策士、怒られて
コミコミコ
怒られて
_______『
嫌なものを好きになることの難しさというか、「好き」の反対は無関心だというその言葉の意味を考える私。
***
ある日の放課後。教室で日直当番の仕事を終えた私は鞄を取りに自分のクラスに戻るところだった。もうホームルームも終わり生徒たちはそれぞれ部活なり下校なりに向かっているはずなのだけれど廊下はまだ騒がしい。
「あーもーうざい!何回同じこと言わせるわけ!?」
声を荒らげているのは金髪でショートヘアの女子生徒だ。彼女が大きな声で文句を言いながら近づいていく先では、一人の男子生徒が怯えた表情をしている。彼はうちのクラスの生徒じゃない。顔に見覚えがないから他学年の生徒かな。
「その……中学の時から
彼はモゴモゴと言い淀んでいる。橘井というのはさっきの女子の名前らしい。なるほど、告白中だったのかぁ〜。青春ですね!思わずニヤつきそうになる顔を必死に引き締めて二人を見守ることにした私。だけどそこで予想外のことが起こってしまう。
「オドオドしてうざいんだよ!これ以上しつこく付きまとうってんなら!」
橘井さんが右手を掲げると、男子生徒はビクッと震えてその場から逃げ出した。そしてそのままどこかへ行ってしまったみたいである。
「チッ。一発かましたかったわ」
不機嫌そうな顔をしている橘井さん。私はそんな彼女の顔から目を離せないでいた。眉間にシワを寄せ、汚いもの見るかのような細い眼差しをしている橘井さんの視線には容赦がなく、それを見た瞬間ゾクリとした何かを感じたのだ。あれっ。これってもしかして。今まで体験したことのないような気持ちなんですけど……?
***
それから私は橘井さんを観察することにした。彼女は休み時間になると必ずと言っていい程一人で過ごしていた。他の人たちに囲まれていた時もあったけど、それは本当にごく一部だけの話でほとんどは誰もいない所で静かに過ごしているようだった。私はそれを不思議にも思ったし何故そうするんだろうと思ったりした。友達がいなくても困らないということなのかな。それにしても、なんだか寂しくないんだろうか……。見た目はギャルだけど、一匹狼タイプなのかもしれない。それとなく彼女に探りを入れてみたところによるとどうやら橘井さんには親しい友人がいないみたいなのだった。確かに性格キツそうだもんね彼女……。ちょっと怖い。でもこれは千載一遇の機会でもある。私はこの機会を利用して彼女のことをもっと知りたかった。
午後のホームルームが終わり、生徒達が下校しているのを見計らい私はある決心をして行動に移した。橘井さんのいるクラスに向かうと、私の予想通り彼女は机に突っ伏して眠っていた。今までの観察によると、彼女は決まって水曜日はこうやって眠るのだということが分かった。今、教室にいるのは彼女だけ。私は起こさないように足音を忍ばせゆっくりと歩いていくと彼女の横に立ってみる。こうして近くで見るとやはり可愛い子だなって感じる。パッチリ二重で目が大きくまつ毛が長く鼻が高い。唇なんて綺麗なピンク色だし輪郭もはっきりしていて美人だと思う。だけど橘井さんが纏っている空気はとても近寄り難いものだった。私は恐怖と緊張で胸がドキドキしながらも恐る恐る手裏剣を投げるような構えをとる。そして眠っている彼女の頭スレスレで手刀を放った。
「んあ! え!? なに!?」
驚いた彼女と目が合うと、その表情はだんだん怒りへと変わっていく。
「なんのつもり?いきなり人の頭を叩くなんて」
鋭い視線で睨みつけてくる彼女を前に、私は黙って見つめていた。
「なんとか言いなさいよ!」
さすがに怖くなってきたので正直に答えた方が良さそうだと判断した。私は深呼吸してから言った。
「その……虫がついてて……」
嘘だけど。でも本当のことを言ったら軽蔑される。
「はぁ? なんだよ……勘違いしちゃったじゃんか。もうどっか行って」
橘井さんは自分の頬が赤くなっていくのを見られたくなくて私を追い払おうとしたけど私はその場から動けない。というより動かなかった。本当はここで会話を続けたいと思っているから。
「なに? まだあたしに何か用?」
「あのさ……嫌なものを好きになることって出来ると思う?」
突然何を言っているのかと思われるかもしれないけど、この時の私の頭の中はそれ一色だった。橘井さんならきっと答えを持っているはずだと確信していたから、だから聞いたんだ。
「ん? 嫌なものは嫌なだけでしょ。それ以上もそれ以下もないよね」
橘井さんは無関心な様子だ。まぁそりゃそっか……。
「ってかさーあんた誰?」
彼女はようやく興味をひかれたようで私を見てきた。よしっ!このまま話を進めていこう。
「あっ……自己紹介が遅くなりました。私は別のクラスの
「ああ、うん。あたしの名前は
しまった。この状況はどう考えてもおかしい。
「え!? その! 廊下からでっかい虫が見えてそれが橘井さんの頭に乗ってね! うぅ! お腹がぁ! 痛くなっちゃったから私はこれにて!」
と言いながら私は慌てて教室から飛び出した。
「変なやつ」
***
「はぁ……はぁ……」
私は心の高揚を隠せずにいた。なぜなら私の頭の中はさっき間近で見た橘井さんの怒った表情でいっぱいだったから。自分でもおかしいと思っている。あの表情が可愛いと思ってしまっているのだから。もっと見たい。橘井さんを怒らせたい!そう考えた私は橘井さんにどうやって嫌われないように怒られるかという策略を練り始めるのだった。
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