゃねーか! 単行本持ってる女子高生なんて聞いた事ないぞ!?」


 俺が驚きと笑い半々の反応をしたのに対し、何故か嬉しそうにする水野。


「お、道家どうけは知ってるのか。面白いよな?」

「いやいや、面白くて読んだ事は無いから。あー新聞に4コマ載ってるなぁーくらいの認識だから」

「そうか……そうかぁ」


 そんでめちゃくちゃ分かりやすく落ち込むし。コブ仲間を日頃探しているのかもしれない。コブ仲間って何だよ。おそらく同世代から探すなら、ゲームでポ○モンの色違い探す方がまだ簡単だぞ。

 落ち込んでる水野を見たからか、帆奈美は膝枕からすっと離れ、明るく話しかける。


「じゃあさ、私もおすすめの漫画持ってくるから、凪桜なぎさちゃんはそのコブちゃん貸してよ!」

「あ、あぁ! 分かった! 明日持って来よう!」


 なんかさっき同様死ぬほど嬉しそう。コブ仲間そんなに欲しかったんか……。確かにDistance from the enemyの映画の話通じた時も、分かりやすいほど態度変わったもんね……。

 多分というか、これは間違いないと思っているのだが、水野は友達が少ない。なんならこの学校においては帆奈美と大空かなたと俺以外でまともに会話してるの見た事無いし。かと言って友人を欲しがっている訳でもなく、近寄ってくる有象無象に対しては興味無いのか、当たり障りの無い事を言って跳ね除けている印象だ。ただでさえ、色違いのポケ〇ンよりも珍しいほどどこか浮世離れしてる雰囲気に加え、しゃべりかけようとしてもシャットアウトなんじゃ、友達が出来ようも無い。逆に帆奈美みたいに、無理やり土足で自分との垣根を乗り越えていくようなタイプにはごらんの通りデレるわけだが。


「どういう漫画読みたい? 私大体有名どころは持ってるよ」

「それってほぼほなパ……親父さんの持ち物だろ」


 流石に人前でパパと言うことに定評があり、言い方を変える。


「え、お父さんの漫画は私のだが?」

「言い切りやがった……」


 しかも曇りひとつ無い目で……。とんでもねぇジャイアニズム。あと相変わらずほなパパの扱いが酷すぎて草超えて芝。

 望みを聞かれた水野は暫し考えた後に、口を開いた。


「そうだな……じゃあ朏の一番好きな漫画で」


 問われた帆奈美は、おっふと口にしてから、何と言ったものか迷っていたが、頬をぽりぽりと掻きながら答える。


「私好きな漫画は超好き、好き、まぁまぁで頭ん中分けてっから1番って選べないなー。じゃあ、超好きの中でオススメ選ぶ感じかな。ジャンルはどうする?」


 聞かれた水野は一瞬空を見つめた後に下に、俯いていつもより格段小さな声を漏らす。


「ジャンル……えっと、その少女漫画を」

「え、凪桜ちゃん何で顔赤くなってんの? きゃ、きゃわあああああ!!」


 声汚っ! 思いっきり抱きつかれている水野の顔が、娘をあやすお母さんのそれ。最近知ったが、どうやら帆奈美は身近にめちゃくちゃな美人がいると、愛でたくなる性分らしい。まぁ、水野レベルの可憐な人物には会った事もなく、そうこの世にいるわけも無いので、水野限定かもしれないけど。


「私が持ってる少女漫画で初心者にオススメって言ったら貴方に届けかな。あーでも、30巻あるけど大丈夫?」

「それを言ったらコブちゃんも110巻くらいあるが大丈夫か?」

「うっそ!? 予想だにしない数! 全然大丈夫じゃねぇ! コブちゃん巻数あり過ぎワロ! あっはっはっは!」


 水野が帆奈美のお笑いメーターを振り切り、これまたいつもは見せないような大笑いをする。俺相手にも堪らず笑うような事はあるが、こんな涙出すほど笑わせるとはやるな水野。

