第10話
何でここに
驚きや、先日の去り際などが頭を巡り、思わず固まってしまっていると、パァッと顔を輝かせて帆奈美がこちらに近づいてくる。え、何? 何でこっちに。
「
……後ろに来てた水野と肩が組みたいが故にテンションMAXだったらしい。デスヨネー。
「帆奈美、何でここにいんだよ?」
「え、天文部の体験入部したいからだが?」
全くもって前回の事を引きずっているのは俺だけのようで、めちゃくちゃいつもの朏帆奈美そのものの反応である。そうっすよね。こういうの考え過ぎてるのいつも俺だけっすよね。
「よく分かったな。天文部がある事」
水野の肩に頭を預け始めて、温泉にでも入ったのかとでも思わせる吐息を吐き、そのまま帆奈美は説明する。
「先生に聞いてみたらー、あったと思うってー、教えてもらってさー、でー、職員室から顧問の
相変わらずの行動力に脱帽。どっから湧いてくるのか。長い間一緒に生きてきたが、俺とこうまでアグレッシブさに差が出るのは何でだろうね。
いきなり肩を預けられて若干困惑気味の水野が、優しい声で問いかける。
「
「うーん、一応第一候補と思ってたんだけど、私しかいないならやめよっかなーって思ってたとこー」
にへらとした表情。多分水野の顔の良さにニヤけている。アイドルを目の前にしてニヤつくファンみたいな顔しやがって。
そんな帆奈美の心情を知ってか知らずか、水野は行動に出る。
「私が入る予定だから、どうか一緒に入ってくれないだろうか?」
「入る。めっちゃ入る。はい決まり。どうすれば入れるんすか先生。私この部活死ぬほどめっちゃ入ります」
水野が帆奈美の手を取り目を少し潤ませながらお願いすると、帆奈美は変な日本語を交えて秒で落ちた。何だこいつ。ずるいぞ水野。俺にも帆奈美を落とさせろ。
って、え? こいつ今なんつった!?
「天文部に入んのかよ! 天体に興味ねぇだろ!」
「おう、なんせオリオン座しか知らん」
「ドヤ顔で言うことじゃねぇんだが?」
「あとあれ知ってる。夏の正三角形」
「大三角形な。何その間違い方、絶対興味ないじゃねぇか」
「え、和也くん星座に育てられたんか? 何で私今怒られてるわけ?」
「いや、怒ってるっつーかさ」
帆奈美が天文部に入部するということは、元来の考えなら、俺も部活を一緒にして、話題を少しでも共有する為にも、天文部に入部すべきという事になる。
が、俺も天体は全く興味が無いし、天体と言えば親が大好きで聴くBU○Pの天体観測という始末。
しかもだ。将棋や囲碁のような大会あったり、試合が有るような部活ならともかく、天文部ってそういうの無いよな?
何の有用性も無い部活なんかに属して高校生としての貴重な放課後の時間……しかも天体見なきゃいけないんだから、夜の時間まで奪われる? 何だよそれ。何の意味があんの?
「和也くん?」
帆奈美に問われてごちゃごちゃと考えていた内容を噛み砕けないまま、言葉にする。
「身体動かす部活じゃなくていーんかよ? って話」
「うーん、私は楽しければそれでいーし、何より水野さんと仲良くなれるとか、何にも変え難い理由じゃない?」
「わ、私か? 何か私といると良い事があるのか?」
帆奈美がこれから新郎新婦の口づけでも交わすのかというほど、水野の両肩をがっしりと掴み、面と向かって若干揺らすが、掴まれた当人は困惑が止まらない様子。
「え、あるある。もうこんな綺麗な子が同じ部活ってだけでー、テンションとか、ボルテージとか、バイブスとか超上がるじゃんね?」
「それほぼ全部一緒なのでは……?」
「いや、全部上がれば
ニッコーっと笑いかける帆奈美に対して、水野はちょっと泣きそうな顔をしていた。ごめんね。
「すまん、
「取り敢えずお前が目の保養になるらしいから拝まれてやってくれ」
「私は大自然か何かか?」
「恐らくそう捉えてくれて構わない」
「真面目な顔で何言ってるんだ君は」
「そうだぞ、和也くん、何言ってんだ」
お前だよお前。なんか2人ともから、めちゃめちゃ頭おかしい奴みたいな見られ方してるが、帆奈美がそういうアホなんだから俺にはどうしようもねぇし、しょうがないんだよなぁ。
「おーい、なんか仲良くなってるところわりーんだけどよー。結局あんたら入るの? 入らないの?」
ずっとほったらかしにされていた顧問らしき女性が、ボブの長さにしてるぼさってる後ろ髪をわしゃわしゃ掻きながら尋ねてきた。
「あ、私さっきも言った通り入りまーす」
「む、無論私も」
帆奈美に抱きつかれながら、おずおずと手を挙げる水野。これから待ち受ける帆奈美からの
2人が手を挙げたことにより、必然的に3つの視線が俺に向いた。帆奈美が決めちまったにしても、やっぱり仮入部期間だしなぁ。
「取り敢えず活動見てから決めるんで。これから何するんですか?」
尋ねると、きょとんとした顔をした後で、顧問の女性は確かにそう言った。
「活動? 特に何するでもないよ。そこに置いてある人生ゲームでもするか?」
その瞬間、確かに、あの帆奈美ですら首を真横に傾げて眉根を寄せ、水野は大きなため息を吐き、俺は白目をひん剥きそうになった。
「……は? 冗談っすよね?」
「いいや? だって天文部だぞ? 普通に考えて文化祭準備以外で夜までやる事なんて無いだろ」
「普通に考えて何でそんな部活が許されてんすか!?」
「男がそんな細かい事気にすんなよ。ハゲるぞ?」
「父母と祖父母共に剛毛じゃい!」
「そーなの。良かったね」
どうでも良さそうに答えてあくびをする女教師。な、な、何じゃこいつ。今まで出会った教師の中で一番ヤベェ。何でこんなんが教育免許持ってんだよ!
