食べて怒られて

 あーだこーだと考えているうちに学校へと着いていたらしいことに気づいた。うぅ。どうしようかなー。今日はまだ何も作戦を思い付いていない。とりあえず教室に行って考えるしかなさそうだ。

 自分の席についてぼーっとしていれば時間はすぐに流れていく。気づけばお昼になっていた。今日はもう諦めようかなーと思っていた時だった。なんとも意外な出来事が舞い降りてきてくれた。彼女がこちらへ向かってきている。私は目を疑ったが彼女は真っ直ぐにこちらを見ている。あ、あれ?もしかして橘井さんは私が何かを仕掛けてくることを想定してここにきたのではないか?なんて恐ろしい子だ! 私は冷や汗を流すしかなかった。そんな状況の中でも私は冷静になろうとしていた。これは罠かもしれないと警戒心を強めていたのである。


「水織。一緒にご飯食べようぜ」


 彼女はそう言って弁当を見せびらかしてくる。確かにそれは手作りのものだった。しかも美味しそう。でもこんなことをされては私の計画通りに物事が進まないではないか!と焦りを感じるが断るのは不自然過ぎる。結局は私は彼女の誘いを受けることになるのだった。

 屋上へと向かう途中に会話が盛り上がることは殆どなかった。ただ無言のまま歩いている。沈黙に耐えられなくなってきた私はどうにか話をしようと話題を考え始めたがやはりなにも出てこないのが現状。

 そうこうしている間に私たちは階段を上って屋上に着いた。そして適当な場所に腰を下ろすと彼女は徐に弁当の蓋を開け始める。中に入っていたのは綺麗に整えられた野菜と肉。とてもおいしそう。私もこれくらい上手に作れたらいいなー。なんて思いつつ羨望の眼差しでそれを眺めていたら視線に気づいた橘井さんは微笑んだ。


「ふふん。いいだろ?全部あたしが作ってるんだ〜」


 そう言いながらもぐもぐと口を動かし続けていた。そんな様子を私は微笑ましく感じていた。ここで私はあることに気づく。もしかしてこれってチャンスなのでは?と。いやいや!さすがに昨日の今日でそんな大胆なこと!と思ったが今を逃したらもったいなさすぎる気がしてきた。せっかく誘ってくれているのだしこれに乗るのが得策。

 そうと決まれば実行するのみ!私は覚悟を決めてから声を出すことにする。いざゆかーん!


「橘井さんの一番好きなおかずはどれ?」


 私は勇気を出して彼女に質問をした。これで私が一番聞きたい答えが出てくるはず!私の脳内は既に橘井さんをどのように弄れるかという思考で埋め尽くされていた。私のその言葉を聞いて驚いたのか橘井さんの箸を動かす手が止まる。少しして彼女は口を開いた。


「唐揚げが好きだけど?」

「へ〜」


 私は持っている箸を橘井さんのお弁当へと伸ばして唐揚げをつまむとそのまま自分の口に放り込んだ。橘井さんはそれを見て怒ったような顔でこちらを睨んでいる。うんうん。その表情。ありがたや〜。


「水織……お前……」


 来るか?来るか?と期待しつつ彼女の様子を見つめる。だが何も言わない。私はそわそわし始めていた。そんな私の様子に気付いたらしくため息をついてから呆れたように言った。


「そんなに食べたかったんならあげるよ。ほら、あーん」


 え????あ、あーんだとぉ!! まさかの橘井さんからのあーんですよ。もう心臓バクバクですよ。これはいったいどういうことだ!?いや、落ち着け。落ち着いて状況を確認しなくては。よし落ち着いた。さぁ来い。あーんだ。


「あ、あ、あーん」


 私今変な顔してない?絶対してるとは思うんだけど今は気にしてはいられない。早くこのドキドキを解消しなければ!と思いながら口に運ばれてきたそれをパクッとかぶりついた。うぅうぅ美味しい。幸せだ。私は心の底からそう思った。


 しかしその時の幸せな気持ちとは裏腹に私の頭には一つの不安感が広がっていた。


 もしもこれが本当に罠だった場合どうなるのだろう。私の計画は失敗してしまうのではないかと。そうなってしまえば私の恋もお終いだということに気づいてしまい思わず身体をブルっと震わせてしまった。


「ほんと、水織って変なやつ」


 橘井さんがボソッと言った。きっと私は今すごく情けない顔をしているに違いない。彼女は心配してくれたのか私の顔を見つめて優しく話しかけてくれた。そんな彼女が天使のように見えてくるのはきっと私がおかしいだけではないはずだ。だからなのかはわからないが彼女は続けて優しい言葉を囁いたのだ。


「そんな泣きそうになってんじゃねぇっての。ほら笑ってろ。笑顔の方が似合ってんだから」


 そう言うと私に向けてニッコリと笑いかけてくれた。そんな彼女の表情に一瞬見惚れてしまっていた私だったがすぐにハッとして冷静を取り戻すことにした。それからしばらく他愛もない話を続けていたのだがその間ずっと橘井さんがニコニコしていたのはとても嬉しかった。


 でも私は忘れてはいない。先程のあーんで完全に心を許してくれているわけではないという事。もしこれが罠だった場合は一体どうしたらいいだろうか。うぅうー悩むぞーどうしたらいいんでしょう?


「そういえば、水織の下の名前ってなんだっけ?」


 橘井さんに突然そう聞かれて少し驚きながらも私は答える事にする。


「サラセ」

「へー。変わった名前だな」


 彼女は興味深そうにして聞いてきたがその名前はあまり好きではなかった為反応に困ってしまった。


「あまり好きじゃないけどね」

「なんか意味はあるの?」と質問されたが私は首を横に振った。そもそも私は名前の由来すら知らなかったのである。まぁ特にはないだろう。


 するとお昼が終わり私たちは教室へ戻ることになった。戻る前に橘井さんが「放課後暇か?」なんて言ってくれたおかげで少しテンションが上がったのは言うまでもない。そして私達は午後の授業を受けていきあっという間に放課後を迎えたのである。

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