激しく怒られて

「へにゃあぁぁぁぁ……」


 結局昨日はあまり寝れなかったため朝起きてから盛大にあくびをしていた。まぶたが重くまだ少しだけ眠気があるが学校に行かなくてはならないので重い足を引きずって家を出た。夜通しで橘井さんに怒られる方法について考えていてあまり記憶がないのだが何となくいい案を思いついたのである。


「おはよう。水織」

「あっおはよう……ってえええ!」


 目の前には何故か橘井さんの姿があり挨拶をしてくる。どういうこと? 夢? 混乱していると彼女は怪しげに笑う。


「ふっ。そんな驚いた声上げてどーしたよ?」


 何この人怖い。どうして? ホワイ?何故ユーはミーに挨拶を?意味ワカランワー。もうホントなんでぇ~。訳わかんないぃ~。頭の中は完全にパニック状態だ。


「じゃあまたなー」


 それだけ言い残して颯爽と去っていく橘井さんの後姿を眺めてようやく冷静さを取り戻した。あぶないあぶない。危うく計画を反故にするところだった。あまり距離を詰めちゃいけない。仲良くなりすぎると橘井さんは私に怒れなくなってしまうから。私はゆっくりと時間をかけて彼女の怒りを引き出すのだ。まずはそれを実行する。それが今の私にとって一番の楽しみなのかもしれないのである。今日はいつもよりテンションが高い。早く授業が始まらないかなと思っている間にいつの間にか学校に到着していた。

 昼休みを告げるチャイムが鳴る。私は弁当箱を持って昼食へ向かう橘井さんの後をついていった。彼女が屋上に着くと、ドアの前にしゃがみ込んでお手製おにぎりを食べている。彼女がいつもここで昼食を食べているのはすでに調査済み。ここからどう彼女を怒らせるかが肝となる。彼女は今まさに、自分の作った手作り弁当を完食しようとしていた。


 私は橘井さんの背後に近づく。そして肩を叩きこちらを振り向かせる。


「ん? だれ……?」


 振り向き様、肩に手を置いて人差し指で彼女の頬を突いてみた。反応を見てみると目を丸く見開いて唖然とした様子で私を見る。よし、これは予想外だったがとりあえず予定通りの行動を起こせているぞっと心の中でガッツポーズをする。そして彼女の表情は一気に怒りへと変化。そのまま立ち上がり私を見下ろす形で睨みつける。私はそれを待ってましたとばかりに身を屈めて下から彼女のゴミを見るような視線を受けると、それはもうゾクゾクとした感覚に襲われる。私はMの素質があるのかも知れないと思った瞬間であった。


「水織。なんのつもりだ?あたしを馬鹿にしてるのか? ああ?」


 恐い。すごく恐い。でも私は怯まないしくじけないし諦めないもん! こんな感じのことを思っていると自然と笑みがこぼれてきた。すると橘井さんは更に機嫌を悪くする。その瞳からは狂気を感じ取ることが出来たが私はそれでも彼女の視線から目を離さなかった。


「なに笑ってんだよ。こっち来いや!」


 そう言って胸ぐらを掴まれる。私はそれでも抵抗しない。寧ろ喜んで受け入れたいとさえ思ったがここはグッと堪えておくことにする。


「違うの……後ろ向きだったから、ちょっとからかいたくなって。ごめんなさい……」


 そろそろ本気で嫌われることを察した私は慌てて言い訳を述べるも彼女は私の胸ぐらを掴んだまま動こうとはしなかった。


「あんたさぁ……ふざけてるとマジで痛い目に遭うことになるよ。これでも水織のことは少しだけ気になってるんだから」


 その発言を聞いた瞬間、私は不覚にもときめいてしまったがすぐに思い直した。そうだ、今は喜んじゃダメなんだ。


「ごめんね」


 もう一度謝ると彼女は手を離してくれた。


「ったく変なことすんなよな」


 橘井さんの説教を聞きながら、今後は怒らせ方にも色々と工夫が必要だと改めて実感させられた。


***


 午後の授業中、頭の中で何かが引っかかっていた。それがなんなのか、思い出せないのだが私は違和感を感じていた。何だろう? 一体私はなにを見逃している?分からない。うぅ~む……。腕を組んで考えているうちに、教師の声が聞こえなくなっていたことに気がつき慌てて顔を上げる。周りを見渡すと授業はすでに終了しており生徒達は帰る支度をしていた。


 あれぇ!? 全然ノートに書いてないじゃん! なんてことだ! 一生の不覚である。しかし後悔しても遅い。

 私は仕方なく放課後になると職員室に行き先生に今日の授業内容の質問をした。そしてついでに日誌を渡したり掃除当番を決めたりで忙しく動き回っているとあっという間に帰宅時刻となった。校門を抜ける前に立ち止まってスマホを取り出す。画面を見るとお母さんからの連絡があったようだ。


『ちょっと遅くない?気になって連絡しちゃった』


 その一文を見た瞬間私はとんでもないことを思い出した。


「気になって!!」


 つい大声を上げてしまい道行く人にチラリと横目に見られ恥ずかしさを覚えながら猛ダッシュで自宅へと向かう。


 あちゃー完全に忘れてたー!!


