第2話
壇上に上がった新入生代表の女子は、
にしても校長の話も生徒会長の話も食い付き悪かったってのに、皆んな急に耳を澄ませて彼女の挨拶に聞き入っている。世の中が顔と金過ぎて虚しさすら覚えるな……。
それにしても良い声でしっかり抑揚つけれて喋れて耳閉じてても心地よくて聞いてられる。地味に凄いな……いや、もうそれ派手に凄いな?
「――先生方、先輩方、ならびに来賓の方々、本日は私達の為にこの様な立派な式を執り行って頂きまして、誠にありがとうございました。これより3年間、皆様方のもとでより良く羽ばたけますようご指導・ご鞭撻のほどどうかよろしくお願いいたしまひゅ」
うん、多分この場に聞き入ってた全員が、脳内で『あ、噛んだ』と呟いたであろう。
それまでが余りにも堂々として完璧だっただけに惜しい感じが出てしまっている。
それは本人も感じるところなのか、顔が真っ赤で、俺も共感性羞恥心というやつを発揮して身体がむず痒くなった。
人の失敗や緊張するようなシーンを、無意識的に自分に置き換えて見ていられなくなるのだ。
「最後の可愛く噛んだとこまで含めて可愛くね?」
「あぁそうね」
壇上から下がり、関係者席的な位置へ戻るあの女子を見ながら適当に
「狙ってやったんかなぁ? どう思う?」
特に他意の無さそうにそんな事を言う間瀬に俺は一瞬神経が逆立つのを感じた。狙ってやる? 本気で言ってるんだろうか?
これから3年間自身の顔に1番注目が集まる中、目の前の物が一切見えなくなるくらい今日に向き合っていた彼女に対して。
……何で俺怒ってんだよ。どっちかっつーと俺も間瀬側の発想になる人間だろ。
あそこで恥ずかしがりながら可愛い噛みかたしたら、ここにいる種族オス&若干の女子から可愛い認定される事は間違いない。全校生徒代表なのに嫌味が無い。みたいなクラスカースト高めな位置から高校生活スタートし易そう。
と、本来ならそうは思うが……。
「狙ってたならあんなに悔しそうにしないんじゃねーかな」
「だな。確かにそっか」
反論無し、言ってみただけ感ある。でも言うだけの疑念すら俺には湧いてこなかった。
俺と間瀬の違いは何だろう。
朝既に接触したからってだけ? そこにきて美人ときたから? うわぁ、俺どんだけちっさいんだよ。自己嫌悪半端ねぇ。これが全然可愛くない子でもおんなじように怒りが芽生えたかって話。芽生えなかったかも。そもそも種すら無いかも。
自分の小ささに向き合いたく無いせいか、閉会の挨拶までの記憶が曖昧に。
幾らか間瀬の毒にも薬にもならない話に突っ込んだくらいしか覚えてない。
整列して体育館を出て足取りしばらく、後ろの間瀬が投げかける。
「教室戻ったら説明受けて解散かなぁ」
あ、そうだ。鍵、鍵返さないと。教室戻る前に返さなきゃこのまま解散したら、普通帰宅しちまうよな。
「悪い間瀬。俺ちょっと忘れ物」
「は? 忘れるべき物が無くね? ってちょいちょい!」
多い奇異な視線をもらいつつ逆走。
再び体育館へと戻る頃にはほぼ全員退館してるところだった。
残っているのは片付けをしている生徒会と何人かの教師だけである。
やばい、あの子が1番最後に出たクラスでそこと一緒に帰ったとかだろうか。見つからない。知らん教師に聞く勇気。お店の在庫を店員に聞く勇気すら
「おいどうした。早く教室戻れ」
ジャージにランシャツという明らかに体育会系の男教師がこちらに近づいてくる。
「いや、新入生代表の女の子がこれ落としたので、返したいなって。帰っちゃいました?」
「……何で落とした時直ぐに返さなかったんだ」
教師の目がとても細くなった。めちゃくちゃ怪しまれている。いや、確かに、美人と近づく為の苦しい嘘だと思われても仕方ないし、その疑いは最もだと思う。
「いや、落とした事に気づいたのが遅れたっつーか」
あ、待てよ? もう事情を話してこの先生にあの女子に渡してもらった方が、安全且つ
「
「え」
