第4話

「いやー、なんか久しぶりじゃない? かずくん、背伸びた?」

「こないだ卒業式でも一緒に飯食いましたよね?」

「そうだっけ?」

「おかーさん、適当過ぎ」


 出迎えてくれたのは帆奈美ほなみのお母さんの真奈美まなみさん。俺は昔からの付き合いもあってほなママと呼んでる。帆奈美に似て、ノリが良く面倒見も良くて、素敵な人だが、帆奈美以上に適当な事を言うのが玉にきず。まぁ、そんなとこも面白くて好きだけど。


「どうぞ上がってー。手洗いうがいしたら、リビング来てね。もうお昼の準備出来てるから」

「今日はありがとうございます」

「いやいや、今日本当は理香りか姐さんの代わりに写真とか撮り行くはずだったのに、仕事でリモート会議入って行けなかったからさー。お詫びって事で今日はゆっくりしていって」


 最後にぺろっと舌を出したあざとい感じが、相変わらずである。そして母さんが来れない代わりに来てくれる予定だった事を今知ったので余計申し訳ない。


「私には何かないの?」

「何かって?」

「いやだって来るっていうのに来れなかったわけじゃん?」

「え、来て欲しかったの?」

「いやだってさー。娘の晴れの場じゃん?」

「あんた和くんの前だからって、わがまま言って困らせてなんかねだるつもりでしょ?」

「ギクッ」


 鋭い。中学時代1回あったなそんな事。確かほなママというか、ほなパパが娘に罪悪感から高い靴買わされてた。


「来て欲しかったら入学式の日間違えて伝えないでしょ普通。あたし、理香姐さんから聞いて正しい日程知ったんだから」

「ギクッギクッ」


 当人マジで冷や汗かいてらぁ。どんどん化けの皮剥がれてて草。まぁ、来たら嬉しいくらいは思ってたろうけど、来なくて辛いは帆奈美に関しちゃ考えにくい。だが、ほなママは娘のそんな様を見て、しょうがないなぁというように破顔した。


「ま、本当は仕事抜け出して行きたかったけどさ。娘の晴れの場には。ごめんね。でもその分お昼に力入れたからさ。一緒に食べよう」

「だよね! 昨日から用意してたし。なんかめっちゃ良い匂いしてるもん」

「うん、腹減ってくる匂いだ」

「和くんが嫌いなグリンピースは入ってないから安心してね!」

「その気遣い恥ずかしいのでやめてもらって良いっすか……」


 幼稚園から親ぐるみで仲良いと、食いもんの好き嫌いまで把握されてる罠。いや、嬉しいんだけど、人並みに恥ずかしいからな。つーか食おうと思えば食えるし。嫌だなってだけ。嫌だなって。

 心中謎言い訳しながら手を洗いに行く。昔小学生1年くらいだったころ、ほなママに料理してもらった時、出されたグリンピースを目の前にし、『俺グリンピースはピラフにしないと食えないんだよね』と、世間知らず、怖いもの知らず、恩知らずと見事な3知らずを発揮してしまった事があるのだ。

 見事、『しませんが』と笑顔で言われた記憶が残ってる。多分ほなママはその笑顔の裏で、内心ビキビキしていたのではないだろうか。あの時の俺を殺して死んでしまいたいね本当。


 食卓へ着くと、オムライスに唐揚げ、サーモンメインの海鮮サラダ、見ただけで俺的に堪らない豪勢な料理が並んでいる。特にほなママはオムライスが店のとろとろなやつを作れるので、本当手料理で食べられる帆奈美が羨ましくしてしゃーない。


「帆奈美、早くしてー。和くんと先に食べちゃうよー」

「ちょっと待ってー」

「食べちゃおうか」

「良いんすか!」

「待ってって言ったが!?」


 奥の帆奈美の部屋から大きな叫びが響いた。ちっ、聞こえてたか。でもおめーがおせーからだけどな。

 悪口を麦茶と一緒に飲み込む。すると目の前でほなママがニコニコとしてらっしゃる。何でだろうか……。


「どうだった入学式、なんかあった?」

「帆奈美がもう友達何人か出来てました。相変わらず凄いっすね」

「さすが我が娘……じゃなくてさ、2人よ。和くんと帆奈美」

「いつも通りっす」


 コップを置いて、乾いた笑いで応えると、グッとほなママの顔に力が入る。


「そればっかだなー最近! 昔はさー、ほっちゃんと体育でドッヂボールしたー! とか、ほっちゃんの嫌いなねぎ食べてあげたー! とか死ぬほどどうでもいいけど可愛い情報差し入れてくれてたじゃないの」