***


 家の前に着き息を整える間もなく勢いよく玄関を開けて家に入った。


「ただいま!」

「おかえり。ちょっと!ご飯は!?」

「あとで食べる!」


 私はそのまま二階へ上がり部屋の中に入ると同時にベッドに飛び込んだ。あの時、確かに橘井さんは私のことを気になってると言った。どういう意味なのかは知らないけれど、多分それは恋とかではなく興味という意味だと思うのだがどうにも私はそれが引っかかっていたらしい。いや待て。まだそうと決まったわけじゃない。でも普通に嬉しい。まさか私に興味をもってくれている人が居ようなど思ってもいなかったのだ。

 橘井さん。私はあなたのこと嫌いになれないです。好きになってしまうかも。いやいや! そういうことじゃない! 落ち着け私! 今日は疲れすぎたのだきっと。

 それにしてもうとうとし始めてしまって意識を保つのが困難だった。私はこのまま睡魔に逆らえず寝てしまった。


***


「……きろよ。……きーろー」

「うぅん……」

「おい!水織!起きろ!」


 突然耳元で橘井さんの大声で目が覚める。びっくりしたなぁ~! 目を擦ってからゆっくり目を開く。目の前には仁王立ちをしている橘井さんがいた。


「お、やっと起きたか」

「え? どうしたの橘井さん。あれ?なんで学校?」


 混乱しながらも状況を整理しようとしたら、いつの間にか自分が制服姿のまま学校にいることに気づいた。なんで私こんなところに来てるんだろう。全く記憶がない。


「そんなことはどうでもいいだろ。ってかさー。あたし気づいちゃったんだよね」


 そう言い放つ彼女の目は怒りに満ちていた。


 あ、これマズイわ。ヤバイ雰囲気しか感じ取れないんだけど私この後なにする予定だったっけ。なんかあったような。いや、なかったような。どっちだ。いやそもそも考えるまでもなく今が大変な状況であることに変わりない。


「な、なんのことかなー」


 恐る恐るそう尋ねると彼女は表情を変えずに口を開いた。


「水織が今までやってたこと。あれ。全部わざとだったんだな」


 やっぱりその話になるよねぇー!!だってそれ以外考えられないもん!仕方ないねこれはもう詰んだ。人生諦めが肝心。よし。私は腹を決めて真実を話すことにした。


「ご……ごめん。でも悪気はなくて!ただ……橘井さんに!ん……」


 その先を言おうとした時に私は彼女に口を手で塞がれる。そしてもう片方の手で人差し指を立てた状態で私に向けていた。静かにしろの合図だと悟って首を縦に振って返事を返す。すると彼女はニヤリと微笑みこう言った。


「じゃぁここで問題。さっきあんたが言いかけた言葉は何でしょう? 3秒以内に答えて。3・2」


 ちょ!? えぇ! 早すぎでしょこれ!!無理じゃん絶対当てらんないじゃん!っていうかすこしズルくない??? と思いながらも仕方なく考えたふりをする。こういう時は本能の赴くまま黙ってやり過ごした。


「そう。正解。あんたはそうしてあたしの表情を伺ってスリル感でも味わっていたのかもね。違う?」

 

 橘井さんのその言葉を聞いて私はハッとする。


「それは違う!私は橘井さんの怒った顔が好きなの!決してそういう理由であんなことをしていたんじゃありません!!」


 勢い余ってつい本音が出てしまった私はすぐさま冷静さを取り戻そうとするも動揺を隠しきれない。


 いや何言ってんだよ! この馬鹿私!もっと良い理由があるだろう!例えばなんだ?? ほら。色々あるじゃん!私ドMだからとかさ!そういうやつでいくべきだよ。ほれ。頑張るのです。自分!と言い聞かせるもやはりうまく誤魔化せなかった。

 そんな私の様子を見て呆れた様子を見せた後、彼女から予想通りの反応を返される。


 終わった。


 私の短い青春が終わったと思ったその時だった。

 彼女はクスッっと笑った後に手を差し伸べてきたのだ。


「ま。そこまで正直に言えるなら許すよ。次からは気をつけてよ」


 そう言われて安堵している私が居て胸が高鳴っていることも同時に実感した。どうやらまだ死ぬ運命にはなっていないらしい。私は差し出された手をしっかりと掴んでから立ち上がると大きく深呼吸をして笑顔でありがとうございますと言った。橘井さんは満足そうな顔をして帰ろうとしたがふと思い出したかのように立ち止まって振り返る。私は不思議に思いつつもじっと彼女を見つめているとその口から予想外の一言が出てきたのであった。


「ところで……」




「あたしが嫌がることをして水織はそれで満足?」


***


「は!!」


 目が覚めるとそこはいつもと同じベッドの上でした。夢落ちかよー。マジ勘弁してくれよ。なんでだよもういいよ。どうしてよりにもよってそこで終わらせてくれちゃうわけ?神様の意地悪。キャラが崩壊気味なのは気にしないで欲しいです。はい。にしても変な夢を見たものだ。


「嫌……か」


 私は布団の中でバタつきながら一人寂しく悶絶したのだった。でも大丈夫!私はめげませーん!だってまだ始まったばかりなんですもの! それから暫くしてからようやく平常心に戻ってきた私は身支度を整えて朝食を食べ終えて家を飛び出しました。さて今日も元気に頑張っていきますかねー。ってことでレッツゴー学校。


私は今日も橘井さんを怒らせる策略を立てることに精を出していた。

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