遅刻の危機─➀

「おい、起きろ」


耳元で声がする。俺は声を避けるように寝返りを打った。


「おい蒼汰」


今度は頬に甘い痛みを感じる。四十雀の嘴は意外と痛くなかった。


「まだ部活の時間じゃないから」


俺は追い払おうと四十雀がいるであろう位置で手を振る。ジュ、と鳴き声がした。


「何言ってる。今日は早いんじゃないのか」


心臓がどっと打たれ、弾かれたように目を覚ます。スマホで時間を確認すると、部活の始まる十五分前だった。冷や汗がだらだらと背筋を伝う。


「なんでもっと早く起こしてくれないんだよ!」


俺がばっと起き上がると、四十雀はバサバサッと俺の枕から飛び立った。不満気な表情が見なくても感じ取れる。


「知るか。思い出したのがさっきなのだ」


言い返しながらもワイシャツを一生懸命持ってこようとしてくれていた。俺はそのワイシャツをそっと取ってささっと着替える。


 階段を大きな音を立てながら駆け降りると、開店準備をしているおばあちゃんが驚いた顔で俺を振り返った。


「蒼ちゃん、どうしたんだいそんなに急いで。まだ出る時間じゃないでしょう」

「今日はリハーサルだから早めの集合だった!」


そう叫びながら裏口へ駆けていく。いつもは開店時間よりも遅く出ているが、今日はその時間よりも早い。


 外に出ると、うるさい蝉の声がどっと雪崩込んできた。


 雑貨屋から学校まで、自転車を使っても十五分はかかる。学校に間に合っても四階の音楽室に辿り着くにはキツイ階段を駆け上らなくてはいけない。


 軽い羽音が聞こえて上を見上げると、少し先の上空で四十雀が飛んでいた。


「きみもついてくるのか?」


続く坂道で息はすぐに切れ、少し漕いだだけなのに全身がびしょびしょになる。


 四十雀は翼越しに俺を見下ろした。


「お前と同じ方向に用事があるのだ」


そして再び前を向き、翼を閉じたり開いたりしながら飛んでいく。本当はもっと速く飛べるだろうに、俺に合わせているのかスピードが少しゆっくりだと感じた。


 ツーペー、ツーペー、と朝を感じさせるような鳥の声が遠く後ろの方で聞こえる。その声を背景に蝉たちが喚いた。


 もっともっと強くペダルを踏み込む。この坂を超えれば下り坂だ。


 ふいに涼しい風が服の中を吹き抜けた。海の風だ。


 下り坂で勢いよく流れていく風と海風が、心地よく身体中の汗をさらっていく。四十雀も心なしか楽しそうに見えた。


 そういえば、なぜ四十雀は部活が早いということを知っていたのだろう。昨晩言っていたように未来を見たのだろうか。

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