「え、今日は俺をはずかしめる日かなんかだったか?」

「じゃなくてさー。最近二人の楽しそうな、どうでもいい話が無くてつまんないって話だよ」

「うん、それが普通に恥ずかしいっていう話なんでね?」

「いいんだよ。うちのアホな子でよければ、和くんなら」

「だからそういうのが恥ずかしいって話だと言って、うん、もういいや」


 なんていい顔でおっしゃるのか。からかわれてるとはいえ親にだけ公認されてもね……。当の本人がその気無いのに虚しすぎるんだなこれが。


「お待たせー、お腹すいたー」

「同じく」


 もうベストタイミングだわ。愛してるぜ帆奈美。感謝の正拳突きしたいレベル。

 俺も腹をさすりながら同意すると、隣に帆奈美が座り、むかいのほなママが音頭をとる。


「よーし、じゃあ二人ともたんと食らえー」

「いただきます」

「いただきまーす」


 食事の場において野菜から食べるといういしずえに習う。なぜかって肉とかオムライスとか好きな物は最後に残して楽しみたいじゃん。

 サラダを馬がニンジン食らうが如く勢いでバリボリむさぼっていると、思いついたようにほなママが口を開く。


「そういえば、入学式の写真ってあるの?」

「あ、そうそう! マジびっくりするよ。ね!? 和也くん!」

「びっくりって、水野みずの……さんの事?」

「それ以外なんかあった?」

「いや、ないけどさ」


 そんな主語が無いのに以心伝心しろって鬼畜オーダーないぜ。帆奈美がカノン大尉なら指揮系統死んで全滅不可避。なお全滅を兵士全員がやられてしまった事と勘違いしてる人が多いが、軍では大体2~3割近くの兵を失い、戦線を維持できなくなった際に全滅とか殲滅とか称されるんだぜという、特に要らないであろう豆知識。


「この子、めちゃくちゃ綺麗じゃない!?」

「えー、何この子、顔ちっさいのに圧倒的に良すぎない?」


 帆奈美が出したスマホの画像には、俺、帆奈美、間瀬、水野の4人の写真。クラス写真を撮った後、校門前にあった入学式と書かれた看板の横に並んで撮った写真だ。娘同様綺麗なほなママの目から見ても、圧倒的美人認定、恐るべし水野みずの凪桜なぎさ


「でしょー!? この子と和也くん、仲良くなっちゃったんだから」


 何故おまえが腕組んでドヤる……。


「何? 私がキーホルダー見つけて和也くんに渡したから仲良くなれたんしょー?」

「え、今俺の心読んだか?」

「サトリます♡」

「ネタが古い……確かにこの間再放送してたけど」


 しっかりポーズまで決めやがって。何で女子があの世界観にハマってるんだよ。いやまぁそういうところも好きなんだけどさ。


「にやついてるけど」

「和也くん真野恵〇菜好きだから……」

「気持ち悪いもの見たような顔すんなよ! 確かに素敵な演者さんだけどさ」


 どうして帆奈美の事で表情に出てるのに、キモイやつ認定されなきゃならんのだ……いやにやついてたのはキモいので反省すべき点だけども。このようにこの2人は時々俺を残念な奴扱いしてくるので、表情に一片たりとも気を抜けないのである。

 キーホルダーの件をめちゃくちゃ要領を得ない感じで帆奈美が説明すると、ほなママは、へーっと感心した様子を見せる。


「何それ、少女漫画の冒頭みたいじゃーん」

「それ一昔前では」

「んん?」


 ほなママ笑顔だが怖い、無言の圧力で他意の無い何の気なしに言った俺の言葉が、対戦車レベルの地雷だったらしく、今すぐ逃げ出したいが無理なので話を逸らす方向性で。


「でも席が隣同士になったり、同じ映画好きだったり、少女漫画みたいな展開かもしれません。男役として役不足感は否めませんが」

「卑屈か」

「え、席隣同士なの!? 初耳なんだけど!」


 俺に身を寄せたせいで、帆奈美のスプーンのトロトロ卵がぼとっと皿に落ちる。


「あぁ、なんかな」

「それって」

「運命じゃん!!」


 ほなママの言いかけの続きのように興奮した様子で言い放つ帆奈美。

 やめろよ。そんな風にキラキラした感じでお前に捉えてほしくない。


「この世にあんのは天命で、運命なんてねぇ。全部決まった事で世の中出来てんだ」

「出たー、運命ってワード本当嫌いだね。和也くん。そんな不機嫌になる事ある?」

「それは……」


 言いかけて、口をつぐんだ。余りにもぽけっとして、余りにも締まりの無い表情でこちらを見る帆奈美に、改めて虚しくなった。と共に膨張するような嫌な気分が胸を巣食い、声でも何でも何かにぶつけて、発散したくなる。

 けど今目の前の楽しい食事の場でわざわざそれをぶち壊すことなんてない。


「ごめん、何か水野さんとの仲がはやし立てられたりすると、本人迷惑だろうなって悲しくなった」

「卑屈にもほどがあるくない?」


 そう言って俺の不機嫌をさも小事しょうじのようにして楽しそうに笑う帆奈美はやっぱり俺の好きな女の子で。

 先程しぼませた気分が再び膨らまぬように、俺は味がしなくなった料理を胃に運んでいくのであった。


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