2.彼女は俺を見ていない
第5話
入学式翌日。入学式の日こそ登校の約束をしたが、
というよりあいつの生活リズムと俺の生活リズム全然合わないんだよな。何で朝からあんなに元気なんだあいつ。
起き抜けで既にテンションMAXだもんな。漫画でよくある幼馴染が朝起こしに来るなんて描写あるけど、全く浪漫を感じない。来て欲しくないもん。多分あんな優しい起こし方じゃなくて、起きないとずっとうるさいみたいな、最悪な目覚めになる事この上ない。
母さんは……もう仕事出たか。
春休みの頃のように何も言われることが無いせいか、だらだらと身支度を整えていたら、朝飯を食う時間が無いので、台所にあったスティックパンの袋を片手に家を出る。
ふむ、春の陽気を新芽と風の匂いから感じ取れる。遅刻気味なので早歩きでどんどん歩いていくと、俺らがよく使う待ち合わせの公園。視線を寄せるが、まぁ、いるわけないわな。
高校までの道のりは徒歩15分とかなり近い。母親が市内でバカ認定されてない高校なら何処でも良いという素敵な教育方針のおかげで、徒歩圏内で治安が悪くなさそうな東山高校を選べたのだが、距離の近さも入った理由の一つだ。
ただこの辺は交通の便があまりよく無いため他の人間は大変だろう。極め付けは北側から来る時の坂道。自転車なんか受け付けませんって言ってるレベル。
故に俺がこの先高校まで自転車を漕ぎ出す事はないだろう。
4本入ってたスティックパンの3本目に手を伸ばすと、そろそろ同じブレザーを着た生徒たちがチラホラ視線に入ってくる。
登校しながらメシ食ってるの俺だけだな。恥ずかしいとは思いつつ食べるのやめないよ。俺、お腹すいてるからやめないよ!
それに入学早々お腹鳴ってる方が恥ずかしいだろ。俺はそれを防いでるだけ。建設的で現実的だ。だからめちゃくちゃ見られてる気がするこの視線も気のせいだ。と思いながらムシャムシャと視界パン&パン袋オンリーにしながら食い進めると、不意に曲がり角、進行方向に人影が現れて心臓が飛び跳ねた。
「
「んぐっ、
「だ、大丈夫か? は、はい、これ」
スティックパンとかいうパサパサの権化を気道に詰まらせた俺。水野から手渡されたのはペットボトル。急を要した為、中身まで確認せずグレープフルーツジュースじゃ無いことだけを祈りつつ、急いでキャップを外してゴクゴクと水分持ってかれ方砂漠並みパンを流し込んだ。
「ぷはー、助かった! サンキュー水野!」
「……すぐそこの自販機でたまたま買ってて良かった」
ふっと破顔する表情が優し過ぎて、俺以外の男子なら恋に落ちてもおかしく無いわ。今飲んだ午後ティーのレモンティーより甘いぜ全く。おっといけねぇ。
「結構飲んじゃったし、新しいの買うわ」
自販機は何処だろうかと探そうと見回すと、水野が首を横に振る。
「いい。実のところ最初の一口で満足してしまったところがあったんだ。それに新しく買ってる余裕、時間的にあまり無いと思うし」
「確かに。そういや時間ギリギリだっけ」
上手いことお前が口つけたからもう要らないって言われてんなこれは。知り合って間もない男が口つけたもんなんて抵抗あるわな。そらそうよ。
「どうした?」
「あ、いや、本当ありがとう」
「え、全部飲んだのか?」
「いや、まだ入ってるけど」
きょとんとしたあどけなさのある顔が、普段凛々しい顔からは想像出来てなくて、目を奪われる。
「え、ナチュラルに泥棒しようとした?」
「いや、ちが……ほっ、ほら」
自分でも情けないほど慌ててペットボトルを突っ返す。あぁー、こいつ回し飲みとか間接なんちゃらとか気にしないタイプの女子だぁ〜。恥ず〜自意識過剰ぶっ放してて死にてぇ〜。
「あぁ、あとちょっとなんだな」
そう言ってキャップを開けて飲み干す水野。意識してしまった事が申し訳なくて絶賛このまま死にたい。スティックパンを喉に詰まらせて死んでしまえばよかったんだ俺なんか。いや、その死に方で人生終わるのは嫌だわ。
「あ、貸し一つ作っちゃったな。命を救ってくれたお礼に何かお礼するわ」
「そのパンにそこまでの殺傷能力は無いと信じたいが……いやいや、こちらも鍵を見つけてもらったし、おあいこだ」
「あぁ、言ってなかったけどさ。あれ、水野に返したのは俺だけど、最初に見つけたのは
「
「……ふーん」
「いや、ふーんて」
多分あいつ余計な気を回してんな。じわじわと何か刺さってきて辛い。
「多分俺の株を上げようとしてくれて、そう言っただけだ。拾ったのはあいつだし。俺は最初拾っても、職員室に持って行こうとしてたからな。帆奈美はともかく、俺の事はそんな良いやつって思わないでくれよ」
ヤケを起こして嫌な言い方をしたのだが、水野は一瞬考えるように虚空を見つめてから、俺に首を傾げつつ尋ねる。
「……普通職員室に持っていくんじゃ?」
「……まぁ」
「やっぱり君良いやつじゃないか」
下手に自分を否定してから入った為、なお褒められると恥ずかしい隙の無い二段構え。いや、ある意味隙だらけだったか。
「本当、このキーホルダーだけは無くしたくなかったから助かったよ」
「鍵は良いのかよ」
「最悪ね。キーホルダーのが大事」
「Distance from the enemyの映画グッズなんてどう考えても廃番だし、出回ってるもんじゃ無いしな、無くしたら二度と手に入らんからか」
「あぁ、いや、そうじゃなく……」
そこまで言って口を閉ざす水野、次に俺をじっと見つめる。
「別に暗くするつもりは無いから今から言うことを重く捉えないでくれよ?」
「その心構えさせる時点で重いわ。善処するけど」
俺のツッコミにクスリと来たのか笑顔を見せつつ、うっすらと
「亡くなった兄の形見なんだ。一緒に見に行った映画館でこのキーホルダーを買ってくれた」
「……へぇ」
「あぁ! 重くなるなと言ったのに」
「無理だろ無理無理。その顔で水野に言われたら、誰だって俺みたいになるわ」
「道家……なら、軽く流してくれそうだなって」
「えぇ、そんな軽薄そうに見えた?」
地味にショックと思いながら、本人の顔を見ると、特に悪い事を言ったと慌てるでも無く、淡々と言いのけた。
「うーん、言葉が見つからないけど軽薄そうって事じゃない。言っても良さそうだなって直感」
「外しとるがな」
「そうでも無いよ」
これまで中学の女子にはいなかった、時々出る掴めない感じ。
けど、不思議と会話は苦じゃ無いし、今まで感じたことのない変な感覚だった。
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