3.天文部

第9話

 放課後のチャイムと共に、こちらに向けられた視線。それに応えたもんかどうか。いや、断ってないし、まだ仮入部っつー事ならいつでも断れるって事だし。

 来週の1週間まで、仮入部期間って事で、好きな部活の様子を確認出来る。


道家どうけ

「はいはい、分かってるよ」


 遂に視線だけでなくお声がけまで頂いたので無視する訳にはいかないね。

 言葉投げかけた本人は、スタスタと廊下へと向かっていく。

 続き立ちあがろうとすると、っしゃー。と気合を入れたような声のあとガタンと背後から衝撃と音。


「あれ、かずやん、ハンドボール部、見に行かんの?」

「あー、悪い、明日行くわ。明日どんな感じだったか教えてくれ」

「何々、他見る感じ?」

「天文部」

「おぉ、予想だにしないところからの一撃。運動部じゃないんだ?」

「俺も予想だにしてねぇよ」

「は? 何でよ?」

「何でかね」


 ハハっと笑いつつ、右手で鞄を背負い、廊下を出ていく。

 廊下に出ると、自分の右上腕を左手で握るようにして、こちらを待つ水野みずの凪桜なぎさ。佇んでるだけで他にいる者たちから注目を浴びているのが分かる。

 俺に気づくと、気さくな微笑みを見せた。


「来たか」

「来ない可能性を考えてたのか」

間瀬ませくんとハンドボール部に行くって話をこの前聞いたし」

「一応誘われてるだけで、別に入りたい訳じゃ無いけどな」


 隣だって歩き出すと、ふぅーと、隣で大きなため息。浮かない表情というか、どこか鬱々としている雰囲気。


「なら是非とも天文部に入って欲しいものだ」

「それなんだけど、天文部ってあるのか? こないだの部活動紹介でなかった気がするんだけど」


 そこまで言うと、水野は人差し指を立てながら、淡々と説明を始める。


「実は去年で部員がいなくなったせいで、顧問がいるだけで、仮入部期間中に3人入らなければ廃部という事らしい。ところが顧問は部活があっても無くてもどっちでも良いという非協力的な人だった。だから私が何とかしなければという事さ」


 更にみるみる鬱屈した顔色へと変貌する水野。だが、部員が居なくなるくらいなんだから、無くなったところで問題なさそうだが。理由があるのだろうか?


「事情は分かったけど、水野がそこまで天文部に肩入れする理由は?」


 尋ねると、一瞬表情が揺らいだのを俺は見逃さなかったが、悟られぬよう明るい口調で水野は口を開く。


「兄が作った部活なんだよ。だから無くしたくない」

「……そりゃあ、無くしたくないか」


 確か水野のお兄さんは亡くなってるって話だったな。キーホルダーの事といい、今回の天文部の事といい、分かったことがある。


「水野、お兄さん大好きなんだな」


 告げると、綺麗で大きな瞳が更に大きく見開かれた。


「何で分かる?」

「そりゃ分かるだろ。お兄さんのくれた物や、作った部活無くしたくなくて、大事にしたいって思うんだから」

「……確かに、分かりやすいか」


 感情を溜めるように、胸元で手に、くっと力を込める水野。その手は何かを揺り戻すように、呼び起こすようで。


「憧れなんだ。兄が。この世で1番尊敬している」


 恥ずかしいからだろうか。ヒヒッといつもの彼女からは考えられないほど子供のような笑い方。


「水野がそこまで言うんだから凄い人だったんだな」


 つられてこちらも変な笑いが込み上げて、まま口にする。すると、水野は間近で星を見たんじゃないかと錯覚するほど、瞳の煌めきを感じた。


「兄は凄かったんだ。勉強は常に学年1位で、運動も出来て、小中高と生徒会長もやって、みんなの人気者で、私にも誰にでも優しくて、父と母からも認められてて……それから」


 凄い勢いでハキハキと喋り出した水野を見て、呆気に取られてしまったのが、顔に出てしまっていたらしい。急に水野は右手のひらで頬を触り、真っ赤にした顔を半分隠す。


「言いたいことは分かるが、ブラコンではない」


 そんな水野の顔がおかしくて堪らなくなり、俺は顔を晒して口元の笑みを隠す。


「……ふっ、くくっ、そうね。ブラコンじゃないよな」

「お、おい、笑ってるだろ」

「ぜ、全然、笑ってないっすけど?」

「この男は……本当に腹が立つ」

「いっや……ごめっ……ただでさえしおらしいのがギャップ感じてるところに……ぶふっ、ブラコンて」

「くっ! このっ!」


 べしっと肩に軽い平手による衝撃。痛くもないし、これだけ笑わせてもらい、水野の恥ずかしそうな怒り顔を見れた対価にしては安いだろう。


「で、そんな凄いお兄さんが作った部活はどこの教室なんだ?」


 ようやく思い出さなければ、笑わないほどにはおさまってきたところで聞いてみると、どこか不機嫌そうに、というより、俺へのフラストレーションを表立って見せている感じで二つほど先の教室を指さす。


「そこだよ」


 ここまで歩いて場所的には、通常の授業をやる教室棟ではなく、移動教室の移動先や、文化部の部室がある教室棟、いわゆる部室棟って言われる場所で、その更にまぁまぁ奥の端にある部室である。


「開いてるのか?」

「うん、流石にこの期間は部室に先生がいるはずだから」

「ふーん、じゃ、お邪魔しまーす」


 ガラガラと扉を開けると、言う通り先客が2人……2人?


「いやー、まさか2人女子が来るとは、あたしは楽だけど……お、言ってたら男子も来た」

「じゃあ3人だけ……え!? あれ!?」

「ほ、帆奈美?」

「え、みかづきさん?」


 そこに居たのはおそらく部活の顧問の先生と、俺も水野も予想だにしない、朏帆奈美という、イレギュラーなのであった。

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