腑に落ちぬ思い─➀

 体育館でのリハーサルを終えて教室に戻ると、そこにいる人物に目を見張った。


「田中先輩!」


田中先輩は俺を見るなりにこっと笑う。俺はうれしくなって先輩に駆け寄った。


「いつ来たんですか? リハ見てました? いやそれより急いでください! もう幹部会は始まって──」


べらべらと質問を重ねていると、先輩の左手にあるものに目が留まる。俺の目線に気づいた先輩は力なく笑った。


「今日は部活をしにきたわけじゃないよ。ごめんね、全然来なくて」

「どうして……」


先輩の持つ退部届から目を離せずに問う。彼女は近くの机にひょいと座った。


「どうしても何も……そもそもここにいる方がおかしいでしょ?」


先輩の笑顔は硬かった。先輩も辞めたくなどないのだろう。


「……山崎先輩ですか?」


俺が山崎先輩のあの顔を浮かべながら聞くと、田中先輩はきょとんとした顔で首を傾げた。


「山崎先輩に何か言われたんですか?」


 俺が何を言いたいのか理解したようだ。彼女はとても可笑しそうに笑った。


「違うよ。あの子は関係ない」


田中先輩は続けて呟く。


「二人をくっつけるつもりもないけど」


 やっぱり先輩は佐川先輩が好きなのだ。


 そして、佐川先輩も──


「あ、勘違いしないでね。私が佐川くん好きとかないから」


先輩が俺の考えを遮るように言った。


「たまーに聞かれるんだけど、ほんとに何もない。一度も対象として見てないんだよね」


田中先輩はけらけらと笑う。胸が痛くなった。


「あの性悪女に完璧男がくっつくとかありえなすぎる、むりむり」


先輩はそう言って大袈裟に身震いする。俺はもどかしくなって口を開いた。


「でも、佐川先輩は田中先輩のこと……!」


 しかし、田中先輩は俺の言葉を遮断して首を振る。


「それは違う。佐川くんが誰を好きなのか、私知ってるし」


それが誰かなのかは言わなかった。聞いてはいけないんだと、なぜか悟った。


「……田中先輩はずっと好きなんだと思ってました……佐川先輩のこと」


俺が驚きを隠せぬまま田中先輩に告げると、先輩は一瞬困ったような顔を見せたが、すぐに元の笑顔に戻って口を開いた。


「まあ……好きっちゃ好きなんだけど──」


躊躇うように口をつぐむが、すぐに続ける。


「佐川くんは推しだよ。そう、推しなの」


 唖然とする俺に田中先輩は何度も諭すように言った。


「あんな素晴らしいイケメンは観賞用なんだよ? 恋愛感情なんて畏れ多くて抱けませんねえ」


そう言う先輩の笑顔はどこか苦しそうに見えてしまう。


「……そろそろ行かなきゃ。佐川くんには、私が来たこと絶対言わないでね」


先輩は手をひらひらと振ってさっさと教室を出て行ってしまった。俺は晴れない気持ちを抱えながら、その場に取り残されて立ち尽くす。


「蒼汰、どうかしたか?」


身体をはじいて振り返ると、心配そうな顔で俺を見つめる佐川先輩が立っていた。

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