照れて怒られて
またある日の放課後。今日は美化委員の会議があるということで私は会議室にいた。各クラスの掃除分担を決め、担当場所について話し合っていく。今まで気づかなかったが、どうやら
他の皆は帰るようだけど私は委員会の仕事として教室内の清掃をしなくてはならないため残っていた。隣のクラスでは橘井さんが一人モップを手に取り床に這いつくばっている姿が目に映った。何をしているんだろう?橘井さんに近づいた私は思わず目を奪われてしまった。何故ならば橘井さんの顔は真剣そのもので口元には微笑みすら浮かべている。こんな橘井さんを見たことがなかったのでとても可愛らしいと思ったのだ。意外と綺麗好きなのかな?私はそのギャップが面白かった。もっと見てみたいと思った。なので、掃除をサボってその様子を眺め続けた。しばらくして彼女は私の存在に気付いたらしく顔を上げると不機嫌そうな表情をしていた。あぁこの表情もまたいいなとついニヤけそうになる自分を必死に抑える。橘井さんは不機嫌さを露わにして声を荒げ、こう言った。
「何じろじろ見てんの?」
あ、怒ってる……。私はそれを聞くと安心するんだよね。それに彼女の口から出てくる言葉だからこそ私は興奮してしまうんだ。橘井さんに近寄りたかったが今はその時じゃないと判断すると自分のクラスに戻ってそのまま掃除を始めた。しばらくした後、私の教室に橘井さんが入ってきて私の姿を見つけると、ずかずかとこちらにやってきた。
「確か
なんとも意外な提案だった。でも正直助かるな。こうして私たちは二人並んで床の掃除をしたのだが会話が全く無いまま黙々と作業を進めた。私は彼女を意識し続けていた。彼女が何かを言うたびに反応して、たまに目が合うと心臓の高鳴りを抑えきれずに顔を赤らめてしまう。もしかしたらこれは橘井さんを怒らせるチャンスかも知れない。そう思った私は直ぐに計画を練った。モップを持ったままそーっと後ろ歩きで橘井さんの背後を捕える。モップの柄の部分を伸ばして床に落ちているゴミを拾う素振りをする。
「あ……ゴミ」
そのままモップの柄の先で彼女のスカートを捲り上げた。橘井さんは勢いよく振り返ると驚いた表情で私を見る。私はすぐに振り向き彼女の表情を伺う。顔を赤くしながら私を見てくる彼女に私はドキッとした。
「なにすんの?」
怒りを通り越した呆れたような様子で尋ねてきた。ちょっとやりすぎたかもしれないなと思いつつも、やっぱり橘井さんのいろんな感情が見たくてたまらなかった。
「あっ、ごめんなさい。ゴミが落ちてたから」
もちろん嘘だがそれでも信じやすい彼女は納得してしまったのかそれ以上何も言わなかった。
(今の表情良き! もう一回! もう一回!)
興奮した私はもう一度モップの柄の先を伸ばすと、彼女が口を開いた。
「水織さ。この間、聞いてきたじゃん?」
私は驚いて、慌ててモップを持ち直す。
「な、なんのこと?」
動揺が止まらない。何を聞いたっけ? 全然思い出せない。
「とぼけんな。初めて教室で話した時」
橘井さんは私を追いつめるように一歩踏み出し、モップの先端部分を手で抑えて接近してきた。彼女の手が伸びた瞬間、心臓の鼓動が高まり今にも張り裂けそうになり、思わず目を瞑って俯いてしまった。
「あの時、あんたが言った嫌なものを好きになることって出来るかって。あたしは無理だと思う。嫌いって気持ちはどうにもならないものなんだって思うから。嫌なことを好きになるなんてあり得ないんだよ。好きになったとしてもそのうちその人のことが疎ましく感じるときがきっとくるんだと思う。好きの対義語って嫌いじゃなくて無関心だって言うしね」
その言葉を聞いてショックと同時にどこか嬉しくもあった。橘井さんの頭の中には私がいて私のことを考えてくれていたと思うとそれだけで幸せになれたから。ただ橘井さんの言ってることは正しい。だから私はここで反論できないんだなって思うんだ。
「あたし何言ってんだろ……ごめん。忘れて」
彼女は謝ると教室から出て行った。橘井さんの言葉を脳内再生するたび顔の温度が上がり胸がドキドキとうるさく騒ぐのを感じる。
結局この日は、私の心に火をつけたまま橘井さんと一度も会話を交わすことなく下校する運びとなった。
***
帰宅すると、私はベッドに飛び込みゴロゴロと転がった。そして、橘井さんに言われたことが脳裏を過り落ち着くことができなかった。
(確かにそうだよね。じゃあ私が橘井さんに嫌われたら……あぅ! 考えたら悲しくなってきたぁ! 嫌われたくない!もっと怒られたいぃぃぃ!)
枕に顔を埋めジタバタとするもなかなか気分が収まらない。このままでは眠れなくなってしまうと危惧した私は仕方なく夜更かしを決意したのであった。
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