 部室で帆奈美の笑いが響く中、入り口の扉がガラガラと動いた。


「おい、誰だー? 汚い声で大笑いしてんのは。廊下に立たすぞー。なんちて」


 怒ってると思いきや、声の調子がどんどんふざける音になりながら、顧問が入ってきた。


「はー笑ったー。あー、樹神こだま先生」

「こいつです」「朏です」

「息ぴったしで秒で売られた!?」


 売られたも何もお前が汚い声で、大笑いするからだし……。とか思ったけど言わないでおく優しさ。

 樹神先生は自己紹介の時から位置関係が変わってない、俺達の机を固めたスペースまで、気だるそうに歩いて来る。

 本人の顔を見ようと見上げたタイミングで、俺の目は時計が目に入った。時間は17時前。


「遅かったっすね。いつもなら着いた時には部室で寝てるか、スマホいじってるのに」

「いやー、仮入部期間終わったから。色々書類作んなきゃいけなくて。あと、他にきてた奴らが、結局入るのか入らないのかとか報告しに来たから」


 そこはちゃんと仕事してて偉い。だが、今日来てもう一個気になっていたことがあった。


「そーいや、先週まで来てた奴ら誰も来てないんすけど」

「あぁ、全員辞退したから」

「へぇ」


 一瞬の静寂。あまりにも自然且つ、さも小事であるかと思わせるような物言いに、俺含めた残りの3人は意味を認識出来ずにいた。は?


「全員ですか!?」

「何人かいたでしょ。理由は?」


 最初に驚愕の反応をした水野に続くと、樹神先生は、面倒臭そうな顔をして口を開く。


「あー、えっと、アレだ。この部活はなんか入れないんだそうだ」

「凄い。何一つ解答になってない」


 こいつ本当に教師か? 伝言ゲームしたら原型消失させるタイプの人間だぞ?

 俺の怪訝な表情を汲み取ったのかは分からないが、ジトッとした目線をこちらに配る。


「あんたらちゃんと仲良くしたかー? 仲間外れにしたんじゃないのかー?」

「俺たちは小学生かよ」

「私達普通だったよね?」

「くっ、私が勉強にかまけて他の部員とのコミュニケーションを怠ったから」

「そこ責任感じるところじゃねーから」


 水野の悪癖、自己嫌悪。普通俺らぐらいの歳の自己嫌悪アピールって、ここで責任感じるように見える私大人〜。みたいな事多いけど、こいつマジだもん。拳握り過ぎて爪の跡残ってたりするもん。そんな様子を知ってか知らずか、樹神先生は気楽な声音で言う。


「まぁ、部員少ない方が私は管理楽だからいいけどな」


 いやあんたはもっと責任感持てよ。にしても、何で帆奈美達目当ての男子共は入るのやめたんだろう。天文部なのに仮入部期間中なのに一切星見る活動しなかったからだろうか。1人くらい男子の部活での友人欲しかったんだけども……謎だな。


「じゃー、今のところ1年間はこの3人なんですねー。やったじゃん、和也かずやくん。ハーレムじゃん」

「ハーレム……」

「女子2人だが、ハーレムと言ってもいいのだろうか?」

「気になるとこ、そこか?」

「訂正しろ。女子3人だと」

「なーんと! ここに来て先生もハーレムに参加希望かー!?」

「いんや、ガキに興味ないし」

「おーっとここで和也くん、フラれてしまったー!」

「その実況みたいな喋り方やめろ帆奈美」

「道家、そう気を落とすな」

「何で俺の肩叩いた? 何その慈愛の表情」


 水野まで帆奈美のノリに合わせて慰めてきたんですけど。君たちまだ知り合って1週間とかじゃなかった? あと、別にフラれたとか気にしてねーから。30ぐらいの先生にフラれたところで、俺の心は1ミリも、微塵も、傷ついちゃいないから。にしても堅物そうな水野が既に帆奈美に毒されはじめている……。

 頭を抱えつつ、読書に戻ろうかと本へ手を伸ばそうとすると、樹神先生がゴソゴソと部室の奥の方で何か大きな物を取り出そうとしている。


「先生、何やってるんですか?」

「何って……部活動だろ?」


 そう言って抱えた望遠鏡を手に、樹神先生はニカッと笑った。

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