生徒会のうちの1人だろうか、俺が入ってきた正面口じゃない横の通路口を指差して言う。
「あ、ありがとうございます!」
それを聞いて思わず走り出してしまう俺。もうどうなでもなれという気分がでかい。横の通路口から1年の教室までの道……あ、俺そもそもそんなに建物の位置関係把握出来てるわけじゃない。早まったか? やっぱり戻ってあの体育教師に渡しに行った方が……。
「っぐ……うぅ!?」
「……あ」
目と目が合う。渡り廊下を出て直ぐ、彼女は吹き抜けの手すり部分に手を置き、こちらを見ている瞳は若干赤く、涙がポロポロと溢れている。
泣いてる女子、クソほど苦手。俺は最善手を選べた事がない。
彼女は急に現れた俺に面食らった感じだったが、動けない俺を
「……何だ?」
「いや、何で泣いてたのかなって」
「君には関係ない」
「ごもっとも……」
ぶつかった時も思ったけど、こいつ愛想悪過ぎるだろ。さっさと渡してしまって教室戻ろう。
「これ、今朝ぶつかった時に落としたやつ」
「ぶつか……あ、君あの時の、え?」
俺の持ってる鍵を見た瞬間、焦った表情でポケットを強めに叩く仕草。どうやら今まで無くしたこと気づいてなかったみたいだな。
「だ、代表挨拶前に気づかなくて良かった……あ、ありがとう」
「あぁ……それどころじゃ無くなるもんな」
「うん……私にとって大切なものなんだ」
―――そうか……分かった。何であの時、間瀬に対して怒りが湧くほど、この子に肩入れする気持ちがあったのか。
鍵を渡すと、彼女は赤くなった鼻をすんと鳴らして、ハンカチをしまい、1年の教室棟に向かい出す。
「そうで無くてもみっともない挨拶になってしまったけど」
「求めてる基準高過ぎだろ。あの場にいた奴皆んなしっかり聞いてたし、充分凄過ぎると思うけど」
「そうかな」
少し後ろを歩く俺に、肯定して欲しそうな問いだった。言ってしまおうか。
「うん、自軍の兵士の前で真っ直ぐ演説するカノン大尉みたいだった」
言うと彼女の脚がスタッと止まった。そしてこちらに首だけ向けていたのが、真正面に向かい合う。
「……まさか、キーホルダー?」
「良かった。少し錆びてたけど、大事にしてる感じがあったから、好きなのかなって思って。間違ってなかったんだな」
ホッと思わず息を漏らす。普通に何言ってんだこいつって顔されるのも覚悟していた。
「好きなのか? 君も」
「うん、割と重めに、ディルとカノンのあの2人が」
「そうか! そっか!」
これまでの重たい表情が噓だったかのように、彼女の表情が色づいたのに不覚に胸の鼓動が跳ねた。不可抗力。誤魔化すように、俺は彼女の横を通り過ぎながら尋ねた。
「10年近く前のマイナーな映画なのに、よく知ってるね」
「……大好きなんだ。私もあの2人が」
実感こもってる言い方だな。なんか思わず嬉しくてにやけてしまうのを必死にこらえる。
Distance from the enemyは、戦争で敵兵士をお互い好きになってしまうロミジュリ的、でもめちゃくちゃマイナー映画だ。多分上映数も少なくて、地上波でやったりもしてない。そんな映画を好きな女子が同じ学校、同じ学年でいるなんて一体どれぐらいの確率なんだよ。
このまま映画話に花を咲かせたいところだったが、教室棟に差し掛かり、既にそれぞれのクラスが担任を通して今後の説明をしているようだったので、俺は後ろの彼女に静かに告げた。
「じゃあ、俺、E組だから」
「……え、私も同じだけど」
「え?」
自分の教室の扉を開けたところで、一斉に視線がこちらに向く。待てよ。だって朝は教室にいなくて……いやそれは朝の代表挨拶があったからで。え。
「水野さん、お帰りなさい。素晴らしい代表挨拶でしたよ……えぇっと
俺たち2人を見て周りがガヤガヤと騒ぎ出す中で、座席表を眺めながら担任の先生が困った顔で二つ並んだ席を指したのだった。
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