腑に落ちぬ思い─➂

 雲が茜色に染まる頃、自転車を押しながら校門を抜けると目の前を小さな影がスーッと滑っていった。その行方に声をかけようとした瞬間、背後から聞き慣れた声が俺を呼ぶ。


「そうちゃん!」


 短いポニーテールを弾ませながら彼女はぶんぶんと俺に激しく手を振った。


「あ、友紀ゆき


 親しい幼馴染を前に思わず笑みが溢れる。俺はひらひらと手を振り返した。


 友紀は幼稚園以来の幼馴染だ。小学四年生の時に俺が転校したことで疎遠になっていたが、去年ここに入学した時に再会した。


「今日リハやってたね。見てたよ!」


 友紀はいつものように明るい声色で歩き出す。俺も隣で歩幅を合わせて歩く。彼女の明るさはエース級だ。何度その明るさに助けられたことか。


「そうだったんだ」


そう言いながらリハ中に見えたバスケ部のユニフォームを思い出した。友紀はまだ高二なのにバスケ部のキャプテンを務めている。


「あとね、田中先輩も見てたよ。私の横でめっちゃ凝視してたの」

「田中先輩が……?」


 友紀と田中先輩は同じ中学だったらしい。前に友紀が田中先輩と俺が練習しているところを見かけたとき、彼女はすぐさま駆け寄って再会を喜んでいた。


「うん。話しかけようとしたんだけど、表情がすごく──」


友紀はその先を言わなかった。それでも俺には彼女が言いたいことが手に取るかのように分かる。


 やっぱり、田中先輩は何かやむを得ない事情があるのではないだろうか……?


「そうちゃん? もしかして……田中先輩に何かあったの?」


鋭い一言に俺は黙り込んでしまった。暗い顔をする俺に友紀は明るい口調で俺の袖を掴む。


「……今日はアイス食べに行こうかな!」


俺を見上げる友紀はとびきりの笑顔を見せた。不意を突かれてどきんと胸が高鳴った。


「雑貨屋のおばあちゃんにも会いに行きたいし!」


彼女はぐいぐいと俺を急かすように腕を引く。彼女の手からじんわりと熱が伝わった。


 僕らはよく雑貨屋で売られているアイスを食べながら他愛のない話をだらだらとする。聞き上手な友紀はいとも簡単に俺の悩みごとを引き出してしまうが、それに対するさり気ない助言と励ましもとても上手だ。


「そうだね、きっとおばあちゃんも友紀に会いたいはずだ」


 雑貨屋のおばあちゃんはこの地域に住む人みんなに親しまれている。何年も続くこの雑貨屋は、商品を買いに来るのではなくただただおばあちゃんと談笑しに来る人も多い。


「テレビで新作のアイスのCM見かけたんだよね~。売ってるかなあ」

「おばあちゃんは新しいものに目がないからな」


 彼女の店はその古い外観に反して、商品は最新のものばかりなのだ。


 そうこうしているうちに、夜闇を照らす店の証明が目の前に見えてきた。店先ではおばあちゃんがにこにこしながら帰りを待っている。そのしわだらけの腕の中には、首をもたげて俺を見つめる黒猫がいた。

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天が泣いている 夜梟 @yokyo_1267

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