俺の軽蔑に似た視線など目もくれず、あくびの後に、眠そうな声を出す。
「取り敢えずあんたら自己紹介でもしてくれや。まぁ、こいつはいなくなるかもしれんから、聞いても意味ないかもけど」
女教師はふっと鼻で笑った後、机と椅子を四角形になるよう並べ始めると、水野が呆れ半分、疲れ半分の声音で言葉を紡ぐ。
「自己紹介と言うなら、その前に樹神先生が、ご自分の事を
「えー? あー、うん、あたしは
「どう考えても金○先生から何一つ学んじゃいないだろ!」
「お前○八世代じゃないだろ。お前に金○の何が分かる!」
「あんたみたいなのが○八先生だったら、そもそもドラマになってねぇからだよ!」
あまりに勢いよく大声でツッコんでしまった為、叫んだ後同時にしまった! と気づく。いくら何でも教師相手への態度ではない。問題になってもおかしくないんじゃないだろうか。
僅かにある静寂の後、樹神とやらは手を銃の形にして俺に向ける。い、一体何を。
「おい、水野、こいつ面白いな」
「彼は道家です。先生」
「いや軽っ」
帆奈美の声と共に、力が抜けて思わず膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪えた。
「じゃあ、朏だったな、ほれ。ここ座って自己紹介」
「へーい、えーっと、朏帆奈美です。面白い事なら何でも好きでーす。好きな将軍は源頼朝です。以上」
「それで良いのかお前の自己紹介」
「へー、源頼朝かー。何処が好きなんだ?」
「水野受け入れてるし!?」
「やっぱりー、馬から落ちて死んでるかもしれないとこ? シュレーディンガーの落馬みたいなとこあるよね?」
ノリノリで聞き返す水野に対し、両手を銃を真似したポーズで水野に問いかける帆奈美。あぁ……俺は頭が痛くなってきた。
「好きな理由が意味不明過ぎる」
「なるほど、落馬したかしてないかどちらの可能性も微粒子レベルで存在するということだな?」
「いや、何で理解示してんだよ……」
もうこの子達怖い……。おかしいのは俺なのか? と思い、樹神の方を見るとスマホでシュレーディンガーって調べてる。知らんのかい。
そんな中、水野もおずおずと自己紹介をし始めた。
「えっと、
「兄貴だろ」
「なんか言ったか?」
ヤベェ、ぼそっと小さく呟いただけなのに拾われた。獲物の前の虎の目をしている。が、ハッと何か思い出したようにうーんと唸り始める。
「えーっと、んー、好きな将軍は……」
「いや、いいから。興味ないから」
俺が続きを止めようとすると、歯痒そうに、自分に腹を立ててるように、水野は顔をしかめる。
「すまない、将軍の好き嫌いを考えた事が無かった」
「いや、そんな申し訳なさそうにする事じゃないんだよ」
「よしよし、いつか水野さんにも好きな将軍出来るから安心して」
「いや出来ないから普通」
「あたしは
「聞いてないっつの面倒くせぇ!」
「今おめぇ、面倒くせぇ女っつったか? お? 言ったよな? お?」
「言ってないです。長宗我部いいっすよね。経営的な観点持ってて」
「お、道家、お前分かる奴だな」
急に樹神先生がヤクザ顔負けの眼力飛ばして来たので、ちびりそうになり、敬語になったのはしょうがないと思うんだ。こんなにビビったの百草中の有名なヤンキーにゲーム教えてる時以来なんだけど。こちらが教えてるのに、世の中の怖さを教わりかけた時以来なんだけども。
「次はハイ、和也くん」
「あー、うっと、道家和也。趣味は読書、好きなもの読書です」
「えっ、つまらなっ!?」
「おい、水野。こいつボケじゃ輝けないタイプだな」
「いや、ボケてないから」
「天丼というテクニックだろう? 知っているが、使い所が甘いな」
「いや、違うから」
ただの自己紹介だというのに、何を期待してんだ……。と、冷たい視線を受けた結果、絶対にこの部活には入らない事を強く誓うのであった。
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